俺と幼馴染の日常 ~ポッキーゲーム編~
――あったけぇなぁ。
ヒラヒラと舞うカーテンの奥から、陽の光が差し込んでくる。
その光を浴びて、今が朝だと理解する。
いや――もしかしたら、もう昼間になっているかもしれない。
昨日の夜は、夜更かしをしていたから可能性はあるだろう。
ベッドから起き上がり、部屋を出て、階段を下りる。
寝起きの所為で、ふらふらとした足取りになる。
「……ふわぁぁ~」
欠伸をして、リビングでテレビの電源を入れる。
左上に日時が表示されている。
時刻は、八時半のようだ。
「……何か飲もうかな……」
――ん、八時半?
冷蔵庫の中を探っている間、ふとそう思った。
今日は何曜日だろうか?
「……あぁ、やらかしたな」
カレンダーの前で棒立ちになり、溜息混じりにそう呟いた。
今日は金曜日のようだ。
夜更かしした所為で、日付の感覚が一日ズレてしまったようだ。
「う~ん、今から向かうかぁ」
少し悩んだが、着替えて準備を始める。
どうせ遅刻してしまうので、散歩しながらのんびり行くとしよう。
「……窓おっけー、電気おっけー。――鍵もおっけー」
戸締りをして、家を出る。
朝見る人が少なく、比較的伸び伸びとしている朝だ。
清々しいほどに、人がいない。
道にも、駅にも――と思ったが、駅には流石にまだ人が多いようだ。
胸ポケットの中から、携帯の振動が伝わってきた。
「ん?誰だ?」
クラスの奴からだろうか?
そう思って、メールボックスを開いてみる。
「うわ、りっちゃんからか。えーと何々……」
『何度も起こしたのに、起きない馬鹿はずっと寝てればいいんだバーカ!もう起こしてあげないから』
怒られると思って開いたが、案の定、かなり怒っているようだ。
どう返事しとこうか……。
「――ごめんなさい。帰りにコンビニで、アイス奢るから許してくれると助かる――っと送信」
電車に乗り、携帯を胸ポケットにしまう。
この文面と会話で何も知らない者が見れば、誰もが彼女かと思うだろう。
だが一言言おう、それは間違いである。
何故なら――現実はそう甘くない。
「おはようございまーす」
『またお前遅刻か?重役出勤だなぁ三浦』
「夜更かしして遅れました」
『正直なのは良い事だが、ちゃんと朝は時間通りに行動しろよ三浦』
「そういう先生は遅刻した事ないんですか?」
席に向かいながら、そう尋ねる。
『俺がか?ふん、俺が無い訳ないだろう!昔は遅刻三昧だったさ』
「じゃあ俺の遅刻を昔の先生に免じて、遅刻は無しって事で……」
『だが立場上っ、俺はお前の成績表に遅刻を追加する』
「ビシッと効果音鳴ってますが、なんか理不尽ですね」
席に座り、鞄を机の脇に掛ける。
「おはー、遅刻魔のカズくん」
隣から、そんな皮肉が聞こえてくる。
「普通に挨拶しなよ、りっちゃん」
「だって事実じゃん」
不貞腐れるように、ピンク頭の如何にも可愛い系の生徒がいる。
この生徒は幼稚園からの幼馴染であり、唯一無二の親友なのだが――実は女装趣味の変わった奴なんです。
しかも制服は女子用を着用し、あまつさえメイクや髪の毛が見た目が列記とした女子。
ぱっと見男子だと分からず、女子にしか見えないのが罠である。
「――それにさ、せっかくアタシが起こそうとしたのに生返事ばっかりだったじゃん。もう起こしに行かないもん絶対」
うん、凄い女子っぽい台詞だけど男だよ!
男だからね!
「はいはい。そんなにご立腹なら、コンビニアイスの件は無しで宜しいですね?――軽沢理玖君」
「がっ?!フ、フルネームで呼ばれるとは、急に精神に対する威力が……」
説明しよう。
女装する彼は、男子のように女の子口調で話し、はたまた女の子扱いをされたがるのだが――フルネームで呼ばれると過去のトラウマや現実を思い知り、酷く心体にダメージがいくのであった。
……とまぁ、このぐらいの熱い格闘漫画みたいな説明の仕方があってもいいか。
『どうした、軽沢ぁ』
黒板に字を書きながら、先生はそう尋ねる。
机をガタガタ揺らし、あまつさえゾンビのように唸っているから、気にならないはずがないだろう。
ただの授業妨害というのは、この際スルーしておこう。
「……信頼していた友人から……先程急所を撃たれまして……ダ、ダメージが……ガクッ」
『おお、そうか。授業中にゲームはするなよー』
チーンという音が響き、魂が口から出ている。
そんな事知らず、先生は授業を進めていくのであった。
『よし、ここまでだ。各自、復習しろよー』
チャイムが鳴り響き、先生はそう言って教室を出て行った。
隣で女子(自称)が、白く燃え尽きていた。
「ねぇりっちゃん、昨日のテレビドラマ見た?」
そんなプツプツとしている彼に、クラスの女子が話しかける。
「うん、見たよ!あれ面白かったよね♪アタシ思わず泣いちゃったよぉ」
パッと起き上がり、瞬間的に女子トークに花を咲かせる。
どうやら復活したようだった。
ロールプレイングゲームなら、『女装男子が復活しました』でいいだろう。
このクラスはどうやら、作戦を「命をだいじに」にしているようだ。
ちなみにこのクラスの生徒、そして各教科担当教師は、彼の存在を男だとちゃんと認識している。
よくまぁ、嫌われないでいられたものだ。
過去に教師に何度も注意されるも……。
「この姿がアタシなんです!誰にも否定させませんし、他の人の事がどう思うとか関係ないです!否定するような人がいるなら、アタシはアタシを認める人と仲良くなればいいだけの話です!」
そう言って、学校側を半ば無理矢理に納得させてしまったのだ。
つまりは自分の本質を理解して、関わらなければいい。
アタシと関わりたい奴だけくればいい。
そういう考えで、彼は言ったらしい。
風変わりな問題児誕生の瞬間、と教師の間で話題になったらしい。
だがそういう事があったにしても、こうして仲良く話せるのだから問題はないだろう。
「はぁ、自販機行くか」
席を立ち上がり、女子トークから離れる。
携帯を眺めながら、廊下を歩く。
廊下を移動する生徒や談話している生徒がいる。
その生徒たちを避けながら、画面を眺め続ける。
「こぉら、廊下で余所見したら危ないよ?」
階段を下りようとした時、そんな声が前から掛けられた。
携帯越しで、カチューシャと黒眼鏡が見える。
「椎名先輩は、お一人でお暇そうですね」
「んー?何か言った?」
「いえなにも」
「あらそ♪」
皮肉を言ったが、声色が一気に変化したので撤回。
彼女は椎名千尋。
もう一人の幼馴染である、小さい頃から良く遊んだ仲である。
「そういえば、りっくんから聞いたよ?カズ君遅刻したんだって?ダメだよぉ?ちゃんとしないと~」
「もう知ってるんですか?」
「女子の連絡網を甘く見ない方がいいよ~」
……片方女子じゃないけどね。
「でも連絡本当に早いですよね。せ・ん・ぱ・い」
俺は遅刻の事を流す為、彼女を先輩扱いをする。
「さっきから何なのよぉ、何で先輩呼びするの?私、カズ君に何かしたかなぁ」
俺の言葉に、困った表情を浮かべる彼女。
その反応を見たかった、などと言ったら怒られるので黙っておこう。
「別に他意はないよ、千尋姉」
「それならよかったぁ。私、カズ君に何かしたかと思っちゃったよぉ」
両手を合わせて、ほっとしたように笑顔になった。
相変わらずの天然記念物のような人だ。
ちなみに彼女は『幼馴染だから先輩扱いはやめて』という人である。
あとは、暇人扱いされるとあるスイッチが入る。
「ところでカズ君は、何してたの?」
「あぁ、自販機行こうとしてた。朝何も食べてないから、飲み物ぐらいは飲んでおこうと思って」
「そうなんだ。じゃあ一緒に行ってもいーい?」
「別にいいよ。念のため言うけど、はぐれないようにね?」
「むむ、子供じゃないよ?私は」
頬を膨らませて、彼女はそう言った。
子供じゃない事は重々承知なのだが――
「うん。分かってるんだけどね?今行こうとしてる方、逆だから」
行こうとしたら、彼女は俺とは逆に奥へ進もうとしていた。
「え?――あ~、えへへ」
――凄く方向音痴なのである。
そもそも自販機は一階にしか無いはずなのだが、彼女は二年間――何をしていたのだろうか。
一階に下り、渡り廊下で目的地。
小銭を数枚入れ、スイッチを押す。
「えい」
そう思ったが、彼女に先に割り込んで押されてしまった。
「はい、カズ君。カズ君はこれでしょ?ブラックコーヒー」
「あ、うん。ありがとう」
缶コーヒーを差し出され、生返事になる。
それを受け取り一口飲む。
ほろ苦く、喉の奥に味が広がる。
「カズ君、良く飲めるよねぇ。私は苦いの苦手だから、少し羨ましいかな」
「羨ましいかどうかは分からないけど。千尋姉は甘党なんだから、無理して飲む必要無いと思うけど?」
「でも飲めるとなんか格好いいとか思っちゃうじゃない?」
まぁ理屈は分からなくは無いけど、極端過ぎませんか千尋さん。
中学生ですか。
でも飲める分、甘い物はあまり得意じゃないけどね。
「そろそろ戻らないとだね。私先に戻ってるね?カズ君も早く戻りなよ?」
中庭の時計を見て、彼女は走りながらそう言った。
転びそうだったが、何とか無事に階段を上る所まで見送った。
俺も急ぐとしよう。
コーヒーを飲み干して、ゴミ箱に投入する。
そして休み時間が終わり、授業が続く。
眠気が多少あったが、耐えて昼休みの時間となった。
「カズく~~ん、お昼どこで食べる~?」
朝の機嫌とは逆に、機嫌良さそうに女子(自称)が現れた。
「あぁ。俺は今日は学食かな。りっちゃんは?」
「えへへ~、お弁当なのだよぶいぶい♪」
ピースしながら、満面の笑みを浮かべる。
こいつはいつも幸せそうだ。
「お前が弁当なら、購買でパンとか買った方がいいな。屋上と中庭、どっちがいい?」
「屋上!……カズ君、先に待ってるね♪」
手をひらひらと振り、鼻歌をしながら廊下をスキップしている女装男子の姿がそこにはあった。
周囲の男子生徒が、可愛い云々と黄色い声を上げている。
チラチラとスカートが捲れ、下着が丸見えになっている。
惑わされるな、健全な男子諸君。
あれは男だ。
「さて、買いに行くか」
放って置く事にして、目的地の購買へと足を運ぶ。
この学校には、学食は勿論、購買もあるという充実した施設だと思う。
他を知らないから何とも言えないが、個人的には良く揃っていると思う。
購買のラインナップは、飲食物から日用品まで売っている。
日用品があるのは、寮生徒の為のものだろう。
サンドイッチとコーヒー、そしてスナック菓子を購買で購入する。
そのまま流れるように、屋上へと向かった。
「お待たせー。……って何やってんだ?お前」
屋上に着いたのは良いのだが、何やらカエルみたいに寝転がっている友人の姿があった。
「……ひなたぼっこ」
「その格好でか。潰されたカエルみたいな格好だぞ?」
おい女装男子、いつもの女子の嗜みとやらはどうした。
「こうしてると分かるよ」
「何が?」
くだらない事が返ってくると思ったが、そう聞きながらサンドイッチを頬張る。
「――こうやって潰されてきたカエル達は、干乾びていくんだね」
本当にくだらなかった。
そして俺が言うのもなんだが、カエルに謝れ。
「食わないと昼休みなくなるぞ。お菓子買って来たから、はよ弁当食え」
「お菓子!?やったぁ!カズくん流石っ、愛してる♪」
くだらなく元気で、現金なやつだった。
男に愛してると言われても、嬉しくない。
「……ほうひへふぁふぁ《そういえばさ》」
「口の中に物入れて話すな。食うか話すかどっちかにしろよ」
「…………」
あ、食う方選ぶんだ。
「……ゴックン♪」
「おい、全国の健全な男子に謝れ」
舌を出してくるな、舌を。
食事中に口の中を見せるな、行儀が悪いぞ女装男子。
「……そういえばさ、何で寝坊したの?」
「ん?何だよ急に」
「夜更かしって言ってたけど、何してたのかなぁって思って。あ!ひょっとしてぇ、右手でシコシ――ぐほっ!?」
「はい、ストップー。それ以上言うと一発殴りますよー」
「……もう、殴ってる……ぐぅ……何でお腹、殴るかな……ご飯食べてるのに……」
それはこっちの台詞である。
少しは自重しろ、女装の変態野郎。
お腹さすりながら、涙目でご飯をつまんでいく。
「自業自得だ。……あむ」
「ぐぬぅ。カズくんは、女の子に乱暴するんだね!酷いんだぁ~!ひどいんだぁ~!」
ワーワーと寝転がり、子供のように駄々を捏ね始めた。
突っ込む義理もないし、他に人いないし放っておこう。
一人で暴れる分には、誰にも迷惑はかからないからな。
「うぅ……お腹なんか殴って……カズくんとアタシの子に何かあったらどうするの!!」
「そんな記憶は一切ねぇよ!」
しまった、思わず突っ込んでしまった。
悔しい、負けた気分だ……。
「それで?何で夜更かししてたの?宿題やってたって訳でも無いでしょ?」
「確かに俺は勉強しないけど。そうあからさまに選択肢から消されると、無性に腹が立つな」
「だってカズくん、別の意味で勉強しなくても損しないじゃん!」
「はいはい。夜更かしと言っても、本を読んだりゲームしてたってぐらいだしな。普通だろ?」
特別変わった事はしていない。
なんだか今日は起きるのが嫌だったな、と思ったのはあるけど――これといって、確実な理由なんてない。
そもそも夜更かしに理由は特にないし、夜更かしして寝坊という結果もある。
詮索の必要性が皆無である。
そう思いながら、俺はお菓子の箱を開ける。
どうやら、二人とも食べ終わっているようだ。
「サラダ味とロースト味、どっち食いたい?」
「どっちかくれるの!?じゃあえっとねぇ、こっち!」
そう言って選んだのは、ロースト味だった。
俺はサラダ味になったが文句は無い。
このお菓子『パリッツ』と言えば、サラダ味だと俺は思っている。
「ねぇねぇ、カズくんカズくん!」
「何だよ」
「ポッキーゲーム、しよ♪」
上目遣いでポーズも決めて、アイドルっぽい仕草をしてくる女装男子。
「燃えるシチュエーションだけど、お前とはやりたくない」
「えぇ!?何でよ!今はっきりと『萌える』って言ったじゃん!」
「字が違ぇよ!字が!」
コントか、これは。
「りっちゃんってさ?そういう女の子っぽい仕草とかって、何か見て練習してんの?」
「ふふん、そうだよ♪少女漫画とアニメと――あとゲームかな!あ、でも、ゲームと言ってもエ・ロ・ゲだけどね♪」
「どうしてだろう。途中までは理解出来たけど、最後まで理解出来なかった」
目と目の間を摘んで、俺はそう言った。
こいつは一体、何を学んでいるんだろうか。
女心という単体なら、最初の二つでも十分ではないだろうか。
だけど最後はなんだ?――まさか!?
「ねぇ、カズくん?凄いココが、かちこちになってるよぉ。ふふ、こんなにしちゃって――気持ちよくしてあげようか?うふふ♪」
な、何だ今のビジョンは――あってはならないぞ?奴は男だ、落ち着け俺!
「え、えっと……カズくん?――何一人で頭掻いたりして、その後ヘドバンしてるのかな?」
ハッと我に返り、現実に戻る。
俺の前には、苦笑している友人の姿があった。
「いや、なんでもない」
「そ?なんか悩んでるなら、話聞くよ?」
首を傾げて、心配そうにこちらを見ている。
そんな事を言われても、今想像した奴は聞く訳にはいかない。
人として、何より男として、何かが終わる気がする。
ここは何かで誤魔化して――
「そ、そうだりっちゃん!パリッツでポッキーゲームしようか」
「え?!あ、あれ?断られた筈なんだけどなぁ///……やるの?」
「お、おう。ドンと来い」
声が全て裏返る。
俺は今、何を言っているのだろうか。
「じゃ、じゃあ///はい。パク……ほーほ?《どーぞ?》」
パリッツを咥え、そう言ってくる。
あれ、可笑しいなぁ。
涙で何も見えないなぁ。
徐々に顔が近づき、息が当たる。
「――あ、いたいたぁ。カズ君もりっくんもここにいたんだぁ……ね?」
「「…………」」
「取り込み中みたい、だね。私ちょっと忘れ物しちゃったから、まだ二人で楽しんでて!それじゃ!」
「待って!」
ち、千尋姉ぇぇぇぇ!
「か、片付けよっか、カズくん」
「うん」
俺はこの日――助かったと同時に、何かが俺の中でひび割れた音が聞こえた。