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同窓会 会いたかった人との再会

「水嶋って村下にも桜って呼ばせなかったのな」


 夏、初彼に問いかけるように確認された。

 名前は桜だけど私は秋生まれだ。小学校一年生の時、担任の先生が言った「水嶋桜さんは4月生まれかな?」という問い掛けに違うと答えると、クラスの女の子が大きな声で「変なの」と言い、クラスメートはみんな笑った。以来、私は自分の名前が嫌いになり、下の名前で呼ばれるたびに水嶋と呼んで欲しいと頼んだ。

 中学の頃にはそれほど自分の名前にコンプレックスはなくなったが、その頃には水嶋という呼ばれ方がしっくりきて気に入っていたから、やっぱり水嶋と呼んでもらった。それは高校でも続き、初彼に桜と呼びたいと言われた時も、水嶋と呼ばれたいと素直に伝えた。


 村下は「ありえねえ」って言ってたっけ。どうしてもって言ったわけでもなかったのだけど、結局「桜」とは呼ばず、私には「お前」で、他の人との会話では「あいつ」とか「こいつ」で済ませてた。


「松田が桜って呼びたいって言っても断った?」


 なんで松田くん? 首を傾げた。


「あの頃水嶋、松田が好きだったろ?」


「……。 は?」


「授業中も、休憩時間も話しかけるまでいつも松田のこと見てたよ」


「私が? 松田くんを?」


「ぼんやりしてる時、水嶋はいつも同じ方を向いてて、こっち見ないかなあって思って見てたから」


 お水を一口飲んで、真っ直ぐな視線を私に向けて、一大決心したみたいに頷いて、


「席替えで松田と席が近くなった時に気付いたよ」


 言われてみれば、やたらと一年生の松田くんが記憶にあるような。


「こっち見ろ。松田じゃなく俺を見ろよって、ずっと腹立たしくて、言い訳にもならないけど、あの時はその気持ちぶつけてた。ごめん」


 彼はずっと謝りたかったと言って頭を下げたけど、私は申し訳ないことに、それどころではなかった。




「私、松田くんが好きだったの。高校3年間ずっと」


 言ってしまった。不思議だけど言ってしまったら、さっきまでの緊張が消えた。


 ああ、ここからスタートすれば良いんだ。気持ちの整理ができても動けなかったのは、ここから逃げていたからだ。

 松田くんがすごく、とても固まってて、かえって落ち着けた。


「入学してすぐ、毎日話してるうちにいつの間にか好きになってたみたいなの。でもお似合いの彼女がいて、私とは絶対に恋人としての相性は悪そうで、どれだけ話が合ってもそういう感じにはなれそうにないなって、諦める以前に封印しちゃったみたい」


 松田くんがジョッキのチューハイをごくごく飲むから、私もチューハイを少し口にして続けた。


「それで好きとかじゃなく、松田くんたちみたいな関係に憧れたのね。夏休み前に松田くんみたいな明るいタイプの子と付き合うことになって、夏休みは松田くんカップルごっこ」


 手を繋ぐのもキスをするのも、とてもときめいた。でもそれは恋のときめきとは違ったみたい。


「松田くんたちもこんな風に手を繋ぐのかな、こんなデートしてるのかなって、気分だけ味わって楽しんでた」


 やっと松田くんがこっちを向いた。聞いて欲しいって思ってるのが伝わったようだ。大丈夫かな? 落ち着いた?


「二年になってクラスが離れたけど、村下が松田くんの友達だって知ってたから、彼のそばにいたら松田くんを感じられるような気がして付き合い始めたの」


 成り行きなんだけど、きっと相手が村下じゃなかったら付き合うことにはならなかった。


「共通の話題って松田くんだったから、やっぱりそうなったよ」


 夏にはお泊まり会なんかもしたね。


「村下が本気だって分かって、気持ちに応えたいと思いながらも、松田くんへの想いを捨てきれなくて、そんな自分に気付いてさえいなくて…」


「大丈夫?」


 ちょっと声が震えてしまって、心配そうに松田くんが聞いてくるけど、無視して続けた。


「だって笑ってる顔を見てるだけで幸せで、笑っていてもらえるように彼女の相談にのったり、そんな恋を自分がしてるなんて思いもしなかったの」


 ダメだな。村下のこと、ちゃんと話さなくちゃいけないのに、どうしても涙が浮かんでしまう。


「今も?」


 松田くんは答えが分かってるんだね。余裕の顔でおしぼりなんて渡してくれながら聞いてくる。


「松田くんのことは気持ちの整理がすぐに出来たの。認めることさえ出来たら諦めるのは簡単だったよ」


 正直に言いすぎたのか苦笑された。


「それからは村下のことばかりが頭を占めて、この想いは日に日に育っていって忘れられない、苦しいよ」


「村下のクラス、隣のビルの一階だよ」


 嬉しそうに笑いながら教えてくれた。


「どの面さげて来たって思われないかな」


「大丈夫。死ぬほど会いたがってた」


 その言葉を聞いたらもう涙は浮かぶどころじゃなくなって、おしぼりを目に押し当てて、しばらくうつむいて泣いた。


「ごめんね。本当は浅田さんに合わせる顔がなかったから、ブロックしたの。ごめんね。二人とも解除しとくから。あとでちゃんと連絡するね」


 会場を飛び出して、隣のビルへ駆け込む。


 松田くんへの想いは、恋だと認めたらすぐに忘れることができた。失恋したら次の恋へ踏み出せる。次は好きになった人と付き合うって決めてたけど、好きな人は過去に一方的に傷つけた人だから諦めるしかないって思ってた。


 村下。会いたがってくれてるって本当? 私は村下を笑顔に出来るかな。


 一階の居酒屋の扉を開けたら、村下が慌てて立ち上がるのが見えた。手にはスマホ。松田くん、連絡してくれたのかな。らしくないなあ。やることがスマートな松田くんなんて。


 村下は大股で近付いて来たけど、あと一歩のところで立ち止まる。今度こそ私から言わなくちゃ。


「村下樹くんが好きです。ずっと忘れられません。もう一回付き合って下さい」


 村下が最後の一歩の距離を埋めて、抱き締めてくれた。


「桜」


 村下はもしかしたら心の中ではずっと桜って呼んでいたのかもしれない。それくらい自然に名前を呼ばれた。


「会いたかった」


 かすれた声が色っぽくて、顔が見たくて見上げると目があった。彼の瞳が切なく細められていくのにあわせて、私も瞼を閉じる。パブロフの犬状態だね。それくらい何度も唇を重ねたね。いつも私を流してくれて、自然体でいさせてくれる村下が大好きだよ。


 唇が重なるのを感じながら、店内の騒ぎに気付いた。

 まあ、いっか。全校生徒の憧れのカップルらしいから。




完結です。読了ありがとうございます。

おまけ一本書いたので、良かったらお楽しみ下さい。

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