寒さ
『異世界転生』ってあるよな。皆知ってると思う。俺も知ってる。
『ここ』に来る前はネット上のそれをよく読んでいた。ワクワクしたさ、見知らぬモンスターに可愛い少女達、それにチート能力だって? 俺だって何度も転生したいと思ってた。
「このッ、くたばれ、いい加減しぶとい野郎だ!」
「あっぐ……」
アーすまん、雑音が入ったな。さっきから雨の音も聞こえてるだろ? ハハハ、こっちは生憎の雨模様だ。この時期の雨は冷たいね、そっちはどうだい?
……ああ、そうそう。昔話の途中だったよな。えーと何処まで話したかな……そうそう、異世界転生。聞こえは良いよな? 俺も他人を庇って死んだりすりゃあカミサマのご褒美的なものがもらえると信じてたんだ。
でまあ、ここが俺のアホなところ。実際助けたんだ。おばあさんが道路の真ん中ヨタヨタ歩いててさあ、居眠り運転のトラックがそこに突っ込んできてたわけだわ。
俺はもうなんつうか、正義感だよね。それを振りかざしてさあ、おばあさんを道路の向こうへ突き飛ばしたの。そんでトラックにはねられたワケ。すげえヒーローっぽいだろ、ここまではさ? 俺もバンパーに吹き飛ばされる直前までは自分に酔ってたね。ぶつかった瞬間はハンパなく痛かったけど。
……でまあ、こっからが辛いトコなんだけどね。死後の世界? ってヤツに踏み入った俺はさ、案の定カミサマに出会えたワケだよ。まー俺は大興奮だよね、『これで念願の異世界転生だー!』って。まだまだガキだった。
『お前は人を殺した』っつって言われたのよ。カミサマにさ。へ? って感じだよね。いやいや、助けた事こそあれ、人を殺したことなどありません! つったらさ、まあよく分かんねえ鏡を見せつけられるワケよ。
俺がばあさんを突き飛ばすシーンが入ってるんだよ。おうコレの何が悪いんだ、助けてるじゃねえか俺リッパだな……そう言いかけて、言葉が詰まったよ。だっておばあさん、俺に突き飛ばされたせいで死んじまってんだもん。動かなくなってたよね。遺族が泣いてるシーンまでご丁寧に映してくれてまあ。
いや、とか、え? とかしか言えなくなった俺にさ、カミサマはこう言う訳だ。『お前は人を殺した。次の世界では人には生まれんだろう』と、こうな。
いやいや待って下さい、もののはずみだったんですそんなつもりじゃなかったんです。俺、言い訳しながら自分で気づいてたよ。殺人やったやつって、ドラマとかでも皆こう言うよね。そん時から妙に冷静な俺が頭の中に生まれてたよ。
「このっ、この……!」
「村に災いをもたらす悪魔め! 出ていけ!」
「あ……あが……」
ごめんよ、今日は頻繁に雑音が混じるね。俺の素敵なナレーションが遮られまくっちゃう。ま、別にいいんだけどさ。コイツらもそろそろ飽きるだろうし。
っとと、ついつい脱線しちまうのは俺の悪いクセだね。そんで……えーと、そう、カミサマ! カミサマが何か唱えたらさあ、俺の額にニョキッと何かが生えたんだ。二本の角。
なんだよこれは! って怒鳴ったらさ、カミサマは『お前が咎人である証拠だ』ってさ。トガビトってなんだよってなって、辞書引いちゃったよね俺。罪人とおなじような意味らしい。罪人。怖い響きだよなぁ。
そんで、何だかんだあって光に包まれて……この世界に生まれた。頭に角を持った存在、『咎人』として現れた訳だ。
「消えろ!」
「おい! もういい、勇者様たちが駆けつけてくれたぞ!」
おっとやべえ、勇者の到着だ。いくら耐久に自信がある俺でも死んじまう。ちょいと失礼、ナレーション切って逃亡に専念させてもらうぜ。
いやあ走ると脚が痛い! チクショウこれ折れてるかな、そんな事思いながら村の通りを走る走る。両脇の家からは奇異の視線が痛い痛い。子供なんて石投げてきやがる、正直な奴らだよな。
「イグニス!」
お、魔法使い入りのパーティーか。嫌になるねえ……ってあぶね、俺のすぐ横に着弾させやがった。いやあ飛び散る炎が熱い!
「逃がすな! トーリ、回り込んで挟み撃ちにするぞ!」
「オウ!」
おいおい勘弁してくれ、まだ死にたくねえんだ……とか思いながら走る。いやあ自分でもこんなにスピード出せるんだな……てビックリしてたら目の前にハゲの大男が突如出てきやがった。
「フン!」
大男の正拳突きが俺の腹にめり込む音を聞きながら、俺は今日という最悪の一日に思いを馳せる。
村近くの川に魚を取りに来てたら泣き声が聞こえて、なんだなんだっつって見に行ったら女の子が村はずれで泣いてるじゃねえの。俺は事情を訊こうと声をかけて……ああ、うん。普通に大人が出て来てボコボコにされたよね。
チクショー、ここに来てまだ一か月とは言え油断し切ってたよなぁ。雨粒を弾いて吹き飛ぶ俺の思考は呑気なものだった。すぐ後方に勇者。専用の剣とアビリティを発動させ、構えている。
やべえ、両断される。俺は両手で地面を弾き、微妙に角度を変えて吹き飛ぶ方向を調整する。勇者の剣が俺の身体のすぐ下を通過。一瞬、俺と勇者の視線が交錯する。
俺はそのまま吹き飛び、村の家の屋根に背中を打ち付ける。吐血は我慢。それより逃亡。
走り出した俺の背中にしつこく炎が照射されるが、生き残ったモンが勝ちだ。悪いな。俺は勇者一行を背に残し、山の奥へと入っていった。
雨が降りしきる村の中、怒りに震える村人と、怯え切った子供、そして取り逃した事に歯噛みする勇者一行のみが残った。