夢に夢中
夢を見ていた。
その夢の舞台は、ゲームやファンタジー小説でお馴染みの中世ヨーロッパを模した世界だった。
美しい自然と石畳で整備された街並み、そして人々が実に生き生きとしているのだ。
今度は街中のシーンだ。昼間にしてはやけに薄暗い。恐らく路地裏あたりだろう。
おや、人が倒れているぞ。
遠目でも身体中アザだらけで薄汚れているのが分かる。顔が良く見えないが背丈から子供、とりわけ少年のようだった。
どうやら顔が見えなかったのではなく、文字通りノッペラボウだったのだ。いきなりのことに驚いた僕は、一瞬ハッとして目覚めそうになってしまった。
◇◆◇◆
リンゴが積まれた荷車と店主らしき中年男性がいる。そこに若い女性が近づいて来た。リンゴでも買うのだろう。
「おい、待て。この泥棒!」
店主が大声で怒鳴り散らしている。リンゴを握りしめた少年の一人が女性にリンゴを手渡した。女性は困惑した様子だが、少年たちはお構い無しに逃げて行く。
「おい、そこの女!お前がガキどもにやらせたのか?」
「いえ、違います」
「じゃあ、何であのガキはお前にリンゴを渡したんだ?」
「知りません」
「いい加減なことを言うな!」
店主が女性と揉めてるうちに、警備兵たちが近付いて来た。
「おい、何かあったのか?」
「これは、これは隊長さん。ガキどもにリンゴを盗まれちまって。泥棒をやらせたのはこいつだ。その証拠にガキからリンゴを受け取ってやがったから、最近噂の魔女に違いねぇ!」
「魔女だと?どう言うことだ」
「へい、最近この辺りに魔女が出るって噂、隊長さんは知らんのですか?俺はこの街に来る奴を大抵知っとるが、こんな女は見たことねぇ」
「おい、女を連行しろ!」
隊長は無言でリンゴを一掴みすると、そのままかじりながら不敵な笑みを浮かべている。
「魔女が本物かどうかなど、どうでも良い。俺はこの国で初めて魔女を処刑する男になるんだからな!」
◇◆◇◆
すでに噂を聞き付けた人々が街の広場に集まっていた。
「最後に言い残すことはないか?」
隊長は女に問うが、何の返答もない。
この緊迫した状況下、今にも処刑が始まろうとしていた。
だが、その時だった。
アザだらけで倒れていたはずの少年がフラフラと現れたのだ。
「ママ!」
少年は一心不乱に女性に呼び掛けている。周囲の関心は魔女の処刑から、突如として現れた少年へと変わっていた。
「ママだと?何だ、このガキは!構わぬ、一緒に処刑し・・・待て。こ、こいつ。顔が無・・・あり得ぬ、こんなことはあり得ぬ!この化け物め!・・・」
隊長は想像を絶する事態に錯乱していた。それもそのはずで、顔のない人間など居るはずないからだ。
「矢、急ぎ矢を放て!早くしろ!」
使い物にならなくなった隊長に変わり、部下が慌てて命令を下した。
だがその瞬間、強烈な光と共に女と少年は忽然と姿を消した。
「やはり魔女だったのか?手分けして行方を調べろ!」
兵士たちは急ぎ捜索に向かった。
◇◆◇◆
奥深い森に佇む家の前だ。
「ねぇ坊や。さっき、私の事をママと呼んだわね?」
少年は無言のまま頷いた。ずっと魔女の手を握ったまま離そうとはしなかった。
「仕方のない子ね(笑)」
呆れた口調のわりに、表情はどこか嬉しそうである。
「あのね、どうして私が坊やのママなの?」
「僕のママと同じお顔で、声も一緒なの」
「坊やのママはどこにいるの?」
「死んじゃった」
「そうだったの・・・坊や、歳はいくつ?」
「8歳。ママは何歳?」
「もう800歳になるわ、だからママと言うよりはお婆ちゃんね。ところで坊や、魔女を見るのは初めて?」
「ママも魔女だって言ってたよ。だから僕は魔女が大好き!」
「魔女が怖くないの?」
「怖くないよ。それにね、ママは自分のことを魔法少女って言ってたんだよ」
「坊やのママは随分と図々しいわね。魔法オバサンの間違いじゃないかしら(笑)」
「なら、お婆ちゃんママは魔法老婆だ!」
「お婆ちゃんママ?まほろば?そんなの嫌よ!」
「わーい、お婆ちゃんママだ!まほろばだ!」
「もう(笑)この子、まさか・・・」
少年が見せた屈託のない仕草と裏腹に、魔女はどこか寂しそうであった。
「ところで坊やのおうちは?」
「兵隊に焼かれちゃった」
魔女はさらに問いかけた。
「ねぇ、私と一緒にここで暮らさない?」
「ママ・・えーと、お婆ちゃんと?」
「そうよ、嫌かしら?私の名前はターニャ、光の魔女ターニャよ。でも人前では恥ずかしいから私の名前を呼ばないでね」
「うん、呼ばない。ターニャお婆ちゃんと一緒にいる!」
「もう私のことは、まほろばで良いわ!ところで坊や、名前は?」
夢はここで終わってしまった。
ハッとして目が覚めた僕は、しばらく見慣れた天井を眺めていた。
まだ朝日が昇るには少しばかり早かった。
とにかく夢の続きが気になって仕方がなかった僕は、このままもうひと眠りすれば夢の続きが見れるのではないかと思い目を閉じたのだった。