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星の光 4

 俺は殴り合いにおいては素人同然。フライハート姉妹と行った修業は、サイリウムを武器にすることを前提として行っていた。体格はほぼ同じ。だが、俺は徒手空拳ができなくとも、相手取ることはできる。


 顔面を狙って繰り出された男の拳を左手で受け止め、そのまま受け流す。それにより若干体勢を崩した男の腹部に、膝蹴りを食らわせる。


「ぐっ」


 短く呻いた男はしかし、痛みを堪えて俺の足を掴んだ。そのまま右脚を引かれたことによって、俺はさっきの男以上に体勢を崩し、背を床に打ちつけた。男は倒れた俺に跨り、いわゆるマウントポジションを取る。幸い両手は空いていたので、振り下ろされた拳を、両腕を交差させてガードする。


「私には! 妻がいる! 子供がいる! そのっ! 為にっ!」


 男は自身の身の上を独白する。俺は反撃の機を窺いながら、それに耳を傾けた。


「あの女に命令さるまま、非道を黙殺した! 罪を犯した! 人を殺した! 私はもう! 止まらない! 止まれない!」


 なるほど確かに悲惨だ。男の生真面目さ故の悲惨さ、悲痛さが伝わってくる。俺もユリシスに巻き込まれていれば、こうなっていたかもしれない。他に道を見つけられずに、あの女の掌の上で踊らされていたに違いない。


「知ったことかよ!」


 そんな悲劇は他人事だ。イフの話をしたところで、俺は運が良かった、男は運が悪かった、それだけだ。そう割り切らなければ、俺の心は男の誠実さの前に腐ってしまう。


 勢いを付けた男に合わせて膝を振り上げると、勢い余った男は軽く腰を浮かせた。地に着いた両腕のうち、左腕を引いて男が左に倒れるように誘導する。


「お前は逃げればよかった」

「……逃避ができるのは、お前が子供だからだ」


 片膝をつく男は幽鬼のような眼光で俺を睨みつける。殴られ続けた俺よりも、加害者である男の方が息が上がっている。


 子供を羨むその台詞に、俺は嘆息する。この男は、いや、大人というやつは、どうしてこうも自分を棚に上げて、子供を羨むような台詞を吐けるのか。


「関係ねえよ。勝手に逃げられなくなったと思ってるだけだ」


 魔法に頼って今まで戦ってきた男と、自分にできることすべてをやってきた俺の間には、明確な差がある。男が衰えていく年齢に差し掛かっていることもその原因だ。俺の器用貧乏さが役に立った。これからはオールラウンダーと名乗った方がいいかもしれない。


 大人には責任がある。自身の行動のひとつひとつにそれが伴い、身動きがし辛くなる。それについては理解できるし同情もする。だが、それとこれとは話が違う。責任があるから逃げられないのではない。逃げないからいつまでも責任を背負うことになるんだ。不要な責任まですべて背負って、それを周りのせいにするのはお門違いだ。


「そこをどけ。俺は先に行かなくちゃいけないんだ」

「……断る」


 肩で息をしているにも関わらず、強がって立ち上がる。これ以上まともに戦っても、俺が勝つことは誰の目にも明らかだ。俺としても、無駄な戦いはできれば避けたい。そんな俺の意思は、男にはまったく伝わっていそうにないが。


「なら、お前はここで倒れてろ」


 男の心窩を、今の俺に出せる全力で殴る。疲労か、老いか、男はそれにまったく反応できずに、膝から崩れ落ちた。気を失った名も知らぬ男を一瞥し、ラスボスがいる通路の先をじっと睨んだ。





 先に行ったアリスと合流し、二人で意気揚々とユリシスに挑んだところまでは良かった。ユリシスの「世界」に飲み込まれた私達は、事前に話していた通りに動いた。

 荒廃した、何もない世界。夕陽が沈む赤い世界。そこにある赤は、夕陽だけではなかった。


「……う、ぅ」


 アリスは右腕を飛ばされ、まともに動けず、私はユリシスの対処で回復に回ることができない。容赦をしなくなったユリシスが、ここまで強力で面倒なものだと思っていなかった。


 ユリシスの具象魔法である世界は開く時、その場に何かがあると問答無用で引き裂く。この効果は副次的なもので、本来の効果は世界の中にいる時、ユリシスは強化を受け、その他は弱体を受ける。その効果故に私の術式魔法は役立たずで、アリスに攻撃を任せることになる。今回もその手筈だったんだけど……


「世界の中で世界を開くとか反則じゃない?」

「私に常識が通じると思っていたのか?」


 質問に質問で返したユリシスは勝利を確信している。まあ、アリスは右腕があった場所を押さえて倒れてるし、私は体力の限界がきて膝をついている。私もアリスもまだ、魔力は尽きていないが、そう思って然るべきだ。


 だけど、勝ってもいないうちから、勝ったと思うのはおかしいだろう?


「いくつか、質問してもいいかい?」


 私はまだ諦めていない。負けてもいないうちから、負けたと思うのはおかしいだろう?

 私がひとつめの質問をすると、ユリシスは首肯した。


「二つ目! 私が最初に造ったSistersは何でしょう?」

「SN-027。確か、ゼータとかいう名前だったか?」

「正解! SN-027、Zeta、得意分野は暗殺だ」


 一切の逡巡もなく、ユリシスは答えた。流石変態マッドストーカーだ。私が関わる事柄に対する知識量は、専門分野にも匹敵するに違いない。無理矢理テンションを上げて、ユリシスへの嫌悪感を隠していることも、見抜かれているんだろう。


「続けて三つ目! 私が二番目に造ったSistersは?」

「SN-026。名前はイースだ」

「正解、SN-026、Ys、得意分野は洗脳だ」


 ユリシスの表情が険しいものへと変わっていく。おそらくは質問の内容が自分の予想していたものと違っていたんだろう。私が命乞いなんてするわけないし、私がアリスを助ける必要もない。アリスは、私よりもずっと強い。


「じゃあ四つ目! 私が最後に造ったSistersは?」


 私がその質問をした瞬間、すべてを察したユリシスは目を見開く。ユリシスが何か行動を起こすよりも先に、アリスが「右の拳」で彼女の脇腹を殴り抜いた。


 調子を確かめるように肩を回し、指の関節を鳴らすアリスは、私よりも遥かに男前だ。


「両足が潰れたアリスが生きていることに、疑問を感じなかった? 右の手足を失ったショウがもう回復していることに、驚かなかった?」


 土まみれになった白衣を脱ぎ捨て、ユリシスは私を睨みつけた。

 最高に気分が良い。勝ったと思っている相手に、痛い一撃を叩き込む。その瞬間こそが、私がこの世で最も好きな瞬間だ。


「私にも葛藤があった。人間をやめさせるんだからね。けれどやっぱり、助けたい人を助けないのは私には無理だった」


 私を守るように立ったアリスは、いつも通りに〈ブースト・ラピッド〉を重ね掛けした。アリスの強化が唯一の勝機。いつも私は決着を誰か任せにしていることが、少しだけ後ろめたい。


 それでも私はいつも通りに飄々と、質問(クイズ)の答えを高らかに。


「正解はSN-001、Aliceだ。得意分野は格闘! 覚えておくといい」

「そういうわけだから、本番はこれからだよ」


 隙を見て〈廻転――リーインカーネイション〉をぶちこんでやりたいけれど、そんな大きな隙は中々見せてくれないし、外した時のリスクが大きすぎる。具象魔法でユリシスを理解することで、ユリシスに対してのみ、未来予知に近い動きができる。私の反射神経が使いものならないせいで、攻撃には役に立たない。


 私の役目はサポートだ。アリスが攻撃しやすいように立ちまわらなければならない。


「そんなわけで、第二ラウンドスタート!」

「貴様のそれは、最早才能だな」

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