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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第一章 星の目覚め
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九  『今はただ』

「──ッ!」


 ざわりと、今まで感じたことのない気配を感じて肌が震える。これは、なんだ。なんでこんなに震えるんだ。


「主……来ます。何か来ます!」


「構えて!」


 指示に従う。だが、このままでは絶対に町役場には辿り着かない。

 何か。誰か。早く。そう思っても誰も助けに来てくれないことはわかっていた。自分の力でなんとかしなければならないのだと、思ったから──


「下がってください!」


 ──目の前に現れた妖怪に、たった一人で立ち向かった。


「かまいたち……?!」


 驚くステラのおかげで名前が判明した妖怪の元へと駆け抜けて、元から抜いていた大太刀を強く強く握り締める。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜんッ!」


 たった一人──だが、自分には猿秋の支援があった。だから怯まずに戦える。かまいたちの間合いに入っても傷つかなかったのは、猿秋が結界を張って守ってくれたおかげだった。


「──ッ!」


 振り回した大太刀が確実にかまいたちの首を捉える。だが、鎌のような爪に弾かれて振動が自分の体を震わせた。

 体が後方に引っ張られるように飛んでいく。すぐさま体勢を立て直すと、他の式神しきがみたちが駆けつけてくるのが視界に入った。


「大丈夫!」


 そう叫ぶ。今まで相手にしていた妖怪を雑魚だとすると、今目の前にいる妖怪はそいつらを束ねる隊長だ。

 それがわかっていたから来てくれたのだろう。だが、それがわかっていたから、イヌマルは逆に遠ざけた。


「守れ! 他の人たちを! 大丈夫だなんとかなる! 俺も大太刀も弱くない!」


 自分が言ったことなのに、何を言っているのかよくわからなかった。混乱しているわけではないが、考えてものを言っていないから何を言ったのかすぐに忘れる。


 走り出した足が未だに傷ついていないのは自分だけだった。猿秋の式神ではないかもしれないのに、猿秋によく似た瞳は真っ直ぐにかまいたちの爪を見つめ続けていた。

 一気に切り落とすべきか否か──一瞬にして判断を下し、両腕を切り落とそうとしてまた弾かれる。


 かまいたちは、どこにも行かずにイヌマルだけを狙っていた。


「……主!」


「何?!」


 いつの間にか離れた場所に立っていた──いや、イヌマルが動きすぎて離れてしまった猿秋は、大声を出してイヌマルの声に耳をすませる。


「こいつは他の妖怪とは違います!」


「そうだね、そいつはきっと中ボスだ!」


「ちゅうぼ……?! じゃなくて! こいつは人を狙いません!」


「は?! どういうこと?!」


 どういうこと、というのはこっちの台詞だった。生まれたばかりのイヌマルは未だに妖怪のことをよくわかっていないのだから。


「そのままの意味です! こいつは俺しか狙わないんですよ!」


「本当にどういうこと?!」


 猿秋が混乱していることだけはよくわかる。その答えを出す為に、イヌマルは自分自身を狙い続けるかまいたちに舌を出して挑発した。瞬間に自らの腕が血飛沫を上げた。


「……?!」


 言葉にならない声が出る。なんだこれ、赤い。血だ。


「イヌマルッ!」


「いやぁっ!」


 猿秋とステラが声を上げるが、大量に出血した割にはまったく痛くなかった。本当に自分の血なのかと疑うくらい、まったく痛くなかったのだ。


「大丈夫……ですッ!」


「ごめん! 気をつけよう!」


 イヌマルの目にも、猿秋の目にも、かまいたちの斬撃は見えなかった。斬撃が飛んできたと言っても過言ではないその攻撃の意味がわからず、どういう風に気をつけたらいいのかわからなくて戸惑う。

 だが、戸惑ってばかりもいられなかった。思案しなければならないのだ。猿秋とステラの為にも。ここにいる全員の為にも。この町に住む、すべての人の為にも。


「もう一回……!」


 掴めないからまた突っ込んでいく。無策だ。とりあえず力技でなんとかしようと思うのは、イヌマルの悪いところなのかもしれない。


「ッ!」


 再び間合いに入って切りあった。大太刀も、爪も、同じくらい巨大で互いの距離は一定の距離を保ったまま。互いに隙なんてものは一切なく、消耗戦を強いられる。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前ッ!」


 だが、イヌマルには猿秋がいた。


「はぁッ!」


 猿秋が防いだ隙にかまいたちの左腕を切り落とし、続けて右腕を切断する。


「だぁッ!」


 その流れを止めることなく、武器である爪を失くしたかまいたちの胴体に切りかかった。痛い。体を変に捻ったせいで全身が悲鳴を上げている。なんでこんな風に捻ってしまったんだろう、後悔しても止められない。


「ああああッ!」


 叫び声を上げた。気合で右肩から左脇腹まで刀を押して、真っ二つに割った瞬間後方に飛ぶ。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前ッ!」


 死に物狂いなのに、どうしても心地よく聞こえてしまう猿秋の九字くじを間近で聞いた。受身を忘れて屋根の上を無様に転がり、勢いがなくなったところを駆けつけてきたステラに止められる。


「ぐぇっ」


「イヌマル! 大丈夫?!」


「だ、だいじょう……ぶ」


「ほっ、本当に……? 本当に……?」


 顔を上げると、本当に不安そうなステラがいた。何故そんな顔をしているのかと思って、自分が未だに腕から血を流していることに気づく。


「ぁっ……」


 認識した瞬間に血液不足を感じた。


「……だめかも」


「イヌマル?!」


「なっ、なんちゃってぇ!」


「えっ……? もう、嘘つき!」


 嘘ではなかったが、この世の終わりだとでも言うような表情を見せたステラがいたから、倒れるわけにはいかなかった。

 気合でなんとか立ち上がり、かまいたちの消滅を確認した猿秋と視線を合わせる。猿秋は、当たり前だがまったく笑っていなかった。


「大丈夫だ! イヌマル、行こう!」


「承知致しました!」


 すぐにステラをおぶって合流し、猿秋を抱えて移動する。妖怪の数はまた少しずつ増えていたが、人々に襲いかかるというよりも、やはり町役場を目指しているようだった。


「あいつらはどうして町役場を……」


「イヌマル、聞いて」


「……っ、はい! なんですか?!」


「さっきのかまいたちのように、今まで雑魚だった妖怪が軒並み消えて、中ボスクラスの妖怪が増えてきてる。いや……もう中ボスクラスしかいない」


「そのちゅうぼすくらすってなんですか?」


「ちょっと強いってこと。今までは一撃で倒せてたけれど、そんなすぐには倒せない……けれど勝てないわけではないくらいの妖怪ばっかりなんだ」


「そんな……みんな怪我してるのに」


「怪我してない人たちの方が少ないだろうね。イヌマルでさえ一撃食らっちゃったんだから」


 申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、あれはイヌマルだったからであって経験のある他の式神だったら絶対に食らうものではないだろう。だから、まだ大丈夫だと思いたい。イヌマルよりも経験がある強くて長生きな他の式神はごまんといるだろうから。

 ……だが、本当にごまんといるのなら、あの十人の中の誰かはそうであるはずだ。イヌマルよりも経験があって、強くて、長く生きていたはずなのに、あの人たちは──。


「……マル?」


「ッ」


「イヌマル、大丈夫?」


「だっ、大丈夫です!」


「本当に? 駄目そうだったらすぐに言ってね、じゃないと命に関わるから」


「承知……致しました」


 その言葉がとてつもなく重たかった。イヌマルは僅かに視線を落とし、すぐに上げて遠くの方に見える町役場周辺を観察する。


「主……不味いですよ」


「何か見えた?」


 何か見えたからイヌマルは途中で足を止めた。


「イヌマル……」


 ステラのことも、猿秋のことも、決して離すことなく口を開く。


「…………妖怪が、壁になってます」


 その言葉の意味を、まだ視認できていない二人はすぐに理解できなかった。


「か、壁?」


「妖怪……が?」


 意味がわからないから声が震える。視認できている式神のイヌマルでさえ恐ろしく異様な光景だと思うのだから、この二人が見たら失神するんじゃないだろうか。


「町役場の結界は、まだ、破られていません。その結界の中に入ろうとしている妖怪が、結界を覆うような……壁になっています」


 その数があまりにも多すぎて、結界の半分を覆い隠していた。今向かっている妖怪が加わったら、すべてを覆うのではないかと思うくらい──それくらい、凄まじい光景だった。


「主、やっぱり」


「行くって言っただろ」


「けどあんなの主一人じゃ無理ですよ! 俺は大丈夫でも! 主は無理です!」


「なんでお前が大丈夫で俺が大丈夫じゃないんだよ」


「だって主は特別でもなんでもないじゃないですか!」


「そうだけどそう言われるとちょっとムカつく!」


「ふ、二人とも落ち着いて……!」


「落ち着く!」


 猿秋が身を捩ったから彼を下ろす。猿秋は町役場の方へと視線を向けたが、やはり何も見えていないようだった。


「……きも」


「えっ、見えるんですか?」


 ステラをおぶり直すと、首を振った猿秋が振り返って二人を見つめる。


「妖力がね。あれほど多いと吐き気がする」


「あぁ……」


「ねぇ、二人とも。キョウコを呼ぼうよ」


「姉さんを?」


「キョウコだけじゃなくて、おじさんも、おばさんも、他の人たちもみんな」


「みんな呼んで、あそこに行こうって?」


「そう。……だめかな」


「駄目じゃないけど……駄目じゃないけどね」


 また町役場へと視線を戻す。そんな猿秋の言いたいことがイヌマルにはなんとなくだがわかっていた。


「けど、何?」


「あんなところに進んで行こうとする酔狂な人が、この町にどれだけいるかな、って」


「……実際、誰も近づいてないですからね」


「でも、みんなで行けば怖くないでしょ?」


「あぁ。赤信号、みんなで渡れば怖くない的なね。あるよねそういうの」


「ど、どういうことですか?」


「まぁ、大事なのはそこじゃないから」


「主ぃ……!」


 軽くあしらわれて涙目になるが、大事なのは本当にそこではない。イヌマルは猿秋の隣に立ち、周りに本当に誰もいないことを悟り──おかしな妖力に気がついた。


「主、これ」


「え?」


「妖力が!」


「これは……いや、大丈夫」


 何が大丈夫なのかはわからなかったが、猿秋がそう言うのならイヌマルは疑うことなく信じられた。


「サルアキ、なんで?!」


「この気配は大丈夫。ステラ、覚えておいて」


「覚えておいてって、どういうこと?!」


「ッ、来ました主!」


 イヌマルも、気配で奴が来たことを悟った。だが、同じく屋根の上に乗ってきたのは、どこからどう見ても妖怪ではなかった。


「あれは……?!」


 だが、人のようにも見えない。妖怪であって人間でもある、そう言った方がしっくりと来るような少女は、自分たちの味方をしているのだろうか。


半妖はんようだ!」


 その言葉が一番腑に落ちた。人の形をしているのに、猫又ねこまたのような耳と尻尾を生やしているからだ。

 琥珀色の鋭い両目は真っ直ぐに町役場に群がる妖怪を見据えており、イヌマルたちを一瞥することなく駆け抜けていく。彼女は裾の短い黄緑色の着物を着ており、そこから覗く茶髪と同色の二つの尾は毛が逆だっていた。


 それくらい、相手のことを威嚇している。


 一気に爪を伸ばした彼女は、町役場に群がる妖怪の敵だった。それを理解できただけでも胸が異様に熱くなって、目頭が痛くなる。


「味方、なんですよね?」


「あぁ。聞いたことはあったけど、本当にこの町にいたなんて……! 彼女たちが来たら百人力だ、いけるよイヌマル!」


「たちってことは他にもいるってことですよね?! てことは……!」


「全員揃ったら! 希望はあるよ!」


 真っ暗な世界に一筋の光が差した気がした。星のない空なのに、いつもの夜よりも暗いのに、いつもの夜よりも希望が見える。


「主! やっぱり俺たちは進みましょう!」


「立ち止まったのはイヌマルだよ」


「そうでしたっけ?! まぁいいじゃないですか! あの子から離れたらそれこそ不味いですよ!」


「うん。行こう、きっとみんなもすぐに来てくれるよ」


 ステラは曇りなき眼をしていた。イヌマルもそう思っていたが、猿秋はそう思わなかったのか眉間に皺を寄せていた。

 だが、周りの妖怪が町役場に向かっていることは見ていたらわかる。だから、周りの妖怪を片づけたら必ず追いかけてくるだろう。


「主! ほら!」


「うん。行こうか」


 猿秋は頷き、イヌマルに再び抱えられた。ステラをおぶって猿秋を抱えたイヌマルは、既に豆粒くらいの大きさに見えるほど遠くまで駆けた半妖の少女の後を追いかける。

 半妖の気配は、猫又の少女以外感じることはできなかった。どこにいるのか、何をしているのか、地獄絵図と化したこの場所ですぐに把握することはできず、今はただ、突き進んでいくことしかできないのだと理解した。

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