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ハーフエルフの異世界結婚相談所~運命の人、異種族から探します!~  作者: 弥生倫
第1章 こじらせハイスペリザードマン
4/5

2 ハイスペックの上昇婚?

 リリスはいきなり核心へ迫ることにした。


「ラルフさん――」


 2人の間を隔てたテーブルに身をぐっと乗り出して、顔を近づける。

 女性経験の存在をまったく感じさせないほど、ラルフは目を激しく泳がせ、まぶたをパチパチさせて動揺しているのがわかった。汗腺のある人間族やエルフなら大量の汗をかいていたことだろう。


「あなた、『上昇婚』するためにここに来ましたね?」


 何かを見透かしたような目のリリスに動揺するが、「上昇婚」と自分が言われた意味が分からない。


「業界用語でしたね。『上昇婚』というのは、結婚相手の生活水準やステータスによって、過去の自分から大きくステップアップする結婚のことです。」


「いや……それはわかりますけど……と、とにかく顔を離してください!」


 女性慣れしていないと一目で分かるリアクションで、ラルフは言葉を返す。


 もともと「上昇婚」とは、多くのケースで生活水準が低い者が高い者と結婚することで、労せずして高い生活水準を得ることを意味する。人間族の古い言葉では、「玉の輿」とも言うらしい。

 しかし、1400万ルビーもの年収を稼ぎだすラルフが「上昇婚」をしようというのは、本人としても合点がいかなかった。


「別に相手の年収は気にしませんよ! むしろ、相手には専業主婦でいてほしいくらいです。」


「そう! そういうとこですよ!」


「えぇ……」


 いきなりの激詰めにすっかり動揺してしまったラルフ。


 こうなってしまったリリスは、だれにも止められない。

 慌てふためくラルフをよそに、メリーはどこから取り出したのか、部屋の隅でコロンのお手玉遊びの相手をしている。

 2人の様子をまったく気にすることなく、リリスは続ける。


「ラルフさん、あなたはモテなかった『過去の自分』を慰めるために結婚しようとしている。」

「いえ、決してそんなことは……」


 リリスは言葉を緩めない。


「あなたは『ありのまま』の自分を愛してくれる人と巡り合いたいとおっしゃいましたね。」


「そうです。過去の僕を知っても、それでもなお僕を好きになってくれる人と……」


「残念ながら、この相談所に登録している女性、いえ、世界中探してもそんな女性はいません。」


「そんな……」


 キッパリと言い切ったリリスの迫力に、ラルフは目を見開いて口をパクパクさせている。


 そこへ、突然ラルフの目の前に手鏡を出すリリス。

 鏡面には、すっかり動揺しきった「エリートリザードマン」の顔が映っていた。


「失礼……取り乱しました。」


「いいえ、そういうお顔、私はかわいいと思いますよ♪」


 リリスは人差し指を立ててウィンクして見せる。

 美しいハーフエルフのあざとい仕草に、恥ずかしそうにうつむき加減でラルフは答える。


「そんな……こんなところを女性の前で見せるなんて……。」


「だーかーら! そういうとこですよ!」


「えぇ……」


 再び激詰めである。


「ラルフさん、あなたは女性をステレオタイプで見てますよね?」


「そんなことないです! 僕は男女平等主義者です。現に部下たちには男女分け隔てなく仕事の評価をしていますし、そんなこと言われるなんて心外です!」


 一度委縮したラルフも、女性差別者のように言われてはエリートの沽券にかかわる。今度はさすがに反論する。

 しかし、リリスはここぞとばかりに、静かに諭すように言う。


「じゃあ、どうしてプライベートの自分にはそんなに自信がないんですか?」


「それは……」


 リリスの発した「プライベートの自分」という言葉には、どうしても再び委縮してしまう。

 リリスはラルフの弱点はここだと分かっていた。


「ラルフさん、あなたは魅力的な人です。」


「そんなことないです。昔の僕はデブで、ダサくて、運動音痴で……」


「そう。そんな自分の短所をすべて克服して、社会で活躍できるだけの努力ができる、とても魅力的な人です。」


 リリスの誉め言葉に、ラルフはどうも納得がいかないようだった。


「でもリリスさん、今の僕を見ている人は……きっとこれから知り合う人たちも全員、ダサいところを克服した僕しか知りません。過去の僕を知ったら、きっと幻滅してしまうに違いない……。」


 今にも泣きだしそうな顔でつぶやくラルフに、リリスはさらに追い打ちをかけた。


「そんな自分すら愛せない人に、他の人が愛せるでしょうか? それも、文化や風習、体の性質までまったく違う異種族を。」


 リリスは子供を諭すような優しい口調になって、さらに続ける。


「あなたは社会では一流のリザードマンとして振舞える。でもそれは、社会で一流のリザードマンを『演じている』という自覚が、誰よりもあるんじゃないですか? あなた自身に。」


「演じている? 僕が……?」


「そう。あなたは、理想の自分になるために、一生懸命努力した。そして、理想の自分を手に入れた。でもそれは、結果的に、本来のあなたを否定することになってしまった。あなたの努力の原動力は、過去のあなたを否定することだったから。

他人がカッコいいという職業について、カッコいいという服を着て、カッコいいという振る舞いをして。そして周りの評価を受けるたびに、過去の自分を貶めている。」


「でも僕は、こうして社会的に認められて、幸せな結婚をすれば、過去の自分を救うことができると思って……。」


「あなたはおそらく、過去に自分が醜かったことが、今美しい誰かと結ばれることによって清算されると思っている。

例えば誰もが憧れるような美しいハイエルフをめとり、この不況の中で専業主婦として養うことで、社会を見返し、過去に女性から相手にされなかった自分が救われると思っている。

でも――それは違います。社会も、そしてあなたの結婚相手の候補になる女性も、見ているのは今の、そしてこれからのあなただけです。」


 ラルフの凸凹とした顔の皮膚を、一滴の涙が伝う。

 ひとたび涙がこぼれ始めると、子供のように泣きながらラルフは答えた。


「僕は……社会の一員になりたかった……。そのためには……変わらなきゃいけないって……」


「そう決めたのは、誰かしら?」


「それは……」


 相談室に静寂が流れる。

 リリスはラルフがうつむいたまま思案するのを、ただ黙って見守っていた。


 そのまま、5分以上の時間が経過しただろうか。

 いつの間にかラルフの涙は止まっていた。


「僕だ――僕自身だ。」


 顔を上げたラルフが答える。


「それは、誰のために?」


「僕……自身のために。」


「そうですよ。あなたは確かに昔は死ぬほどダサかったかもしれない。でも、『死ぬほどダサかったけど、死ぬほど努力してカッコよくなったあなた』が今はいる。ただそれだけのことです。過去の自分と一緒に、『よかったね』って、笑ってあげればいいんですよ。」


 そういうと、リリスは手鏡をラルフに手渡す。

 それを渡されたラルフは、自らの手で自分の顔を映す。

 鏡の向こうからリリスの声が聞こえる。


「そのままでいいんですよ。そのままの、あなたで。」


 そういわれたラルフは、再びうつむいて考え始めてしまう。ぶつぶつと何かをつぶやきながら、答えを探している。

 後で聞いたことだが、これはラルフが仕事で天候と農作物の市況を読む際に、集中すると行う動作なのだそうだ。いわゆるゾーンに入った状態で、こうなったラルフの相場予測は百発百中なのだという。


「過去の自分を自分でまず愛さなければ、他人には愛してもらえない。」


「ようやく、お分かりいただけたようですね。」


 リリスが微笑みかけるのにつられて、ラルフも自然と笑顔になった。


「僕はどこまでできるかわかりませんが……やってみようと思います。」


「わかりました。では、1週間後にまたお越しください。それまでに、ラルフさんにお似合いの素敵な方を探しておきますね。」


「じゃあ僕も……来週までに、自分との向き合い方、探しておきます。」


 リリスは、候補者のリストからラルフのお見合い候補を探すことになった。



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