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短編

ドジっ子が天上の白き宝玉を壊したら、神話に残る大事件になりました!

作者: 狩野生得

 本来のジャンルはT(トンデモで)B(罰あたりで)F(ふざけた話)だと思ってます。


 それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた。

 今から4500年ほど前、人類史上最悪の災いをもたらすまでは…。



 2月10日、初めて天体の運行を任された琉羽るはは、テンション上がりまくりだった。

 本来、天体の運行は、人気と実力を兼ね備えた神の仕事である。芸能人で言えば、冠番組を持てるレベルだと思えばいい。

 だが、琉羽るははと言うと、神に昇格したばかり。初心者中の初心者である。

 さらに、彼女がこれから運行する天体は、地上の人々が天上の白き宝玉と呼んでいる月。天体としての格は、太陽に次ぐ№2である。


 なぜそんな無茶なことになっているのか?


 それは、琉羽るはが神界上層部に大人気だからである。

 神界では激レアなドジっ子属性持ちの彼女は、「すきあらば助けたい」という神の本能にダイレクトアタックしまくりなのだ。

 それ故、彼女の人気は本物である。なにしろ、最高神と至高三神が、彼女のファンクラブの会長と三役なのだ。

 彼らは囲碁の新初段シリーズと同じノリで、琉羽るはに一日だけ月の女神を体験させることにしたのだった。


 そんなわけで、琉羽るはは、当代の月の女神の小夜音せれねから、月を受け取り運行を始めた。

 琉羽るはは月がピンポン玉に見えるぐらいに巨大化――但し、一般の生物には認識できない――し、利き手で月を優しく持ち、決められたコースを決められた速度で動き始めた。



 ここで、月について説明しておこう。

 中世では「ガラスでできているのでは?」と思われたぐらい、満月は明るい。

 だが、天上の白き宝玉と呼ばれていた当時の月は、さらに明るかった。

 その理由は、月の大きさにある。


 当時の月は、表面が2000メートル前後の厚い氷に覆われており、その下に3000メートル強の水と砂の層を有していた。その分、現在より少しだけ大きかったのだ。


 氷は光を反射する。だから、離れたところからは白く見える。氷山が白いのと同じ理屈だ。

 また、光ファイバーほどではないが、太陽光を巡らせる。その結果、直接光が当たらない面も明るく見える。


 当時の月は満ち欠けではなく、明暗の変化と太陽との位置関係で、ひと月のしるしとなっていたのだ。

 太陽から離れるほど白く輝き、夜の世界を煌々(こうこう)と照らす様は、天上の白き宝玉と呼ばれるに相応しいものだった。



 そんな月を任されてから、およそで2時間後、琉羽るはがやらかした。


 小夜音せれねが動かしていた昨日までの月は、文句のつけようのない動きだった。

 だが、テンション上がり過ぎの彼女が動かす今日の月は、動きに微妙なムラが出ている。と言っても、地球からは38万キロも離れた先のことである。人間が目で見てわかるレベルではない。

 しかし、神である琉羽るはにはそれがわかる。何とかしようとすればするほど、肩に余分な力が入り、乱れはますます大きくなる。初心者が陥りやすい悪循環だ。


 そして運命の時は訪れた。


 なんとかしなきゃとアレコレ試行錯誤中だった琉羽るはは、ついうっかり、月を持つ手に力を入れ過ぎてしまったのだ!

 月を覆う分厚い氷に亀裂が入り、水圧がそれを広げる!


 月を覆っていた氷は、呆気あっけなく砕けた。

 圧力から解放された水と砂も、勢いよく飛び散った。


 氷と水と砂は、より強大な引力に引かれ、地球へと向かった。



 琉羽るはは焦った。

 自分のミスで、地球が地球が大ピンチなのだ。

 でも、直接手を出すことはできない。例え何が起ころうとも、今は月の運行を続けなければならないのだ。

 琉羽るはは何度も振り返りながら、秒速約1キロで現場を後にした。



 神界は、人間には中身が全然見えないブラックボックスだが、決してブラック企業ではない。

 ましてや、今日は、組織のトップ連中が全力で推している琉羽るはのデビューイベントだ。

 絶対に失敗があってはならない。地球に被害を出すなど、以ての外である。


 というわけで、こんなこともあろうかと、ちゃんとサポート要員がスタンバイしていた。

 神界は、地球を地球を守るのだ、と言わんばかりに、熾天使(燃える炎の天使)の長・琉仕羽るしはを地上に遣わした。

 彼を見送る何人かが「代われ、代われ」と思っていただろうことは、想像に難くない。


 琉仕羽るしはは、こんな時のために予めピックアップしておいたまったき人と家族の計8人を、星まで行ける葉巻型の乗り物に収容した。

 また、琉羽るはをハラハラドキドキしながら見守っていた上級神たちも、メルカバーやヴィマーナ、天の鳥船やサンダーバードを緊急出動させ、予めお気に入り登録しておいた男女を乗せた。

 神々にとって大事なのは、「自分のお気に入りの血を絶やさない」ことなのだ。



 2月10日の月は、現代の言い方だと半月はんげつだった。

 空を見上げた人々は、異変に気付いた。

 月が半分消え、明らかに暗くなっている。


 それはまるで、半分だけ開いた窓のように見えた。

 そしてその窓から、なにやら光るものが落ちてきているように見える。現代人なら、ガラスが割れて飛び散っていると思ったかもしれない。


 初めて目にした異様な光景を恐れ、人々は神に祈った。

 だが、人々は知らなかった。

 自分たちは既に見捨てられていることを…。



 7日後、大洪水が始まった。


 地球に到達した細かな氷や水が雨雲となり、全天を覆う。そして激しい音を立て、大粒の雨が降る。

 雨雲を突き破り、大小さまざまな氷塊が次々と落ちてくる。


 当時の地球には、1つの陸地と1つの海しかなかった

 現在の大陸と島々がひとまとまりになっている超大陸パンゲアと、それを囲む超大洋パンサラサである。


 陸地に落ちた氷塊は、甚大な被害をもたらした。

 木々を倒し、建物を破壊し、生き物の命を奪う。

 さらに、巨大な氷塊の下になった物は、ことごとく粉砕された。


 パンサラサに落ちた巨大すぎる氷塊は、大津波を引き起こした。

 起伏が少ないパンゲアは、かなりの部分が波にのまれた。

 さらに、無数に落ちた氷塊は、海面を上昇させるとともに、海水の温度を急速に低下させた。

 これにより、寒冷地では生きられない水棲動物が絶滅した。


 降り続く雨には、いつしか砂が混じっていた。

 言わずと知れた、月の砂である。

 砂は海底を埋め、移動できない生き物の命を奪っていった。


 また、大量の雨は、海水の塩分濃度を薄めた。それに耐えられなかった水棲生物も絶滅した。


 雨は40日40夜降り続いた。

 月からやってきた水は、海面をさらに高くした。

 万年雪が残るほど高い山が無かった超大陸パンゲアは、完全に水没した。

 陸地にわずかながら生き残っていた生き物も、完全に死に絶えた。


 生き残ったのは、神のお気に入りだった少数の人間だけである。


  ☆


 雨が止んだ後、神界は地球復興に取り掛かった。


 まず、陸地を造らないことには始まらない。月から降ってきた水は、放っておいてもひかないのだ。

 神々は、地球をふくらませることにした。表面積が増えると海水面がさがるので、陸地ができる。簡単な理屈だ。

 とは言え、マントルには粘性があるので中心部を空洞にはできない。

 そこで、手頃な星を埋め込むことにした。


 その星の名はアルザル。かつて、地のおもてを去った者の子孫たちの星だ。

 彼らも神のお気に入りなので、地球への埋め込みは彼らに影響が出ない形で行われた。


 地球は今の大きさになった。表面積が増えたので陸地が現れ、水はひいた。

 だが、副作用があった。中心を広げられたため、プルーム――深部からのマントル対流――が一時的に激しさを増したのだ。

 その影響でパンゲアは急速に分裂、現在の地形が出来上がった。

 この時、陸地が浮き脂やクラゲのように海上をただよった様子は、古事記にも記されている。



 副作用は、もう一つあった。

 アルザルの分だけ重力が強くなったのだ。

 大型恐竜やネフィリム(巨人)は自重に耐えられず、翼竜や巨大昆虫は翼が折れて飛べないレベルである。


 これについては、環境に適応できない種をバッサリ切り捨てることになった。

 理由は当面の食糧事情である。塩害がなくなるまでは、植物がマトモに育たないのだ。

 そんなわけで、生態系も現代人が知るとおりとなった。


 なお、時が来るまで死なない設定のレヴィアタン(海の大いなる獣)は、キッチリ生き残っている。



 今回の件は、神界にとって黒歴史と言えるだろう。

 当然、ありのままを後世に伝えるわけにはいかない。


 そこで、「悪しきものに天罰を下した」と伝えることになった。この場合の「もの」は万物ばんぶつを指す。

 生き残ったのは清いもの、滅びたのは清くないもの、という理屈である。


 神話の骨組みは決まった。

 神々は神話体系お抱えの語り部(ラノベ作家)に物語をつむがせ、それが現在まで伝えられることとなった。

 なお、Q訳な聖典では、神自らが二次創作し、預言者に吹き込んだとされている。



 実務が終われば、最後は責任者の処分である。

 客観的に見れば、主犯は琉羽るは以外にはあり得ないのだが…。


 会議の様子を見てみよう。


「最後は懲罰だな」

「うん。今回の件は、なあなあで済ますわけにはいかない」

「やっぱアレだな。琉羽るはタンが壊しちゃうような月を創ったやつが悪いよな」

「「「異議なし」」」


 神界のトップ4は、琉羽るはファンクラブのトップでもある。

 当然、琉羽るはに甘々の裁定が下された。


 というわけで、主犯に祭り上げられた耶部やべには自宅謹慎2日のペナルティが課せられた。

 なお、神の1日は、人間にとっての1000年である。


 謹慎が終わった後、耶部やべはハッタリをかました別名を使ってジャ○アンとは別の剛田ごうだ君を悟りに導くのだが、それはまたの機会に語ろう。

 どうか天罰が下りませんように…。



 ナニコレ? な方向けの、簡単な解説です。

 某お米の国などには、旧約聖書の創世記を根拠に「宇宙は6500年前(←数万年の場合もアリ)にできた」という説を大真面目に唱えている人たちがいます。

 この説では、65000年前に隕石なぞ落ちません。なので、化石でしか存在が確認できない生物は、全て大洪水で絶滅したと考えます。三葉虫とか、ティラノサウルスとか、ナウマンゾウとか。

 本作では、その世界観を採用しています。


2019/07/25追記

 「地球が地球が」と「地球を地球を」は、敢えてそう書いています。


 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ノアの箱舟伝説をここまで面白く!アレはドジっ子琉羽ちゃんが原因なのですね( ˇωˇ )その後の神様方の隠蔽工作がまた…!( ´艸`) 子供に話して聞かせたらマジで信じ込みそうな(た~にゃん…
[良い点] ファンタジーと科学が融合したような物語に、どんどん引き込まれていったかと思ったら、最後はファンクラブのトップたちの忖度で解決したという( ゜Д゜)<あまあまだな!w 面白かったです。
[一言] 見え隠れする元ネタがとても面白かったです! いや、隠れてはいませんね? 矢部と剛田(笑)
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