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【習作】描写力アップを目指そう企画参加作品

自殺する鳥フルマリテ

作者: うたう

第八回 はばたけ、君のはね企画参加作品です。

http://ncode.syosetu.com/n9981du/235/

「真実はいつだってチラシの裏に書き散らしてある」

 窓を開けた瞬間、成鳥となったフルマリテはそう啼いて、外へと飛び出していった。初めての飛翔であるのに、ぎこちなさはない。自らの体に起きた変化に戸惑うことなく、器用に両翼を撃って、高く、青空へと舞い上がっていく。旋回の後に数回羽ばたいて加速をつけたフルマリテが、私の家へと向かって滑空を始めたのを見て、私は窓を閉めた。ほどなくして、フルマリテが私の家の壁に激突した。壁伝いに響く、肉が裂け、骨の折れる音には今も慣れない。


 フルマリテは近年アマゾンの奥地で見つかった新種の鳥だ。自殺する鳥という意味になるラテン語由来の合成語を学名に持つこの鳥は、その名の通り、自死を遂げる。オスは成鳥になって間もなく、メスは四、五個の卵を産んだ後で、野生種なら巣の近くの崖に自らの身をぶつけて息絶える。

 どのような交尾を行っているのか解明されていないが、不思議と飼育下での繁殖は難しくない。抱卵は必要とせず、一週間ほどで孵化する。孵ったばかりのフルマリテは、くちばしも脚も翼も未発達で、雛というより丸まった巨大な芋虫のように見える。それから五日で、リンゴ程度であった大きさがボウリングの球ほどにまで成長して、幼鳥となる。

『フルマリテか、カピバラか?』というそれぞれの画像を用いたクイズがインターネット上を賑わしたことがあるが、フルマリテは幼鳥となってもくちばしは未熟でカピバラのような見た目をしている。鳥であるから当然、幼鳥期であっても翼を有しているが、ふさふさとしたそれは常に折りたたまれていて、飛ぶことはない。さながら二足歩行する小さなカピバラのようで、愛らしく、無邪気で人懐っこいため、今や犬猫に次ぐ人気のペットになっていると聞く。フルマリテコーナーのないペットショップはないとの噂があるが、事実かどうかは知らない。

 

 フルマリテの死骸を庭に埋めるために屋外に出ると、隣家の主人が自身の家の壁をペンキで黒く塗っていた。

「ハマりましたか?」

 私が訊くと、隣家の主人は「ハマりましたね」と答えた。

 フルマリテ飼育に取り憑かれた人間は、外壁を黒くする。たくさんのフルマリテの旅立ちを見届けるからであり、つまり血痕が目立たないようにするためだ。だから黒い家には、だいたいフルマリテが何羽もいる。当然、私の家の壁も黒い。

 隣家の主人は、先刻飛び立ったフルマリテの姿を見ていたようで、「一匹旅立ちましたよね? なんて啼いたんですか?」と訊いてきた。

「それが、真実はいつだってチラシの裏に書き散らしてある、と」

「ほう」と隣家の主人は唸って、「なにやら含蓄がありそうですな」と笑った。


 フルマリテの本当の魅力は、幼鳥時の懐っこさや愛らしさではなく、成体化したときの啼声にあると私は思っている。生涯に一度だけのその啼声は、飼育下では人間の言葉そのものだ。九官鳥やインコなど教え込まれた言葉を唱える鳥はいくらかいるが、フルマリテはそうではない。教え込まなくても人の言葉で啼くし、教え込んでもその通りに啼いたりはしない。英語圏で育てたフルマリテは英語で、仏語圏で育てたものは仏語で啼く。このことからフルマリテは幼鳥のときに、飼い主の言葉やテレビなどの音声から言語を学んでいると言われている。高すぎる知性がフルマリテを自殺へと駆り立てるとも言われていて、成体化した瞬間に幼鳥の頃の無邪気さを恥じて死ぬとは、多くの人が信じる俗説だ。

 私を含む、フルマリテの愛好家は、死ぬ前の啼声を聴くために飼育しているところがあるのだが、死を心待ちにするような愛好家のそうした姿勢は、虐待に等しいとして、しばしば動物愛護団体によって槍玉に挙げられる。しかしいい加減に育てたのでは、成鳥になる前に死んでしまう。個体差が激しく、何年で成鳥になるかわからないフルマリテを、愛好家は辛抱強く、心血を注いで飼育しているのだ。それを虐待だと言われるのは心外だ。そもフルマリテの自殺は本能に組み込まれた行動であるのだから、愛好家はフルマリテが生涯を全うできるように手助けしている存在であるとも言える。食肉にするために育てられる家畜に比べれば、愛好家に飼われるフルマリテははるかにましな生涯を送っているのだ。


 フルマリテの死骸を埋めて屋内に戻ると、幼鳥の群れが私にまとわりついた。その中の一匹が急に動きを止めて、何かを悟ったように成鳥へと変容をはじめた。折れやすいようにか、首は白鳥みたく長く伸び、幼鳥の頃のずんぐりむっくりとした印象はもはやない。首を振ると鳥らしいくちばしが飛び出し、カピバラの毛のようだった羽毛は、逆立って羽根であることを主張している。

 成鳥となったフルマリテは、準備運動をするように翼を広げて、ゆっくりと大きく二度風を起こした。私が窓を開けてやると、成鳥は「労いと感謝は、二千文字の物語になる」そう啼いて、死への旅立ちを始めた。

 企画最終回、最初は別の話を書いていた。

 ダメだ、これつまんないなって思ったときに、なぜだかレミングのことが思い浮かんだ。そうだ、自殺する鳥の話を書こう。生涯で一度だけ啼く。飼育下だと、自殺する前に人間の言葉で啼く。それも意味ありげな言葉を吐いて。そんな鳥がいたら、啼声を聴くために飼いたいと思う人がいるはずで、啼声にはきっと中毒性がある。

 最終回に参加するにあたって、企画運営者の狼子 由さんへの労いと感謝の気持ちを込めたいと思っていた。それで二羽目の啼声は、ああなった。

 でも「おつカレーライス。ありがとーさん」と啼きかけていたことは内緒だ。締切前にそれらしく啼いてくれて、心底ほっとした。


※レミングが集団自殺するというのは、誤った説であるらしい。

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― 新着の感想 ―
[一言] フォロワーさんから薦められて読みに来ました。 なんというか、勢いがすごい。フルマリテの生態が気になり、最後まで一気に読みました。 「面白い」というよりも「なんかすごい作品を読んでしまった」と…
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