その光の名前は 3
「ぶっちゃけ、私の本業は次元や異世界に関するものじゃなくて、生物研究だから資金が降りにくいんだよねえ。この国、建前だと生物実験が大嫌いだから」
「妙な生き物がいたんだが?」
「嫌いって言っても、認可はされてるのさ。ま、特別にだけどね。でなきゃ人体実験にも似た実験なんかできないよ」
人体実験という単語を耳にした俺は眉間に皺を寄せた。何時如何なる時代においても、その言葉に肯定的な意見を示す一般人はいないだろう。
「ああ、心配しないでくれ。生きた人間は使っていない。私はあくまで、死人と死体を使っての研究しかしていない」
「死人と死体であんなのが出来上がるのか……」
先程俺を食い殺そうとしたキメラを想起する。あいつの体は数種の陸上、海洋を問わない生物で構成されていた。その中にはもちろん、人間も。
しかし、死んだ生き物に再び命を吹き込むことが、果たして可能なのだろうか。コールドスリープですらない、完全な死者の蘇生を可能とする技術なり、魔法なりが存在するのか?
「ただの死体、いや、死人じゃないさ」
そう言って、ラックは立ち上がった。
「着いて来てくれ。君に、魔法ってやつを教えてあげよう」
ラックは俺に背を向けると、俺の返事を待たずに実験室の出口に向かう。見失って彷徨って、再びあんな目に遭うのは御免だ。俺も台から降りてラックの後を追う。
実験室には二つの空のコップが残された。
どこを見ても代わり映えのしない、つまらない内装を観察しながらラックの後を追う。
ラックの言う、「魔法」とやらは実験室から近いらしく、すぐ近くの部屋の前でパスワードらしきものを打ち込むと、その中へ入っていた。再び戸が閉まらないうちに入室した俺は、いきなり視界に入ったそれから目線を逸らした。
得体の知れない液体の中に、全裸の少女が保管されていた。童貞の俺には刺激が強かった。
「クレア・クラック。私の妹でね。一〇年前に死んだ」
クレアと呼ばれた少女の裸体を視界に入れないように、クレアを保管している水槽のような機材の下方を見る。確かにそこには、Claire Crackと印字されていた。
どういう意図で彼女を保管しているのかは分からない。そこに、「真の魔法」の秘密があるのだろうか。現状だと、拗らせたシスコンにしか思えない。
「さて、ここで魔法の説明をしよう!」
妹の遺体を目の前に、やけに高いテンションでラックは語り出す。やっぱこいつ頭おかしいだろ。
「魔法には大きく分けて二種類存在する。具象魔法と術式魔法だ。私が個人的にそっちの世界へ行った時に、いろいろ見て回ったんだけど、そっちで魔法っていうと、一般的には術式魔法のことを示すらしい。短く説明すると、魔術式を組み立てて、そこに燃料――魔力を与えることで起動する機械のようなものだね。機械はそっちにもあるだろう?」
実に分かりやすい。さっきの魔力が燃料云々という話と、機械がこちらにもあるという事実から、こちらの世界は俺が元といた世界よりも、生活水準は高いのだろうか。少なくとも技術が高いことは、次元跳躍の時点で判明している。
実に夢がある。魔法が存在するなら、俺にもそれを扱うだけのチャンスがある。というか、この手のものなら、使えない場合の方が珍しい。
「ま、具象も術式も、君らには使えないんだけどね」
文章に書き起こせば、文末に「(笑)」とでも付いていそうな表情だった。
「次に具象だけど、これは術式とは違って個人によって千差万別でね。加えて、これは珍しくて、使える人間は非常に少ない。ま、私は使えるんだけど!」
きっと天然と悪意とが両方込められている。俺はそう確信した。
「具象は『最も愛着のあるもの』の形を取る。私ならこの白衣だ。効果も個人によって違う。例に挙げると、私の白衣は『あらゆるものを理解できる』、という能力を私に付与する」
ここで、何故かラックは大きいため息を吐いた。
「私の妹も具象魔法を使えたわけなんだけど、あの子の『最も愛着のあるもの』は、自分自身だったのさ」
「ええ……」
要するに、ラックの妹はナルシストだったってことか。兄妹揃ってまともな性格してねえな。クラック家の血筋そのものに原因があるのか? やっぱ魔法があるような世界だし、大昔の先祖が呪われていたりするのか?
クラック家の性格の悪さについて思考に耽っていると、クレアを保管している水槽の表面を撫でたラックが小さく呟いた。
「生まれてこなければよかったのに」
しっかりと聞こえていた。生前、クレアがどんな性格だったのか、俺は知らない。まあ、ラックの雰囲気から鑑みるに、相当悪い性格だったことは伝わってくる。
「クレアの具象は自分自身で、その能力は『蘇生』。体が蘇生したところで、脳に重大な損傷を負えば死んだままだけど」
この世界の魔法がどういうシステムで動いているのか、細かいところは未だ与り知らぬところだが、扱う本人が死んでもなんとか動かすことができるようだ。でなければ、嫌いな奴の遺体なんぞ保管するはずがない。
「で、私が遊び半分で他の死体に細胞を移植したら生き返っちゃってさ。そこから一部のお偉いさんに目を付けられて、半ば強制的に研究してるんだ。今では楽しんでやってるよ」
遊び半分で死体に細胞を移植する精神構造が理解できない。これが異世界人の一般だと言うのなら、俺は一年間ここに引きこもる。
それにしても、具象魔法か。俺たちは使えないとさっきラックは言っていた。だったら、あれはどう説明するのだろう。外見のみで答えを出せばサイリウムでしかないあの剣を。
「立て続けに話したからね。ここからは質問タイムと行こう」
ちょうどいい。早速ラックにあのサイリウムブレード(仮称)の正体を見極めてもらおう。
「じゃあこれは、なんだ?」
件のサイリウムブレード(仮称)を、俺の手元に召喚する。キメラを焼き斬るほどの熱量を持ちながら、この距離でもまったく熱気を感じない。ラックも驚きの表情しか見せていないことから、こいつが持つエネルギーは触れた場合にのみ、対象に伝わるようだ。
サイリウムブレード(仮称)を視界に収めたラックは一瞬固まる。魔法が使えないと思っていた人間が、魔法を使ったことはそんなに衝撃的なのか。
「え、何それ……怖いから近付けないで」
「いやこれ魔法だろ。具象魔法だろどう見ても」
「いや違うでしょ。だってあっちに魔法なかったじゃん」
「じゃあお得意の理解とやらでこれを理解してみろよ」
「……しょうがないなあ」
ラックの『理解する』魔法には何かしらの条件があるのか、サイリウムブレード(仮称)をまじまじと眺め始めた。触れようとはしなかったから、恐らくは対象をn秒見つめることが条件だろう。
怪訝な表情をしていたラックは、時が経つごとに目を見開いていく。理解しきったのか、目を閉じたラックは眉間に指を当てた。
「……具象魔法に間違いない。私の理解、クレアの蘇生といった風に当て嵌めるなら、今の君のそれは、光、だね」
『今の』という言葉が若干引っかかる。具象魔法は進化でもするのだろうか。
「そのサイリウムは、赤、青、緑、白、黒に色を変えることができて、色に応じた魔法を発現するらしい。武器として使うにはリーチが短いけど、汎用性は高そうだ」
思い切りサイリウムって言われた。それを否定はしないが、否定してほしかった。
やはりこれはサイリウムで剣だ。赤以外の効果はまだ分からない。赤が高い熱量を保持していることから、青は水や氷に関連する効果、緑は風だろうか。白と黒に関しては見当も付かない。そもそも、黒く光るという現象自体がおかしいだろ。
「具象魔法は使い込めば使い込むほどに強力になる。詳細は君自身で知った方が面白そうだから黙っておくよ」
「いや言えよ」
「やだよ。君は被害者であって客人じゃない。保護はするけどもてなさない」
畜生め。そっちに過失があると自覚してるなら賠償しやがれ。
畜生発言と共に、クレアの保管室から退室したラックは実験室には戻らず、別の通路へ向かった。一応着いて行くも、こいつの意図がまったく読めない。
「ああ、ひとつ、私から質問があるんだった」
また何か、とんでもない言葉が飛び出すのかと思い、俺はラックの背後で身構える。
「君の名前は、何ていうんだい?」
「……明司 生」
あまりにも今更で、ありきたりな質問だったものだから、数拍の間固まってしまった。ラックはその硬直を気にすることなく数度頷いた後、ぶつぶつと俺にも聞こえないような声で独り言を言い始めた。
ラックの独り言を聞こうと耳を澄ませているうちに、いつの間にか内装が面白味のない白から、日本でよく見られる内装へ変わっていた。とは言え、やたらと広いのは変わらない。
木の引き戸を開くと、ごくありふれたリビングが広がっていて、少女が食器を洗っていた。




