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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第五章 星の落下点
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十二 『悪いのは』

「お前たちは何故人間を襲っている。吐かないならば、竜人を全滅させるぞ」


 レオがゆっくりと開いたのは、吸血鬼の羽根だ。周りに古城の住人ではない人間は一人もいない、わかっていたからこそ自分の力を敢えて見せつける。


「この戦いに参加していない竜人もだ」


 言葉だけの残酷さも敢えて見せて、本気だと教えた。レオと同じく竜人たちの上に乗って彼らを抑えつけていたエヴァも、狼の耳と尻尾を見せびらかして自分が人狼であることを教えている。ニコラだけが何もしなかったが、何故かニコラに抑えつけられている竜人たちが一番大人しかった。


「人間、殺す」


 とても簡単な言葉で答えた一人の竜人は、その目に怒りを宿していた。


「殺す、殺す」


 他の竜人たちも口を開く。その声は、人数が増えるほどに段々と大きくなっていく。


「人間がお前たちに何をした」


 レオは悲しさを一切滲ませることなく淡々と尋ね続けた。そんなところもグリゴレに似ている。意識してやっているわけではないだろうが。


「命を奪った」


 その答えはララノアやハルラスと同じだ。そして、イマニュエルと同じ答えだ。


「住処を奪った」


 エルフやダークエルフ、竜人のように、人間に紛れることができない亜人のほとんどは森や山の中で暮らしている。千年ほど前は森や山で暮らしていなかった亜人さえも、追いやられて、そんな辺境で暮らしている。

 やっと見つけた唯一の居場所さえも奪われる日々であることを、イギリスに来たこの五年でイヌマルはなんとなく感じていた。



「──許せない」



 例え直接人間から何かをされたわけではなくても、亜人と人間の歴史が彼らに負の感情を抱かせる。


 きっと、始まりはそれがすべてだった。


「許せない、許せない、許せない」


 イヌマルは、クレアが掌の中で爆弾を弄っていることに気づいている。それを止めないのはクレアが投げようとしていないからで、彼女が完全な人間側ではなかったからだ。


 始まりは数十年前。クレアの祖母のセシルが森の中でティアナのオリジナル体のジルに出逢ったあの日から古城の住人たちの今日が生まれている。

 魔女のジルと友人になった科学者のセシルの血を引いているからこそ、生まれた時から古城で暮らしているからこそ、クレアには亜人に対する偏見がない。吸血鬼兄弟のグリゴレとレオ、人狼のエヴァ、人造人間のニコラと共に暮らしてからも、それは一切変わっていない。


 人間を救いたいと思うクレアも嘘ではないが、ジルの願い通り、亜人を今の状況から救いたいと思うクレアもいる。

 だからクレアは竜人の言葉に耳を傾けて、考える。何が一番亜人にとっても人間にとってもいいのだろうと。


 旅を始めて四年が経った。なのに亜人の状況は悪化しているような気がする。

 それはイヌマルたちの旅が原因なのだろうか。そう考えたら不安になる。が、悪魔の仕業ならば、明確な理由としてすぐに受け入れることができた。


 他人のせいにして安心するのは一瞬で、本当に悪魔の仕業ならば亜人の状況も人間の状況も元に戻ることに気づく。旅を始めたあの日と何も変わらないままだ。それは、殺してきた魂にもジルの魂にも申し訳ない。出口は見えない。


 考えれば考えるほどに沈んでいく。ここは例の、あまりにも深すぎる暗闇の底だ。そこから今日も世界を見上げている。

 世界にとっても、自分たちにとっても、いいことが一つでもあっただろうか。誰かを救えているのだろうか。


 脳裏を過るのはギルバートだった。エヴァよりも幼かったギルバートが同胞を増やし村人たちを傷つけていた理由をイヌマルは知らない。イヌマルは、吸血鬼の老婆のことさえよく知らなかった。

 ただ、ギルバートは間違いなく傷ついていた。先に手を出したのはギルバートだったかもしれないが、ララノアとハルラスは先に手を出したわけではない。


 命を奪い、住処を奪ったのが人間ならば、亜人から報復されても仕方がない。悪いのは──。



「イヌマル! エヴァ! ニコラ! ステラ! 人間を守りに行け!」



 瞬間、同じ暗闇の底からレオが声を張り上げた。


「悪いが吐いた以上は殺せない! アイラにすべての竜人を捕らえさせて、少しでも多くの人間を守れ!」


 いつの間に、そんなことを言うような吸血鬼になったのだろう。初めて会ったあの時はグリゴレに従うだけの吸血鬼だったのに。今はグリゴレとティアナにだけは逆らわない吸血鬼なのに。グリゴレとティアナがいないだけで、レオはこんなにもあっさりと自分の意思で物事を判断することができる。


 グリゴレとティアナは、レオの枷だったのかもしれない。イヌマルは人間に対して思うことがないわけではないが、頷いた。それしかない。それだけが現状イヌマルが納得できる目標だ。


「わたしは?!」


「クレアは誰も守れないだろ!」


 言われたクレアは、反論ができないのか急に言葉を詰まらせた。まこは何も言われていないがただ頷き、アイラと目配せをする。


「先に行ってる!」


 答え、イヌマルはレオ以外の全員を引き連れてその場から離れた。

 殺してきた魂にも、ジルの魂にも、恥じない自分でいられるような気がした。

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