官位と陰謀
寒い、眠い、怠いの三拍子(´;ω;`)
関ヶ原での大戦が終わり、石田三成も斬首になった後、天海は秀忠に豊臣家が我が物としていた関白職を五摂家に返上させるという策を授けた。
秀忠は天海の言葉をそのまま正信に指示する。
豊臣家の弱体化を狙うには公家と往来し、特に五摂家とは誼を結び、今後、藤原氏族から豊臣家を孤立させ、更には徳川家が次の段階に進む時に五摂家を利用できる一石二鳥の絶好の策では無いか。
正信は秀忠の策があまりにも的を射ている事を大いに不審に思い、これはいよいよ背後に何者かがいる事を確信し、密かに伊賀の手練れに秀忠の周囲を探らせるのである。
秀忠の周辺警護は柳生忍と宗矩が常時張り付いているので、秀忠の影の軍師はなかなか姿を現さなかった。
正信は秀忠の影の軍師の手の上で踊る事を嫌ったが、秀忠の挙動や五摂家への関白職の返上の計画を次郎三郎と相談し、これを実行に移す。
次郎三郎も独自に、お梶の方の子飼いの風魔忍を使い秀忠の周囲を探らせる。
こうして江戸には秀忠付の柳生忍、正信が使う伊賀忍、次郎三郎の風魔忍、この三者を遠くから見ていた伊達の黒脛巾忍が情報収集のため集っていたのだ。
勿論そんな大事になっているとは江戸の民は知る由もない。
さて、話は戻って、そもそも五摂家とは鎌倉時代に公家の家格の頂点に立った5家で家名は「近衛家」「九条家」「一条家」「二条家」「鷹司家」であり、これらの家は例外なく藤原氏嫡流であった。
また藤原氏とは、飛鳥時代に中大兄皇子に仕えた中臣鎌足と名乗っていた男が「大化の改新」で蘇我氏を追い落とし、また中大兄皇子が即位し天智天皇となった後に天皇の腹心として内大臣に任命され「藤原」の性を下賜された所からその栄華の歴史が始まる。
藤原氏の権力者の中でも有名なのは平安中期の公卿で藤原道長では無いだろうか彼の詠んだ即興の句に
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
というのがある、この世は自分のためのものであり、満ち足りたる月の様に何も足りないものはないという意味とも解釈できる一句で正に朝廷における藤原氏の権勢の強さが見て取れる句である。
しかし時は戦国、公卿の力よりも武家の力が強い今、無能な公家は気位ばかり高く武家に金銀をたかるしか能の無い者が殆どであった。
そんな公卿の不行状は膿の様に、もはや五摂家だけの力ではどうしようもない程に膨らんでいく。
家康は太閤薨去の後しばしば五摂家とやり取りし昵懇にしていた、中でも九条兼孝としばしば太閤亡き後の関白職の空位の問題を論議していた。
九条家は武家との往来もある柔軟な家であり、兼孝の子である忠栄には淀の方から内々に、実妹であるお江の方の息女・定姫と婚約するなど、あまり武家に偏見を持たない家柄であったのだ。
定姫はお江の子であるが、実は秀忠との子では無く、先夫である羽柴秀勝との子であった。
定姫は秀勝が朝鮮で病死した際、お江の方が秀忠の所へ再々婚した事で淀の方に引き取られ大坂にて養育される。
様々な縁があり九条家と徳川家は急接近していくのである。
そして慶長5年(1600年)、三成を討伐した徳川家の後押しにより、九条兼孝が綸旨(天皇の命令)を受け関白に就任する。
この綸旨は豊臣家、特に淀の方にとっては青天の霹靂の出来事であった。
すぐさま秀頼・傳役である片桐且元を呼びつけ、事の次第を報告させる。
が、且元にとっても寝耳に水の話である。
淀の方は且元にすぐにでも家康を大坂城本丸に呼びつけ、この度の九条兼孝関白就任への経緯を問いただすように命じるが、且元は怒れる淀の方を諫める。
「御方様(淀の方の事)、家康殿を本丸に呼び、問いただしたとしても知らぬ存ぜぬを通されればそれまでにござりまする、ここは翌年の年賀拝礼を待ち、その時に問うのが是と愚考いたします。」
怒りの収まらない淀の方は
「且元殿!その弱腰が家康殿を増長させているのではないのですか?」
と怒りの矛先を且元に向けて来た。
しかし且元はそんな淀の方の視線を意図も介さない。
淀の方は唇を噛み締めながら大坂城西の丸にいる家康の顔を思い浮かべ西の丸の方角を睨みつけるのである。
一方、大坂城西の丸に腰を据えた次郎三郎と正信、お梶は秀忠の背後にいる軍師の正体を議論していた。
「大久保忠隣では無いだろう、奴は小者だ」
正信が確信したように言う
「まさか柳生ではあるまい?石舟斎殿が背後にいれば考えられぬ事でもあるまい?」
次郎三郎が柳生石舟斎の存在を疑う
「しかし、宗矩は関ケ原の前に石舟斎殿と意見を違え勘当同然であるという話だぞ?」
正信は宗矩が秀忠に近づいた時、伊賀者に柳生の里を調べさせていた。
その時の報告で石舟斎と宗矩の仲の悪さが発覚したのである。
「それも策略の一つかもしれぬぞ?」
次郎三郎が言うと正信も「それも否めないが・・・」と悩む。
「そもそも上様がお亡くなりにならねばこの策は成らなかったのでは無いのですか?」
お梶が言う。
その通りだ、柳生の親子喧嘩は関ヶ原前、家康が死ぬことを前提とすれば家康を暗殺したのは柳生という事になる。
石舟斎が家康を暗殺するだろうか?
危険が大きい上、確実性が無い分、旨味が少ない。
そんな確実性の無いものに石舟斎が柳生の運命を賭けるとも思えない。
「珍しきことでは無いのですが、江戸城内部で御坊様を見かけたとの報告が入っております。」
お梶が続けていう。
江戸城内で坊主を見かけても不思議はない。
生前家康が囲っていた坊主であろう。
「上様が囲っていた坊主と言えば天台宗に南光坊天海殿、臨済宗の金地院崇伝殿、神道家に神龍院梵舜殿、その他にも本願寺もおったな・・・。」
次郎三郎と正信が唸る。
「しかし、坊主共が上様を殺害する理由が解らぬ。今少し様子を見るより他ないか・・・。」
次郎三郎が空を仰ぎ見て呟いた。
「南光坊天海か・・・」
家康に仕える前にどこかで見た様な気がする坊主あったがどうにも思い出せなかった。
「歳はとりたくないものだな・・・。」
ため息をつく次郎三郎であった。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
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今後とも「闇の葵」をよろしくお願いいたします。




