卒業 重なる唇の下で
卒業式は3月1日。
私と村下は既に第一志望の合格通知を受け取っている。
2月は三年生の登校はなくて、久しぶりに会う級友たちだけど、みんな週末明けくらいの雰囲気だ。ざわざわした緩い空気。国公立を狙う人が多い学校はもっとピリピリしてるのかな? だとしたら国公立狙いは卒業後に予備校に通うのが当然のような学校で良かったな。最後の日に緩い時間が流れるこの学校にきて良かったな。
松田くんもいつも通り。入学式の日と違って、私たちは会話をしながら歩いている。そして隣に座る。
「入学式は緊張したなあ」
え? 隣の男子と普通にしゃべってたよね?
「隣の女の子がなんか孤立してて、話しかけなくちゃって思ってるうちに式始まっちゃって」
ああ、そういうことか。
松田くんは明るくて一見、誰とでも気軽に話すイメージがあるけれど、実は慣れるまでは自分から話しかけるのが苦手な人だ。前後の席に座っていても、横向きに腰掛けて話す準備を万端に整えて、それでもこちらから話しかけるのを待っていた。だから初めて話した時はきっと、ちょっとした勇気を出して話しかけてくれたのだろうということは、割りとすぐに気付いた。
「その節はお世話になりました」
「あ、いえいえ。こちらこそ彼女共々大変お世話になりました」
お互いに頭を下げて、同時に吹き出した。
卒業式が終わるとその場で解散。式典のたびに入場も退場もビシッとしていた学校の子たちに羨ましがられたうちの学校の数少ない自慢できるところだ。
荷物を取りに教室へ向かう人もいれば、手ぶらで来てそのまま帰る人もいる。体育館を出たらほとんどの人とさようなら。
バイバイ。みんな。元気でね。
と綺麗に終わる人もいるんだけどね。
「松田先輩。浅田先輩とお幸せに」
体育館を出ると下級生の有志が花道を作って見送ってくれるのだけど、これが大告白大会なのです。松田くんのように可愛い言葉を貰える人もいれば、
「水嶋ー!今でも好きだーーー!村下と別れたら連絡してくれえええっ」
下級生と一緒に並んで叫ぶ初彼のような人もいる。もちろん冗談です。彼の回りには卒業生の一団がいて、大爆笑している。あんまりいい形で別れられなかったもんね。最後の記憶がこれって素敵な演出だよ。ありがとう。
「水嶋先輩に一途な村下先輩が好きでした!」
この言葉が聞こえた時には、思わず苦笑した。そうか、下級生には一途に見えてたのか。どうしても一年の時のやりチンのイメージが抜けなくて気付かなかったよ。
その村下は部活の後輩から一輪の花を受け取ると私の元へ来て、キザなポーズで花を差し出す。どうやらお花の準備を頼んでいたようです。
両手で受け取った。泣きそう。
一途な村下先輩の姿に下級生が、黄色い声でキャーキャー言っている。指笛が響きクラッカーまでって結婚式か!っていうかそのクラッカー、自分とこの部活の先輩に使う予定だったものでは? 見ず知らずのカップルに使っていいの?
そんな騒ぎの中で花道を抜けて、二人で校内をうろついた。渡り廊下、屋上の開かずの扉の前、人目がないところを探して歩いたことを思い出す。
「初めてキスした時さあ」
村下も似たようなこと思い出してたんだね。
「俺のこと好きなのかと思った」
流されてました。スミマセン。
「自己紹介の時はすぐに振られると思ってた。そんで慰めてくれる女を口説こうと思ってたんだよなあ」
おや、初耳ですよ。
「まさか付き合うことになるとは」
村下は立ち止まって私の髪を指先でもてあそぶ。
「すぐやらせてくれるし」
ソ、ソウデスネ。
「あっさり惚れちゃった」
うわあ。惚れるとかカッコいいね。初めて言われたよ。うっとりしちゃうよ?
毛先にあった指が髪の間を通って、頭を包み込むように添えられた。
それだけで顔を上げてしまう。
「好きだよ」
目があって、彼の瞳が切なく細められると、瞼を閉じてしまう。
「私も」
唇が重なるのを感じながら、心の中で謝り続けた。
ゴメンね。同じ量の好きを返せなくて。
次はちゃんと好きの上限が同じ高さの人を見つけてね。
ゴメンね。
「今までありがとう」