博士と素直なオオカミ少年
「そうだ、良いことを教えてあげる。」
僕がお決まりのフレーズを口ずさむと、ワンマンショーの始まりだ。
たくさんの友達が集まってきて、僕の話を楽しそうに聞いてくれるんだ。
物心ついた頃から、僕の楽しみは本だった。
もっぱら絵本や図鑑が多かったけど、どこへ行くにも必ず本を持ち歩くほどであった。
そんな僕は、周りのみんなから博士と呼ばれていた。
難解なもの、漢字を多用したものは読めなかったけど、その手の本はたいてい母が読み聞かせてくれた。
僕は自慢したいわけでも、気を引くためでも、ましてや目立ちたいわけでもない。
ただ純粋に、色んな話をみんなに聞いてもらいたいのだ。
僕にとって、本に書かれた内容は真実さながらであった。
架空の話もあったりするけど、僕はことあるごとに本で得た知識を披露し続けてきた。
初めのうちは僕の話を熱心に聞いてくれる友達も多かった。
だけど、フィクションの意味を知るようになると、僕の周りには友達と呼べるような人が誰もいなかった。
僕は博士から、すっかりオオカミ少年に変貌していた。
◇◆◇◆
「みんな。今日は雨が降ってるから、お外に出たらちゃんと傘をさしましょうね。」
先生が注意を促すと、なるほど外は黒い雨がポツポツ降っていた。
「あーあ、お洋服、黒くなっちゃったぁ!」
園児の一人が残念そうに呟いている。
僕は名誉挽回とばかりに話し始めた。
「ねぇ、みんな。雨ってほんとはね、透明なんだよ。本にそう書いてあった。」
もう僕の話に誰も耳を傾けてはくれなかった。
「また本の話!?」「あいつ、嘘つきだもんな」「もう遊ばない」
周りではさっそく論評が行われていたが、どれも聞きたくない内容だった。
それでも何故だろう、僕は本が嫌いになれなかった。
友達がいないのは寂しいけど、母と過ごす時間が増えた事が今は嬉しい。
母に難しい本を読んでもらったり、いろんな会話をしたり、僕にとってことさら充実していた。
「良い子にしないと魔法使いがやって来て、
お菓子にされて食べられちゃうぞぉ!」
これは母の口癖であり、しつけの言葉だとは思いもしなかった。
それより、魔法使いはこんな事も出来るのかと感心した程だ。
そんな風に嬉しそうに話している僕に、母は笑顔で抱きしめながら優しく頬擦りをしてくれた。
◇◆◇◆
小学校の入学式。
白く澄みわたる空の下、大きなランドセルを背負った小さな新入生たちが元気な姿を見せる。
その中の1人に僕もいるわけで、入学式を見つめる父母たちに、ちょっぴり切なくなってしまった。
僕は父親を知らない。未婚の母ではないけど、僕が物心つく前に父は亡くなったそうだ。
家には父の写真はなく、どんな人だったのか僕には分からない。
ある時、不思議に思って母に尋ねたことがあるけど、
父の話になると母は決まって物憂げになる。
だから僕はそれ以上、何も聞けなくなってしまう。
◇◆◇◆
クラスのみんなに「晴れた空は青いんだよ」と教えてあげたら、
僕はとうとうオオカミ少年と呼ばれ始めた。
そんなオオカミ少年は、学校では存外よく苛められた。
「お前、嘘つきだから父親がいなくなったんだろぉ(笑)」
「そのうち母ちゃんだって、いなくなるぞ?独りぼっちだ!ヤーイ、ぼっち!ぼっち!」
「母子家庭は貧乏だから物を盗むってママが言ってたわ。」
僕に対する悪口のコーラスは日常的だった。ものを隠されたり、服を汚されたり大変だ。
それでも母を悲しませたくない一心で、いじめられてることは内緒に、汚れた服は水道で洗った。
今の僕にとって心の拠り所は母であり、母との触れ合いだけで充分だと思った。
母は僕だけの魔法使いなのだ。