決意
筆が・・・進まない・・・。
忠輝・・・いつ出るの・・・?
お梶の方が山中村で出会ったのは徳川秀忠率いる3万余の軍勢であった。
秀忠ら中山道を進軍していた徳川軍は、関ヶ原でのお味方勝利の報告を受け、急ぎ大津城の家康の下へ参上し戦勝の祝賀と戦への遅参を詫びに向かっていたのだ。
家康の腹心・本多正信は山中村にとどめ置かれているお梶の方を見て不思議に思いお梶に直接聞く。
「殿は女子を拾われたのですか?」
お梶は力なく首を横へと振り、自分が何故ここに留め置かれているのか皆目見当もつかないのだ。
嫌な予感がした正信は秀忠に一時的に山中村へ留まるように進言し、一人大津へと向かおうとする。
正信が大津へ行くと知ったお梶はこれに是非同行したいと申し出て、正信は少し考えたが、お梶が連れて行かねばここで自害するとまで言い出したので、正信の一存でお梶の大津への同行を許したのであった。
そのような事態になっているとは露とも知らず次郎三郎と忠勝は山中村に秀忠軍が着陣したという報告を受け、山中村に伝令を出した。
伝令には「正信は速やかに大津へ参上するように、その他の者は山中村にて謹慎するように」という内容であった。
大津に向かう途中、伝令と出会った正信は指示を山中村の秀忠に伝えるように指示し、自らは大津へ向かった。
その時正信はお梶を連れてきた事は失敗したやもしれないと嫌な予感のする大津城へと向かって行くのである。
大津城に付いた正信を出迎えたのは嫡男・本多正純であった。
正純は父の背後にいるお梶の方を見て一瞬驚いた顔をしたが、家康の死は立ち話で出来るものではないので、お梶の方を別室にて待機させ、正純は正信のみを次郎三郎と本多忠勝の待つ天守へと案内した。
天守に入った正信は次郎三郎であると気づかずに合戦遅参の謝辞を述べようとしたが、次郎三郎がそれを片手で制し正信に声をかける。
「弥八郎(正信の通称)よ、わからぬか?わしじゃよ、わしが死んだのだ。」
正信は次郎三郎の顔をよくよく確認し驚愕し涙を流しながら次郎三郎の顔を殴りつけ怒鳴る。
「何故だ!何故殿をお守りできなかった!!正純!!お前も付いて居ながら何故止められなかった!!!」
正信は次郎三郎を殴るのをやめ、膝から崩れ落ちた。
そんな正信に正純は正確な情報を告げる。
「伊賀の調べによれば、下手人は野々村四郎右衛門と云う三河侍です、殿のお目見え前にて、此度の戦が初陣となります。殿と次郎三郎の見分けがつかぬ以上、殿の爪を噛む癖を頼りに暗殺したと思われます。以上の事柄から殿は敵方の間者では無く、お味方の何者かにより暗殺された事になります。次郎三郎殿が即座に右太ももを斬りましたが、戦乱の中姿を消しました。恐らくは唆したものに既に消され、もはや生きてはおりますまい。」
正信は正純に聞いた。
「この事を知るものは?」
正純は答える。
「次郎三郎殿、平八郎殿(忠勝の事)、父上、某の4名にござります。」
正信はお梶の方を連れて来た事を非常に後悔した。
「お梶殿の処分は?」
正信が皆に聞く。
「斬れば良い、とわしは言ったが次郎三郎が自分に懐柔をさせろと言うので任せようと思う、しくじれば斬ればよい。」
忠勝が答えた。
正信には次郎三郎の考えがなんとなく読めてきた。
お梶を斬れば他の側室もすべて斬る可能性がある、そうなればそこから綻びも出るかもしれない、次郎三郎は殿と同じ思考を出来る人物なのだ。
「これからどうする?」
正信が聞く。
忠勝が答える。
「差し当たってはわしと正信と直政、康政、中納言殿で合議し今後の徳川を考えてはどうかと思うのだが。」
忠勝は秀忠の本性を知らなかった。
故に徳川の世継ぎである秀忠の合議参加を口にしたのだ。
正信はしばし考え、次郎三郎と二人にしてほしいと言い、正純と忠勝は天守を出た。
次郎三郎は正信に詫びた。
「すまぬ、わしの命でどうこうなる問題では無いが、殿の遺言だけは聞いてくれ、殿は最後にこう言われた。徳川を頼む、未来を頼むと」
正信は次郎三郎の言葉が家康の言葉によく似ているので余計に涙した。
「そうであったか」
正信は次郎三郎の言葉に納得し、遠くを眺める。
そんな正信に次郎三郎は聞く。
「本当に中納言様で良いのかね?」
正信は次郎三郎の言葉に驚く
「なぜそのような事を聞く?」
次郎三郎は家康とのやり取りを思い出しながら口にする。
「殿が仰っていたのだよ、倅がいたらばこの様な苦労もしなかったろうにってね」
正信が「あぁ」と言いながら答える。
「信康様の事であろう」
次郎三郎は流石正信と言わんばかりに頷く。
「わしは最初中納言様の事であると思ったが、中納言様はあまりに頼りない、殿は忠輝様をお気にかけていらっしゃった。」
正信と次郎三郎は迷いに迷ったがすぐには答えが出ず、正信は暫く大津に逗留する事になる。
その夜の事である。
次郎三郎の寝所に何者かが忍び込む。
次郎三郎は気配を感じ咄嗟に身構え曲者が近づいた刹那後ろから羽交い絞めにし何者かと確かめる。
曲者の正体はお梶の方であった。
大津に来て家康に会えないなど気位の高いお梶の方には許せなかった。
お梶の方も混乱した。
家康の寝所に来たのに居たのは次郎三郎、その上自分は羽交い絞めにされている。
お梶は次郎三郎の事は知っていた、家康の傍に仕えている影武者であるという認識はあったのだ。
お梶が叫ぼうとすると、突如お梶の口が次郎三郎の口で塞がれる。
次郎三郎はお梶の口内に舌を絡め、お梶の気を落ち着かせる。
お梶は次郎三郎が自分に横恋慕をしたのだと思い、唇を離し、小声で次郎三郎に告げる。
「殿に斬られますよ?」
次郎三郎はお梶の方に
「死にたくなければそのままわしと愛し合ってもらう」
と告げ、お梶の衣装を脱がしていく。
実は次郎三郎の次の間には常に忠勝が控えていて異変があれば忠勝がすべて斬るという段取りになっていたのだ。
お梶の美しい柔肌があらわになり、一糸纏わぬ姿になっても、未だ状況のわからないお梶の方は
「今ならまだ私も許します、そなたの想いは胸にしまい諦めてください」
と次郎三郎に告げる。
次郎三郎はお梶の耳元で囁くように
「殿は関ヶ原で戦死なされ申した、今お梶殿がおかしな気を起こし振る舞いを間違えれば平八郎殿に斬られます」
とお梶に真実を告げた。
お梶は驚愕し緊張しながらも次郎三郎を受け入れた。
隣で耳をそばだてていた忠勝もお梶の声が、震えた声から嬌声に変わった時には胸を撫で下ろし、次郎三郎の功績をたたえるのであった。
お梶の方は生来気の強い女性であったが、家康と閨を共にする時は家康を喜ばせる術を心得て行為に及んでいた。
しかし、次郎三郎との行為は自分の自由に行えるので、お梶は白い肌を薄紅色に染め自らが上になり行為にふけった。
「私がこの人を守ってあげる。」
これがお梶の決意であった。
お梶の方は家康が亡き後の徳川の行く末を考えた時、側室を辞退するより次郎三郎に付く方が良いと考えたのだ。
その行為はまるで若い恋人の様に果てる事無く続いた。
そんな事件が大津で起こっている間。
関ケ原の戦場後、徳川の本陣付近に一人の若い武士が立っていた。
その武士はおもむろに土を掘り、一人の遺体を発掘する。
それは本田忠勝が埋めた徳川家康の遺体であった。
「ふふふふふ、見つけたぞ。」
男は家康の首を掻き切り、丁寧に首桶に入れその場を立ち去るのである。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
誤字脱字等ありましたらご指摘頂ければ幸いです。
これからも「闇の葵」をよろしくお願いします。




