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第二代将軍・徳川秀忠

今日は、深夜0時頃に目が覚めて、Twitterいじってたら、ツイートの上限に達しましたって言われて、今日の話が投稿できるか心配でしたが、杞憂でした。

という事でいよいよ、秀忠が念願の征夷大将軍に就任します。

慶長けいちょう10年(1605年)次郎三郎は征夷大将軍職を秀忠に譲る。


正式な将軍宣下に先んじて、本多正信ほんだまさのぶが伏見に登城する。


登城の理由は次郎三郎との打ち合わせの為であった。次郎三郎の顔を極力見たくない秀忠は、次郎三郎との交渉役をすべて正信に任せ、自分は邪魔な正信を追い出し、江戸城にて鬼の居ぬ間にと言わんばかりに酒井、青山、土井などといった若い幕閣たちと秀忠幕府の今後を相談しているのであった。


伏見で正信は久方ぶりに次郎三郎と対面し


「やれやれ、ようやく将軍職を秀忠様に譲る気になったか。」


と今まで何事も無かったかのように切り出す。


二郎三郎は


「わしの隠居所たる駿府城の築城も滞りなく進んでいるしな、千姫の輿入れで秀忠殿もおいそれと豊臣家には手を出せんだろう」


正信が安堵したように次郎三郎に言う


「幕府の政は家康様と約束通り民の為の政をわしが責任をもって見る、だから安心してくれ」


二郎三郎は答える。


「上様は許してくれるかね、このまま秀忠殿に全てを譲る事を。」


正信は急に険しい顔になり


「何を言い出す?おぬしまさかこの期に及んで将軍職を秀忠様に渡さぬと言うつもりではあるまいな?」


二郎三郎は手をひらひらと振り


「将軍職は秀忠殿に素直に受け渡すよ、それが約束であり、誓紙にもそう記した。」


正信が疑心暗鬼な顔をする。


弥八郎やはちろう(正信の事)よ、もし上様がご存命ならば秀忠殿に全ての権力を受け渡し、自分はさっさと隠居あそばされると思うかね?」


正信は次郎三郎の頭脳には家康が居る事をすっかりと忘れていた。


「たしかに、上様なら権力の一端を握り秀忠殿に全てを任せるなどと言う危ない真似はなさらぬ。」


正信にはだんだん次郎三郎の言う事が道理に思えてきた。


「だろう?上様の御気性を少し考えればわかる事だ、さすがの弥八郎も秀忠殿には手を焼いていると見える。」


ククッと笑う次郎三郎を恨めし気に睨み「ではどうする?」と正信が問う。


「まずは受け渡すのは将軍職のみとし淳和奨学両院別当は云わば名誉職だ、これをわしが引き続き握る、弥八郎はそうだな秀吉でいう太閤を作ってくれ」


太閤とは先の関白を指す尊称である。


要は二郎三郎は先の将軍職を指す名誉職の様なものを作れというのだ。


「呼び方は考えておるのか?」


正信は次郎三郎に問うが次郎三郎は興味なさげに


「何でもよい、先の将軍でも元将軍でも」


余りにもの素っ気なさに正信は思案し


「大御所と云うのはどうかね?」


御所というのは貴人の邸宅を表す言葉として使われる事が多いが、貴人そのもの指す言葉としてもつかわれる。


「大御所か、いいね気に入った!わしは将軍職を秀忠殿に譲った後は大御所を名乗ろう。」


正信と次郎三郎がそんな話をしているとは露も知らず秀忠は江戸で大好きな小躍りをしながら将軍宣下を心待ちにしていた。


そして、秀忠への将軍宣下の準備が整うと秀忠は徳川の武威を西国大名に見せつけると同時に大坂の豊臣家への挑発の意味も込め東国諸将合わせて16万の大軍で京・伏見城へと入った。


秀忠は本多正信を通じ、豊臣家へ使者を出す。


使者の申すはすなわち秀頼に「岳父がくふである自分の将軍就任をお祝いに来い」という内容であった。


この時代、挨拶に来いというのはすなわち、弟分になれという意味合いを持っていた、簡単に言えば豊臣は徳川の下に入れという事である。


以前、関ヶ原の発端となった上杉家の際は景勝が真っ向から拒絶し、結果として会津征伐が行われたというほど、これは武家の面子にかかわる問題でもあった。


秀頼は秀忠の所に行くのも別段良い様にも思えた。


豊臣のお家安泰を考えれば、今この徳川の時代になろうとしている時勢に徳川に巻かれて家康と良い関係を築いた方が得策であると先読みしたのである。


聡明な秀頼は側近の片桐且元に


「よし、行こう」


と言いかけるが、淀の方が言いかけた秀頼を睨み且元を怒鳴りつける。


「家臣の叙任に主君の同席を求めるはもっての外です!!!豊臣家はこの度の秀忠殿の征夷大将軍任官の話は知らぬ事とお申しつけあそばせ?本来であれば且元殿がその場でお断りする話ですよ?そのような弱腰では豊臣家の将来が危ぶまれますよ??」


秀頼はこの母は一体何の自信があって徳川殿に対してここまで強気でいられるのだろうか?と本気で不思議であった。


父・治長は母に何も言っていないのであろうか?それとも二人そろって愚か者なのだろうか??


淀の方は且元に言いたい事を言ってさっさと謁見の間から姿を消したので秀頼は且元に「すまぬな」と一言伝え場を後にする。


且元は聡明な若君を世情が見えない御母堂ごぼどう様が押し付けている姿を見て涙した。


淀の方と治長は言うまでもなく天下の名城「大坂城」を心の依り代にしていた。


しかし古来より籠城戦の定石は「援軍ありき」のものであり、大坂に幾ら金銀財宝や米、弾薬があろうと孤立無援では、囲まれた時点で米止めをはじめあらゆる物資は城に入れることが出来ず、大坂に籠った所で先が見えている事を淀の方も治長もわかっていなかった。


未だに秀頼が立ち上がれば、豊臣家恩顧の大名は九州からでも駆け付けて大坂で一合戦が出来ると信じていたのだ。


しかしリアリストであった秀頼はそのような事を考えもしなかった。


一方、二条城にて秀頼が来ない旨を聞いた秀忠は今こそ豊臣家を潰すいい口実が出来たとにやにやする。


そこに本多正信をと護衛の六郎を引き連れた次郎三郎が表れる。


二郎三郎は秀忠に祝辞を述べる


「さて、秀忠殿には此度の将軍宣下の儀、誠に目出度く申しそうろう、一家臣として謹んでお慶び申し上げます」


秀忠はむずがゆくなり


「二郎三郎よ、心にもない事を申すな?そなたには豊臣家を討伐するまでいろいろ世話になる身、まずはここ迄の忠勤は褒めてつかわすぞ」


と次郎三郎に言う、次郎三郎も「ありがたき幸せ」などと言うが、正信は心の中で「フンッ、とんだ茶番だな。」などと毒づく。


正信が秀忠に言う。


「秀忠様におかれましては暫くじっくり江戸にて腰を御据えになり、天下の政を行ってもらいたく存じますが如何でしょうか?」


秀忠が豊臣家の討伐を将軍最初の仕事として行いたかったのだが、正信に見事肩透かしを食らわされた。


「余は、最初の仕事を豊臣家の討伐で飾ろうと思っておったが?」


と次郎三郎と正信に言う。


「それは少々気が早うございます、第一千姫様がお輿入れして何年も経たぬ内に大坂方と手切れとなれば、千姫様の御命はおろか、秀忠様の治世にも障りが出ましょうぞ?」


と正信が秀忠を諭した。


秀忠は正信の言葉を受け止められる余裕があった。


それはにわかに征夷大将軍になれるという心の余裕がなせる業だったからである。


「あいわかった、弥八郎の言には一理ある。」


秀忠はその胸を承知し、征夷大将軍の任官の暁には江戸で暫く政務に励む約束をした。


二郎三郎は正式に朝廷に征夷大将軍辞任の意と後任に秀忠の征夷大将軍の任官推挙を奏上する。


そして秀忠の将軍任官の日がやってきた。


次郎三郎はじめ、秀忠、正信、正純、など徳川家からは柱石と言える将が集まり、諸大名も列席の下、関白が宣旨を申し伝える。


右近衛大将うこんのえたいしょう源朝臣秀忠みなもとのあそんひでただを征夷大将軍へと任ずる」


と申し渡された。


秀忠は驚いた。


淳和奨学両院別当じゅんなしょうがくりょういんべっとうに任じられないとなると、源氏長者は次郎三郎のままという事になる。


その上朝廷はとんでもない事を言いだす。


「右大臣・源朝臣家康を大御所と任じ、淳和奨学両院別当はこれを据え置くとする。」


と言い出したのだ。


「大御所とはなんだ!?そんな役職聞いた事も無いぞ!?」


秀忠は腹の底で煮えくり渡るものを必死に抑え征夷大将軍を拝命した。


こうして徳川幕府2代将軍・徳川秀忠は誕生したのである。


その後は公家や諸大名の饗応をしたのだが、秀忠は次郎三郎に殺気の篭る目線しか送る事が無かった。


対して次郎三郎はそんな事は知らぬ存ぜぬで饗応を楽しむのである。


その後秀忠は江戸に戻り、早急に天界と柳生宗矩を召し出し次郎三郎の暗殺を謀るのである。


「宗矩よ、柳生の者は今何人集められる?」


秀忠が問う、宗矩が答える。


「多くて五十は暗殺へと使えまする。」


秀忠は五十という数字に満足し、至急、手練れを集め江戸を発ち伏見に向かう様に指示を出すが、それを止めたのが天海であった。


「上様に於かれましては、誠に伏見でかの者を打ち取れるとお思いですか?」


秀忠は怪訝な顔をし「何を言いたい?」と天海に尋ねる。


「伏見城は恐らくもはや忍びや軍勢が手出しできぬ程の要塞となっておりましょう。」


秀忠は「馬鹿なッ!」と驚く。


それがしの見たところ、今の伏見城に手を出すは愚策と思われまする。」


秀忠は天海に尋ねる


「ならばいつが良いと申すか?」


天海はその言葉を待っていたかのように答える。


「されば駿府になさいませ。」


秀忠は天海に問う。


「次郎三郎が趣向を凝らし築城した駿府こそ堅城ではないのか?」


天海はにやにや笑みを浮かべながら髭を撫で秀忠にいう。


「駿府の城の普請図に穴を見つけました、某の策を信じて頂けるのであれば、駿府は火の海、そこを柳生勢がかの者を打ち取れば宜しいかと。まさか柳生殿も逃げる大御所を討ち漏らす事はございますまい?」


宗矩は馬鹿にされている自分に腹が立ったが何も言えず「はっ!」とだけ答えた。


秀忠はならば「天海の策を採用する」と申し渡す。


「ふふふ、駿府城の落成がこれほど楽しみなものになるとは思ってもみなかったぞ、駿府に居を構えた時が次郎三郎の最期の時よ、今から楽しみだ。」


と不敵な笑みを浮かべながら、怨念の分の楽しみを膨らませるのであった。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

誤字脱字等ありましたらご指摘いただければ嬉しく思います。

これからも『闇に咲く「徳川葵」』をよろしくお願いします。

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