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おかえりなさい、ママ!

「ママを助けて下さい・・・」


僕は誕生日にもらった絵本の魔女にお祈りをする。

魔女は何でも出来ると信じていた。


「魔法でママを助けて下さい!」

来る日も来る日も、僕は魔女にお祈りをした。


何度か東京の病院にはお見舞いに行ったけど、母の容態に変化は見られなかった。


しばらくして母が退院することになった。

東京まで母を迎えに行き、帰りには景観の良い場所を見つけては家族写真を写した。


母は今、僕の隣りにいる。

元気になって帰ってきてくれたのだ。


「ママ、お帰りなさい!!僕ね、毎日魔法使いにお祈りしたの。

ママが良くなりますようにって!」


「ありがとう、りっくん。お陰で魔法が効いたみたい!

すっかり元気になったわ!」


僕たち母子おやこは時間を忘れて語り合い、今までの寂しさを埋め尽くした。


◇◆◇◆


六花が遊びに来てくれた。彼女も母の退院を喜んでくれた。


その日はお泊まりすることになり、祖父が用意してくれた花火でみんな楽しんだ。

花火はとても綺麗だったけど、久々に母と過ごせると思うと、それだけで僕は満足だった。


いてもたってもいられず、母をモデルに僕は生まれて初めての写真を撮った。


六花はしばらくうちに泊まると言い出した。

やはり想像通り賑やかすぎて、今まで感じた寂しさなどすっかり影を潜めてしまった。


それからどのくらいの日数が経っただろうか。

突然、救急車がやって来て母は秋田の病院に運ばれて行った。

実物の救急車を見るのは初めてだった僕は、母との別れより救急車に舞い上がっていた。

早く元気に帰ってきてねと伝えると、こっそりと救急車の写真を撮影しておいた。


母の入院で、今度は僕が六花のうちにお世話になる事になった。


◇◆◇◆


母が帰ってきたと知らせを受けた僕は、嬉しさのあまり大急ぎで六花の家を後にした。

でも、久しぶりに家に帰ってきた母の姿に、僕は一切の言葉が出なかった。



母は白い着物に身を包み、花が敷き詰められた木箱の中で優しげな表情のまま横たわっていたのだ。


僕はまた、六花の家に預けられることになり、そして何日か過ぎた。


◇◆◇◆


母の葬儀は黒い雨が降りしきるなか執り行われた。

見慣れない大人が沢山いて、中には泣いている人もいたけど、この時は理由が分からなかった。



「ママ、ねぇママ。起きてよ、ママ!

あっ、そうだ!お薬が効いてるんだね。

僕ね、前に本で読んだことあるよ。

お薬を飲むと眠くなっちゃうって書いてあったもん。

ママ、早く治ってね!」


棺に向かって必死に話しかける僕の姿を見て、祖母が辿々しく近づいて来た。



「ねぇ、おばあちゃん。ママはもう、お返事してくれないの?」


祖母は無言だった。

涙を浮かべた瞳を隠すように背を向けると、脱け殻のようにその場に崩れ落ちた。

そして、祖父は僕の手を取りこう告げた。


「りく。ママとの最後のお別れだ。

生涯忘れないように、その目で、

ママの姿を良く見ておきなさい」


僕は暫くの間、祖父に言われたとおり無言で母を見つめていた。

その様子に親族たちは悲痛な表情を浮かべた。



「最後のお別れです」

斎場の人がそう告げると、母の棺は閉められてどこかへと運ばれてしまった。


暫く経って火葬が終わると、白い灰といくつかの骨が眼前に運ばれて来たのだ。


それが母だと知った時、あまりにも変わり果てた母の姿に、

僕は狂ったようにいつまでも泣き叫んでいた。


僕を胸に抱き、祖父も声を殺して泣いてくれた。


そして・・・僕は母の死を実感し・・・絶望した。


◇◆◇◆


葬儀の後、東京に戻った僕たちは正式に祖父母の家に引き取られることになった。

祖母につれられ、休学中の学校に出向くとみんなに最後の挨拶をした。


祖父母の家に住むことになった僕だけど、母との思い出以外、この地に特別な感情がない事に気付いた。


母と暮らしたアパートに別れを告げる日が来た。

アパートに近づくと、僕の感情が爆発した。

いつまでも止まらない涙、悲しみ、絶望、これが今の僕に残された感情だった。


祖父たちは少ない荷物を部屋から運び出していたが、僕は母との想い出を涙が溢れるその目にしっかりと焼き付けておいた。


秋田に戻るころには幾分落ち着いた気持ちでいられた。

奥の和室の片隅には真新しい仏壇が置かれている。

そこには笑顔で微笑む母の写真が飾ってあるにもかかわらず、悲しみと死の怖さのあまり、暫くのあいだ近づくことが出来なかった。


何日かが過ぎ、やっと仏壇にお線香をあげられるようになった。

でも、写真に写る母の笑顔を見るたびに涙が止まらなかった。

そんな僕の姿を見て、暫く祖父母も泣き崩れていた。


◇◆◇◆


8歳の誕生日プレゼント、母から貰った最後のプレゼント。

嬉しいはずの宝物、今は見るたびに辛く悲しい宝物。


「僕が泣かなくなるまで、お仏壇の写真とプレゼント、

宝箱に仕舞ってても良いよね、ママ?」


母にそうお願いすると、僕は写真とプレゼントを丁寧に宝箱と呼んでるおもちゃ箱に封印した。

いつか見るその時まで・・・。


◇◆◇◆


そして10年、僕は高校を卒業した。

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