学園の傀儡 2
私の真似をしているのか、似合ってもいない白衣を纏っている彼女は、背後から正面までわざわざ回り込んでくる。相変わらずのようで最悪の気分だ。
「私には資金も資材もある。貴様が求めるすべては私の手の中にある」
「分かってるよそんなこと。だからいつも言ってるじゃないか。君らのやり方が気に食わないんだよ私は。もっと真っ当な組織になってから出直したまえ」
次元・異界研究の助手だった彼女は、目的のためなら手段を選ばない。まあ、それは私も同じだけど、彼女の場合は規模が違う。法を犯そうが死人が出ようがお構いなし。おかげで今は国指定の犯罪組織と、同格の扱いを受けている。
次元・異界研究に関して、彼女は私の才能、魔法をも凌駕する。それに特化した才能と、具象魔法を持っている彼女は戦闘においても、私個人を超えている。
ぶっちゃけ、研究をする上で、私が必要な理由がないんだよね。私個人でもできることができないとかあり得ないし。
「それこそ分かっている。だから、言っているだろう。私には貴様が必要だ」
「会話ができないようだ」
彼女は頭がおかしい。特大のブーメランを投擲したような気がするが、それは事実だ。
そして、彼女は私を好いている。理由は不明で、きっかけがあったかどうかも私は分からない。何か、彼女の琴線に触れる何かが、私の中にあったんだろう。
頭がおかしい人間に好かれる、辛さというかしんどさというか、小難しく言うなら精神的疲労。アリスが常々感じているそれを、私も時折、こうして痛感する。
「遅刻をサボりだと思われたくないからさ、ここらで帰ってくれないか?」
「帰るものか。私は貴様を取り戻すまで諦めなどしない」
「……来てくれ、システィー」
私がため息混じりに呟くと、影が現れる。私とユリシスを覆っていた影は私たちを阻むように降り立った。第一趾から第四趾まで、すべての趾が人の足部で形作られている彼女はSN-019。私は彼女をシスティーと呼んでいる。
一桁達とは違い、一〇台は放し飼いにしてある。安全だったり、比較的大人しかったりする子たちが多いからだ。その中でも、システィーはとりわけ従順だ。
「お前はまだ、その不快な化物を飼っているのか」
「化物じゃない、Sistersだ。間違えないでくれ」
みんな、彼女らのことを化物だの奇妙だの、散々言ってくれる。私からすれば可愛い妹のようなものなのに。確かに、元はクレアへの皮肉で付けた識別名だけど、今ではクレア以上に愛らしい。
「いつもこんな奴の相手をさせて悪いけど、今日も頼むよ」
「了承。主からの命を実行します」
システィーは、というより、制空権を取ることができれば、ユリシスの相手は比較的楽になる。Sisters特有の再生力も含めて、巨大な隼の姿を持つシスティーはユリシスの相手に最適と言える。
しかし、ユリシスはSistersの脳の位置を知っている。それに気をつけるように、システィーに一声かけてから、私はその場から退散した。
離れ際にユリシスがごちゃごちゃ言ってたけど、聞くだけ無駄だ。
二〇分ほど遅刻した私は、教室に入るなり、生徒たちからの質問を浴びた。内容はどれも同じ。「何故遅刻したのか」。本当のことを言っても信じてもらえないだろうから、私の答えはいつも決まって、「隕石が墜ちてきた」で通している。
「せんせえ、いい加減他の言い訳も考えてきたらどうなの?」
「面白いのが思いついたらね」
最前列中央に座っている少女、アルマ・リリックは私が遅刻すると、いつもそう言う。私が遅刻するといつも不機嫌そうにする割に、私の授業では大抵眠っている。
全員の出席を確認した私は、そのまま生物の授業を始める。
◆
錦学園に到着しアリスと別れた俺は、地図を頼りにまず用務員室へと向かった。そこで作業着と仕事、道具を受け取った。今現在、俺はこの学園の屋上へと向かっている。小から高までのすべての校舎は、屋上を伝って行き交うことができるらしい。
といっても、屋上へは教室棟から特別棟へ移動する必要があるために、あまり利用されていない。ゴミがあれば見つける程度の仕事で、屋上の清掃は面積以上に簡単だと言われた。
人気のない屋上の入り口を開けると、強い風が吹き抜けていった。その風の勢いに俺は一瞬目を閉じた。風が吹く屋上にあるベンチ。そこに一人の少女が座っている。
「なんで生徒がこんな時間に……」
今は授業時間のはずだ。だが、正面にいる少女の服装は紛れもなく錦学園高等部のもので、首元のネクタイは三年次を表す赤だ。一応、この学園に従事する者として、サボりを認可するわけにはいかない。目を閉じてイヤホンで音楽を聴いているのか、黒い髪を長く伸ばしたその少女は俺がすぐそばまで近付いても、何の反応も示さない。
「おーい、おーい、サボりなら教員に通報するぞー」
「……『ん? 何かね、君は』」
イヤホンを片方外し、これまた片方の目だけ開いた少女は脚を組んだ。台詞も態度も雰囲気も、少女のすべてが尊大だった。
一九だし、こいつがダブってなけりゃあ、俺の方が年上のはずなんだが。
「用務員、っつーか清掃員だ。で、お前はサボってんのか?」
「『ああ、いや、違う。僕はやや事情が特殊でな。もう授業に出る必要がないのだ』」
「授業に出なくていいなら、なんでわざわざ学校に来てんだよ」
俺はサボれるものはできるだけサボる主義だ。屋上清掃の内容を聞いて、内心でガッツポーズを取った男だ。受験が終わった後、一切学校に来なくなった男だ。だから、こいつの意図がラックとは違う意味で、まったく読めない。
組んでいた脚を崩し、もう片方のイヤホンも外した少女は、立ち上がって伸びをした。
「『まあ、青春というやつだ。少年にも分かるだろう?』」
「まったく分かんねえな」
細かな所作はともかく、大枠すべてが少女らしくない。高校三年の女子が、年上に青春を諭すことに、俺はそこはかとなく違和感を覚えた。
学外で楽しんでいた代わりに、青春とは縁遠い学生生活だった。それも青春の内に入るのだろうか。原義の通りに取るのなら、今も一応青春だろうが。
空は秋空のように爽やかだ。時折吹く風が心地いい。青春を捉えきれない俺は、ふと、これが青春なのかもしれないと思った。まあ、エアプ野郎が何言ってんだって話だが。
「『申し遅れた。僕は芝 友貴。錦学園に通う、何の変哲もない高校生だ』」
「俺は明司 生だ。今日からしばらく、屋上の清掃を任された」
「『もしかして、僕は邪魔か』」
赤い瞳が俺を覗き込む。対異性はからきしな俺は芝から視線を逸らした。そして、焦りか恥ずかしさからか、若干震えた声で答える。
「いや、清掃っつってもゴミ拾いらしいから大丈夫だ」
「『それは良かった。ここは好きなのだ』」
嬉しそうな台詞の中に、嬉しいという感情が籠っていない。何故か直感的にそう思った。
芝は視線を逸らした俺のその先に現れると、柔和な笑顔を浮かべた。
「『良ければ、僕の話し相手になってくれないか』」
「掃除の邪魔にならない程度にな」
「『ああ、もちろんだ』」
芝に言い知れぬ違和を感じ続けている。それでも、悪い奴ではないと判断した俺は、芝の提案を受け入れ、気を入れ直してゴミ拾いでも始めようかと意気込む。
さて、早速ゴミでも探そうかと、右手に持ったトングをカチンと鳴らす。
「『おっと危ない』」
何が、と問いかけるまでもなく、俺は芝に腕を掴まれ引き寄せられる。抱き留められる形になり、意外どころではない状況に目を白黒させる。遅れて、屋上に設置されていた、木製のベンチが砕け散る音が俺の耳に届いた。
何が何だか分からない。芝は良い匂いするし、ベンチは視界の端で木っ端微塵になってるし。
「『生、君は何か、誰かに恨まれるようなことをしたのか?』」
「まだ何もしてねえよ」
「『まだって君なあ……』」
俺を解放した芝は呆れつつも一点を見つめていた。それにつられて、俺もそちらへ視線を注ぐと、明らかに学園とは関係ない、怪しい男が立っていた。




