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星の光 6

 サイリウムを引き抜くと、ユリシスは前のめりに倒れた。傷口はサイリウムに焼かれ、血が流れることはなかった。その体はもうぴくりとも動かず、主を失った世界は音を立てて砕け始める。


 ユリシスは最期の最期まで、ラックを求め続けた。自身の夢を、目的を捨てていれば、結果は変わっていたに違いない。


「……お姉ちゃん」


 アリスがユリシスの死体を見下ろして、小さく呟く。その声には、哀れみが込められているように感じた。アリスはそれ以上何も言うことはなく、早々にここから出て行った。残ったのは、俺とラック、そしてユリシスだったものだけだ。


「君には、迷惑をかけすぎた」

「ああ、まったくだ」


 迷惑どころの話じゃない。こいつは俺の人生を、根本から変えやがった。こいつがいなければ、命を狙われることもなく、俺は死にかけることもなく、魔法を使うこともなく、凡百の凡庸であるままに、何事もなく死んでいた。


「君はもう、帰ろうと思っても帰れない」

「帰る気はそもそもねえが、まあ、そうだな」


 俺は人間をやめた。やめさせられたと言う方が正しいか。その原因はユリシスで、そうしたのはラックの手と意志だ。外見内面は何も変わっていない。だが、あの怪我から一日で完治したということは、そういうことだ。


 クレア・クラック。その細胞が俺の中にはある。不老ではなく、また完全な不死でもないが、驚異的な再生能力と生命力を、俺は植え付けられた。


「さしずめBrotherってか?」

「そうやって冗談を言ってくれるなら、私の気も軽くなるね」

「お前が言わねえから、俺が代わりに言ってんだろうが」


 俺もあまり、真面目な雰囲気は肌に合わない。普段からこうして雰囲気をぶち壊してる奴が、率先して空気を重くしていることに、俺は我慢がならなかった。


「お前はいつも通りのちゃらんぽらんでいてくれ」

「別に私だって、ピエロを演じてるわけじゃないからね?」

「お前はピエロそのものだろうが」


 研究所の中を出口に向かって歩きながら、冗談を言い合える程度にはお互いに気が晴れた。

 そうでもしないと、この手に残った感触を思い出してしまいそうだ。肉を溶かす音、沈み込んでいく感触が俺にこびり付いている。あの女は最期に、俺に呪いを遺して逝った。


 ラックが実験室と呼んだ部屋を抜けると、男が仰向けになって倒れている。まさか自害したのかと一瞬思ったが、男は俺達を認識すると、のそりと起き上がった。


「終わったか」

「終わらせた」

「そう、か。なら私も私の手で責務を果たそう」


 腹を押さえて男は立ち上がり、俺達を同じ場所を目指して歩き始める。名前も知らないこの男はこの先、どこを目指すというのか。もう、希望すら残されていないのに。


「あっ、ちょっと待って」


 先を行く男をラックが呼び止める。


「ユリシスの被害者なら、衛界省に頼めばある程度の保障と補償はしてもらえると思うよ」

「本当か!?」


 ラックのその言葉は、男にとってまさしく一筋の光明。唯一の希望だった。俺と殴り合っていた時よりも声量が大きかったことから、その心境を推し量ることができる。痛みも忘れてラックの胸蔵を掴んだ男は、露骨に嫌な顔をされながら、それでも詰め寄っている。ラックもラックで、こうなることは分かっていただろうに。


「死人を生き返らせるとかは無理だけど、それ以外なら、まあ」

「い、異世界に人間を送ることもか!?」

「それぐらいなら余裕だと思うよ。新興で曲がりなりとはいえ政府だし」


 ユリシスの装置が、どういったものだったのかは分からず仕舞いだが、まだラックの装置で異世界へ人を送り届けることができる。政府としても、長期的にひとりの人間を養うよりは、魔力を大量に食ってでも帰した方が得だろう。


 体の力が抜けた男はその場にへたり込んだ。そのまま男泣きを始める男を、ラックは微妙な目で見ていた。男がどれほどの日数ユリシスに縛られていたのかは分からない。少なくとも俺以上には長いだろう。その間、愛する妻と子を守れない父の心情は察するに余りある。


「善は急げだ。立てないのなら背負うぜ」

「ありがとう、ありがとう……」


 子供のように泣きじゃくる男を背負いながら、俺もいつか所帯を持つ日が来るのだろうかと思案する。想像もできないが、それは隣にいるクソマッドも同じだ。こいつが誰かを愛して、子供を愛する姿が想像できない。


 出口がもうすぐそこにまで来ている。激動の今日一日を思い返しながら、俺はため息を吐いた。


「はあ、最悪の誕生日だった」

「そりゃあ良かったね」


 脇腹に肘鉄を食らい、崩れ落ちたクソ野郎を置いて、俺は先に研究所を出る。天上には、雲一つない青空が広がっていた。

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