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学園の傀儡 3

「貴様はラック・クラックの関係者だな」

「その質問は攻撃する前にするべきだと思うがな」

「答えろ」


 有無を言わさぬ雰囲気を纏っている男はラックに関係するようだ。自分がいないところでもろくでもないとは流石だなあいつは。無関係の俺を巻き込みやがって。

 異世界数日の俺より場慣れしているであろう芝は、冷や汗を流す俺の前に出る。


「『ラッキーの関係者なる言葉は聞き捨てならんが、彼は僕の友人だ。危害を加えさせるわけにはいかん』」

「あいつの渾名マジでそれなのかよ」


 現状の何より、その事実が俺を驚愕させた。


「ならば、貴様には消えてもらうまでだ」

「『ラッキーの関係者なら、生は僕にとっても重要な参考人になる。消えるものか』」


 俺も渦中のはずなのに、完全に蚊帳の外である。術式魔法が使えない以上、一定以上のレンジで戦えないから仕方ないにしろ、中心人物をハブるのは看過できない。一触即発の空気の中、俺はトングからサイリウムブレードに持ち替えた。

 赤く発光する、(ブレード)と呼ぶにはあまりにも心許ないそれが、俺の唯一のアイデンティティにして武装だ。正直、ただ単にサイリウムと呼ぶべきだろうが、それだとあまりにも格好が付かない。これは俺のプライドの象徴とも言える。


 脈動が加速するのを自分でも感じながら、芝の隣に立つ。サイリウムブレードを握る手は既に汗まみれだ。うっかり手を滑らさないように気を配る。


「俺が標的なんだから、俺が出ないと筋が通らねえだろうが」

「……『君は戦えるのか』」

「ラックのキメラを一体ぶった斬ったって、履歴書に書いてあるぜ」


 偶然と油断が招いてくれた、奇跡とも言える一刀だったが、俺が成したという事実はどう足掻いても揺るがない。その事実を自信に変えて、俺は今立っている。


 あのキメラが余裕で再生すると聞いた時は、開いた口が塞がらなかった。


「『なら前衛を任せる。できるか?』」

「自分がやるべきことはやるさ」


 クソリーチで、現在判明しているのは赤が持つ巨大な熱量のみ。「悪くはないが悪い」そんな意味不明な表現がお似合いのサイリウムブレードを片手に、俺は前に出た。

 相手が格闘能力に秀でていれば、こんな一般人以下の行動は余裕を持って見切れる。だが、こいつはさっき、何らかの魔法で以て攻撃した。それでも格闘ができない確固たるにはならないが、可能性を高めるには十分な裏付けになる。


 人が怪我をするかもしれない。下手をすれば死ぬかもしれない。そんな状況で賭けに出るのは決して褒められたことではない。俺だって本当ならしたくはない。安全圏からスナイプしたい。そんな願いは、叶わない。


「リアライズ・メタル」


 男が唱えた魔法により、その右手に短剣が出現する。リーチが同等なのは好都合。サイリウムブレードの圏内に入ったのを確認し、逆袈裟に斬りかかる。


「素人め」


 吐き捨てるように男が言った言葉を理解するよりも先に、俺は腹部を蹴り飛ばされていた。つまりは賭けに負けたのだ。俺は、勝者がその手に握る短剣を投擲しようと、振りかぶっている光景を目に映した。


「『〈ショットニードル・アイス〉』」


 後方から聞こえたのは芝の声。その声を聞いた時、俺はまだ蹴られて宙にいた。

 「チェンジ・シールド」その魔法と共に、男の手にあった鉄の短剣はその質量に応じた盾へ変容し、俺の後方より飛来した氷柱のような氷針を防いだ。


 一瞬の攻防。その中で俺が正しく、そして冷静に理解できたのは俺が死にかけたことぐらいだ。男に言われた通り、こと戦闘においてはずぶの素人だ。それは今の攻防で芝にも伝わっただろう。ちっぽけな俺の見栄が砕け散る音が聞こえた気がする。


「『生……』」

「言うな」

「『文句を言うわけではない。男に見栄があるのは僕も分かる。だがな、命がかかっている状況で見栄は張るべきではないぞ』」

「言うなっつたろうが」


 傷口に神経毒を塗られたような気分だ。芝の言っていることは正論で、俺が間違えていた。ただそれだけのことだ。テストでケアレスミスをしただけだと、自分に言い聞かせる。


 蹴られた勢いで後退した俺は、前に出る期を失した。男と芝の間で繰り広げられる、魔法戦に介入できるだけの度胸も実力もなかった。せめて俺の具象魔法が飛び道具なら……


 ……投げればいいじゃん。


「おっしゃ食らえ!」


 他の効果が分からないこともあり、赤のままのサイリウムブレードを投げる。流石にこの距離で外すほど俺の運動神経は悪くなく、男目掛けて一直線に飛んでいく。それでも熱源である光源は回転している。


 男まで残り約一メートルというところで、サイリウムブレードは消失した。


「……『まさか、自分の具象魔法の効果範囲も知らないのか……?』」


 呆れを通り越した、哀れみの台詞。その言葉は俺の胸に深く突き刺さった。


 マジで使えねえなこのクソサイリウム!


 効果範囲は約三メートルといったところか。後一メートル。その距離を詰めようとすれば、魔法戦の火中に飛び込むことになってしまう。そんなことをすれば俺は死ぬ。

 俺が原因で起こった戦いに、俺が参戦できない。どころか邪魔になりつつある。異世界にやって来てまで、俺は何をしているんだ。逃げようにも、年下の女を独り残して逃げようものなら、末代までラックに馬鹿にされるに違いない。


 俺は、サイリウムの底を見つめた。

 どんな効果があるかは分からない。デメリットの塊かもしれない。赤の効果、本体の効果から鑑みて、ろくな効果じゃないのは分かってる。それでもやるべきだ。俺が。


「なるようになれ!」


 底面に設置されたスイッチを一度押す。するとサイリウムは赤から青へと変色する。赤の効果からして、触れたものを凍らせる効果と予測を立てた俺は光源を屋上に触れさせるも、そこには何の変化も見られなかった。


「触れても……大丈夫か」


 怪しく光る、暗い青に恐る恐る触れるも、俺の手は凍り付くことはなかった。

 どうなってんだこれ。そう思いつつ、サイリウムを思い切り振る。



 光の軌跡が氷となって奔った。



 …………。


「……前言撤回してやるよ」


 狙い澄ましたかのように、ピンポイントで飛び道具を手に入れた俺の心境は、まさに水を得た魚、肥料を得た植物、酸素を得た人間。これ以上ないほどに活力が漲っている。


 だが所詮は一般人以下のトーシロ。元いた世界でも運動能力は平均以下。ヒーローでもなければ登場人物ですらなかった。そのことを忘れてはいけない。魔法を手に入れても、スタート地点はこの世界の人間より遥か後方。出遅れてるんだ。奢るべきじゃない。二度とさっきのようなヘマをしないように、自分に言い聞かせる。


「……『生?』」

「今度こそ任せてくれ」


 俺がそう言うと、芝は男から視線を外さずに、難しい表情をした。気持ちは痛いほどわかる。数秒の間、芝は魔法名の宣言以外に口を開かなかった。


「『今度こそ、頼むぞ』」

「ああ、頼まれた!」


 アニメや漫画で散々見た、抜刀のモーションを取る。腰を落として、空手で言うところの四股立ちに近い体勢だ。サイリウムを腰に据えて一呼吸。


 横一閃。


 サイリウムを振るった速度に比例して速度を上げるのか、さっき俺が振った時とは比べ物にならない速度と質量を持って男に迫る。どこからその質量が生まれたのかは、きっと突っ込んではいけない。魔法すらも凍結させるその斬撃は、飲み込んだ魔法を自身の質量に変換している。これは俺が思っていたよりも、ずっと有能な武装なのかもしれない。


「っち」


 苦い顔をした男は横に大きく跳び、ゆうに二メートルはある鉄柵を、魔法で創りだした鉄を踏み台にして跳び越え、屋上から飛び降りた。地上四階にあるここから、何の装備もなしに跳び下りて無事なはずはない。あっちの世界なら。


 分が悪いと見るや否や撤退するということは、あいつは斥候だったのだろうか。

 一連の戦闘は重大な事件だったが、それは今気にするべきことではない。俺が今、真に気を配るべきは、魔法戦によって無残な光景になった屋上だ。


 床は鉄や氷によって削られた箇所が多く、出入り口は俺の斬撃によって凍り付いている。出勤初日にこの惨事。どう説明したものか……

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