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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第五章 星の落下点
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十四 『届けたい者のみに』

 グリゴレとレオの隣に落ち、イヌマルはすぐに辺りを見回す。グリゴレとレオはそこそこ高い建物にいたようだ。ロンドンを見下ろすと、竜人たちの動きがよく見える。


「イヌマルが説得を」


「え俺?!」


 三人で手分けして説得するものだと思っていた。レオもそれが当たり前というような表情で、先ほどの頼もしさはどこに行ったのだと──イヌマルは少し落胆する。


「軍がすぐそこまで来ています。人ならざる者たちのみしか見ることのできない貴方だからこそ、届けたい者のみに届く言葉がある。わかりますか?」


 グリゴレから圧を感じるが、わかるかわからないかだったらわかる。イヌマルは無言で顎を引いた。


「貴方の言葉で言わなくていいです。私が言ったことをそのまま言ってください。レオ、竜人の言語レベルはどうでしたか」


「イヌマル並み」


「レオ?! どういうことだよそれ!」


「余所見しないでください」


「あいたっ?!」


「いいですかイヌマル。ここで、ロンドン全体に貴方の声を響かせます。効率よく、安全に、そして素早く。すぐに悪魔と戦うことになるんですからね」


「わかってる!」


「レオ、鐘の音を」


 グリゴレは、イヌマルが食い気味にそう答えることを予期していた。自分が指示する前にレオが鐘を鳴らすことさえも予期していた。

 レオが手動でロンドンに鐘の音色を響かせて初めて、イヌマルはここがビッグ・ベンであることに気づく。詳しくは知らないが、ビッグ・ベンは今補修中で稼働を停止しているいはずだ。その鐘が鳴ったのだから、注目しないロンドン市民はいない。竜人も、聞いたことのない音の出処へと視線を向ける。


「竜人! 聞けーっ!」


 グリゴレに言われた通り、イヌマルは竜人がわかるほどの簡単な英語で腹から叫ぶ。


「人間! 命! 住処! 奪った! 理由! 悪魔! 人間! 乗っ取ったから!」


 無我夢中で叫んでいたが、自分が話した内容の重大さに気づいて思わずグリゴレを見上げる。

 ティアナは悪魔が吐いたとしか言わなかった。だからイヌマルは詳細を知らない。だが、先ほど願った通り本当に悪魔の仕業ならば──良かったと思って、受け入れられる。


 グリゴレは無言で首を左右に振った。完全に事実というわけではなさそうだが、悪魔が関わっていることに変わりはない。このまま敵を人間から悪魔に変えて押し切るつもりらしい。


「悪は! 悪魔! 悪は! 悪魔! 許せない! 許せない! 許せない!」


 全方向から響くのは、イヌマルの声に合わせた「許せない」という短い言葉だ。


「人間! 武器! 持って! 突撃! 悪い悪魔! 場所! ザ・シャード! ロンドン! 一番! 高い! 場所! 突撃! 突撃! 突撃!」


 耳を疑った。グリゴレは何を言っているのだろう。


「もういいです」


「もうい──あいたっ?!」


 頭ではわかっていたが反射で叫びそうになり、レオに殴られて言葉を飲み込む。

 イヌマルの隣に立ったレオが見ているのは、ロンドンの超高層ビル──ザ・シャードだ。ビッグ・ベンからも見えるそれは、近いようで少し遠い。ザ・シャードに行くには、テムズ川に架かるウェストミンスター橋を渡って、東に走らなければならない。


 イヌマルは瞬間移動で、グリゴレはレオに抱えられて空を飛べばすぐに辿り着けるだろう。竜人も、一番高い場所と言われれば迷わないはずだ。


「よし! じゃあすぐあそこに……」


「まだです」


「……なんで!」


「軍を止めなければ」


 竜人と共にザ・シャードに行けば、軍も追いかけてくるだろう。包囲されれば、イヌマルやグリゴレやレオだけではない。ステラたち古城の住人も命はない。


「どう……やって?」


 加減を知らないクレア一人の開発でもあの威力だったのだ。イヌマルも、グリゴレも、そしてレオも、きっと手も足も出ない。


「竜人が移動し終わるまで、テムズ川に沈めます」


「移動し終わったら?」


「ステラと花に、結界を張らせます」


「…………わかった」


 巨大な結界を張ることができると、ステラと花は古城で証明している。上手くいけば、イヌマルもグリゴレもレオも心置きなく上位悪魔と戦える。


「行きましょう」


 初めて会ったあの頃はまだ、グリゴレに余裕が見えていた。だが、今はまったく見えなかった。

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