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年賀拝礼

初めて感想を頂きました。

物凄く嬉しいです。

自分が書いているモノを読んでくれている。

この物語の真の主人公は「松平忠輝」であり、今はまだ歴史の表舞台に立てずどうしても時代背景と人物紹介等にかかりきりですが、実は物語的にはまだまだ序章なんです(-_-;)

気長に読んでいただければ幸いに存じます。

慶長6年(1601年)大坂城には諸大名が年賀拝礼に訪れ進物や大名の付き人などで賑わいを見せた。


大坂城本丸には「豊臣秀頼」が座し、大坂城西の丸には「徳川家康(次郎三郎)」が座しているので諸大名の多くはどちらを先に訪れればよいのか迷った者も多くいた。


次郎三郎は終始にこやかに諸大名の年賀拝礼を受けていたが、一方秀頼方、特に淀の方はにこやかとは程遠い般若の様な顔をしていた。


原因は先年起きた九条兼孝卿の関白就任という事件である。


秀吉、秀次と続き、「次の関白職は秀頼である」との秀吉の遺言が朝廷に反故にされたというのは淀の方にとって大きな動揺をもたらすのであった。


年賀の拝礼も落ち着き、次郎三郎は秀忠と共に秀頼の下へ年賀拝礼に訪れた。


そこで待ち構えていたのは、にこやかな秀頼と今にも血を流しそうなほど唇を噛み締めた淀の方と、青筋を立てた大野治長、そして冷静沈着な片桐且元である。


舌戦ともいえる押し問答の口火を切ったのは片桐且元であった。


「内府殿は東に江戸城、西に伏見城、大坂城に西の丸と3つの城をお持ちでござりますが本来の居城はどちらにござそうらわずや?」


次郎三郎が且元の目を見て答える。


「本来の居城との仰せなれば江戸城にござりまする。」


且元が鋭く切り返す。


「では伏見城は?」


次郎三郎は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった風に切り返す。


「家康は、国政を預かる身となれば、上方に城を構える必要これありと心得まする。」


且元も負けじと詰問する


「大坂城西の丸は?」


次郎三郎は本来は傭兵稼業の野武士である。


しかし長年家康の影武者を務め家康の思考をなぞらえる事が出来るのだ。


それ故、次郎三郎は「家康であればこう言ったであろう」という思考が出来る、且元の質問に対し、その意図を噛み砕き答える事は彼にとってもはや朝飯前であると言っても過言では無かった。


「豊臣家のご安泰を図らんが為のものにございます」


次郎三郎は自信満々に言いのけた。


その姿に秀忠は「こいつは本当は父上ではないのか?」とすら思った程である。


秀忠は次郎三郎の評価を上げ「もしかしたら恐ろしい奴かもしれん」と警戒し始めるのである。


そこに黙って座っていた淀の方が口を開く。


「重ねてお伺いいたします、伏見と大坂ではどちらが大切なのですか?」


次郎三郎は次は淀の方を見て答える。


「伏見は朝廷に近く、大坂は豊臣家のお膝元なれば、どちらも大切にございます。」


淀の方はついに核心をついてくる。


「内府殿は、しばしば公家との往来があり、中でも五摂家とは御昵懇ごじっこんと伺っています。」


次郎三郎は関白職の話だな、と淀の方の思惑を読み「仰せの通りにございます」と答える。


「ならば、昨年の暮れ、九条兼孝卿が関白に御任官された経緯はご存じでしょうか?」


次郎三郎は自信満々に


「露程も存じ上げ奉らず」


と答えるのである。


淀の方も治長も所詮は青二才、次郎三郎のこの嘘を即座に見抜いたのは秀頼と且元のみであった。


淀の方はまさかという顔をしながら


「それは真実でございますか?」


と聞くが、次郎三郎はそんな事をわざわざ嘘をついている本人に聞くなよと思いながら


「関白の任官は畏くも朝廷によってなさるべきもの、一介の武士たる家康がいかにして大御心を拝察いたしましょうか?」


淀の方の空気が変わった。


「秀頼はどうなりますか?」


声に怒気が混じっている。


これが秀頼の為に怒っているのか、自分の保身の為に怒っているのかは次郎三郎には見当がまるでつかないが、秀頼は、心の中でため息をつき、「どうせ自分と治長の保身の為に怒っているのだろうな」と毒づいた。


次郎三郎は悩む振りをし、淀の方の顔色をうかがう振りをする。


「豊臣家において、秀吉公、秀次公と続いた関白職を、何の前触れもなく五摂家に召し上げられるのはとても不愉快なのですが、内府殿はいかがお考えでしょうか?」


大坂城本丸が静まり返る。


流石の秀忠も居心地が悪く感じるほどだ。


「次郎三郎はなぜこのような空気に耐えられるのだ?」


秀忠は涼しい顔をして座っている次郎三郎を感嘆の目で見る。


淀の方がとうとう折れた。


「わかりました、内府殿?秀頼成長の暁には何卒、関白の位を秀頼に賜りますよう畏き辺りに奏上して頂くようお願い申し上げます」


次郎三郎は秀頼を見て


「かくなる上はあらん限りの力を尽くし御心に沿うように尽力いたします。」


秀頼は驚いた。


その言葉に嘘が無かったのだ。


「家康公は豊臣家を滅亡させようとしているのではないのか?なぜ私を関白にしようとする?」


戸惑う秀頼をよそに大坂城本丸の年賀拝礼は終了する。


その後、次郎三郎とお梶、阿茶は本丸での出来事を話し合い、何とかして秀頼と淀の方を切り離さねば豊臣家は滅亡に向かい傾き続けるという結論を改めて確認する。


荒れに荒れたのは秀忠であった。


大坂城本丸で何もできなかった自分を恥じ、単なる影であるはずの次郎三郎があれだけ堂々としていればどちらが徳川の主人か判ったモノではない。


この頃より本多正信は秀忠に付く様にした。


正純を次郎三郎に付け、伊賀者を通信役とし秀忠の影の軍師を探ろうと画策したのだ。


秀忠は正信と宗矩と3人になると子供の様に喚き始めた。


「次郎三郎が図に乗る前に殺害せねばならぬ!!あの男が居ると家康が居るようで腹立たしいわッ!」


実の父親を呼び捨てにする秀忠に内心怒りを覚えた正信であるが、まずは秀忠の悲鳴にも近い愚痴を聞いていた。


「大体、わしの秀の字は誰の秀だ!!弥八郎(正信の事)!!申してみよ!!」


指名された正信は


「秀吉公の秀を賜っております」


秀忠は「そうだ」と言いながら


「わしはあの女と小僧の家臣ではない!!大坂など攻め落としてしまえば良いのだ!!」


宗矩が同調する。


正信が諭すように言う


「しかし加藤清正、福島正則らを含め寝返る将も少なくはありませぬぞ、今しばらく御辛抱が肝要かと・・・。」


宗矩が意気揚々と


「今更寝返ったとて何を恐れる事がありますか、天下は徳川家になびいていますぞ」


などと言うので正信は


「中納言様、お忘れですか?上様は亡くなられたのです、もし今豊臣と事を構えるとなれば次郎三郎の協力は必須、中納言様はかの者と未だ敵対関係にありますれば、今すぐに協力を得るのは少々困難かと思われますが・・・。」


と秀忠を諫める。


確かにそうだ、自分は3万8千の大軍勢をもってしても、わずか2千の兵しか居ない上田城すら落とせなかったのだ、家康の名前の下に諸大名は集結しても秀忠の名の下には諸大名は集まらない。


秀忠は自分の荒ぶる気を少しずつ治めながら冷静になりつつ正信に言いつける。


「弥八郎、そちの言にも一理ある、わしも征夷大将軍になるまでは少し自重しよう。」


正信は「その少しの自重が何ヶ月続くのか」と心で毒づきながら秀忠を侮蔑の目で見るのであった。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

誤字脱字等ありましたらご指摘頂ければ幸いです。

今後も『闇に咲く「徳川葵」』をよろしくお願いします。

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