星の光 2
「早く行くよ」
「はいよーっと」
中ボスどころか、その辺の雑魚でしかなかったヌエに若干憐憫の思いを向けながら、私は小走りで広間を走り抜ける。幸い、ここにはヌエ以外には何も配置されていなかったようだ。
ここには魔力が充満しているおかげで具象魔法には困らない。リスクよりもリターンの方が大きいとみた、ユリシスによるものだ。ユリシスの強さの八割は具象魔法に起因する。できるだけ密閉された空間に魔力を充満させておくのは、決して間違った策ではない。
通路は再び細くなる。時折研究室から飛び出してくる雑魚を(アリスが)蹴散らしながら、目的地である最深部を目指す。内装は廃棄される前から一切変わっていないようで、私の具象魔法を使うまでもなかった。そもそも、この研究所自体が一本道っていうのもある。
「嘗められてるのかな」
「違うね」
ユリシスは甘くとも、嘗めるような性格じゃない。ショウの手足を切断しただけに留まったのは、それだけで十分だったからというのはもちろん、アリスの想い人だからという側面の方が大きい。
五年前、彼女が芝夫婦を襲った際、アリスが巻き込まれたと知ったユリシスは酷く動揺していた。あんな狂人でも、家族は大切にしようとしている。
まあ、アリスへ伝えるように頼まれた、謝罪の一切は届けなかったわけだけど。
甘い。ユリシスはきっとまだ、私が自分のところへ戻って来る可能性があると思っている。そもそもが間違っているのに、馬鹿だよまったく。
「ユリシスは、私と会いたいんだ」
二度目の広間。そこには二体のキメラが鎮座していた。
「……なんで、また」
「またってことは、あっちの生き物?」
「うん。生き物っていうか、おとぎ話に出てくるモンスターみたいだけど……」
アリスはその二体の姿も、ショウ伝で聞いたことがあるらしく、向かって右のキメラをグリフォン、左をマンティコアと呼んだ。ヌエも含めて、何れもあちらの世界に伝わる神話生物のようなものらしい。
神話ならこっちにもあるのに、わざわざあっちの神話を持ち出す理由も、何故知っているかの理由も分からない。あちらの世界への扉を、既に開けてしまったのだとしたら、急ぐ必要がある。異世界がショウの故郷だけとは限らない。だけど、ショウの故郷以外に異世界がないとも言い切れない。もし、ショウの故郷に繋がってしまったのなら、それはもう凄惨なことになりかねない。
ぶっちゃけ、見ず知らずの他人や世界がどうなろうが、私の知ったことじゃない。だから、そこ(・・)についてはどうでもいい。私はただ仕返しとして、ユリシスのすべてを否定しにかかるだけだ。
「ここは、私がやろう」
私は、いや、私も怒っている。
短い付き合いだけど、ショウのことは気に入っている。アリスと同等か、それ以上に。
私もなんだかんだ言って、ユリシスと通じるところがある。身内に甘く、それ以外には、ってところが。それ以外に対する態度の違いが、私達の決定的な違いで、決して理解し合えないすれ違いだ。
「あの世で自慢するといい。君らのような、知性の欠片もない畜生が、新しい魔法の体系を垣間見ることができるんだから」
ああ、やっぱり、こいつらとSistersは根本的に、致命的に違う。何も考えない。戦略も、戦術も、敵も、味方も考えていない。ただ命令されたままに動くだけの機械も同然だ。
猪突猛進するキメラに気を配らず、私は術式の構成に意識を集中させる。こんなところで使う気はなかったけど、ユリシスへの牽制ということにしておこう。
術式を組み終えた私は大口を開けているキメラ達に向けて、手を伸ばした。
「〈廻転――リーインカーネイション〉」
その術式魔法の効果は単純に、対象を廻らせる。輪廻転生の名が示す通りに。何の魔法耐性も受け付けず、一瞬にして対象を輪廻の輪に強制送還させる。特徴としては、具象魔法と術式魔法をかけ合わせたといったところか。
発動に要するのは術式と、空中に漂う魔力。魔力が切れても使える代わりに、空気中に魔力がないと発動できず、これを使うと通常の術式魔法とは違い、空気中に魔力が霧散しない。つまりは完全に消費してしまう。
そのデメリットを鑑みてもなお、非常に強力だと確信した私はこれを完成させた。
結果は見ての通り、あれだけの巨体を誇っていたキメラ達は発生した魔法陣に飲み込まれ蒸発した。
「発動後に頭痛がするのはちょっとキツイな……」
「頭痛で済んでる方がおかしいよ」
アリスの言う通り、この魔法は私と私の具象魔法ありきの性能をしている。私以外の人間がこの魔法を使役できるとは思えない。仮に何らかの方法で使えたとしても、術式の異常な情報量に頭がパンクして一生廃人確定だ。
動けないとまではいかないけど、できれば収まるまで動きたくない。でも、ここを抜ければ目的地であるユリシスの実験室に着く。それを糧に、軽く頭を振って立ち上がる。
「よし、中ボスっぽいのも二回倒したし、そろそろラスボスに挑みに行こうか!」
そう言って私が立ち上がると、奥にある実験室に通じる通路から、足音が聞こえてきた。ユリシスではないということは、残った候補は一人しかいない。
「その前に、もう一人倒すべき相手が残っているぞ」
現れたのは黒髪黒目の男。ショウから聞いていた、刺客の特徴と一致している。曰く、鉄の魔法を操るらしい。ショウが持つ、魔法についての知識が浅いために、それが具象なのか術式なのかは分からない。
「私が彼の相手をしよう。アリスは先に行って、ユリシスをボコってていいよ」
「じゃあ、お兄ちゃんが来るまでに倒しておくね」
我が義妹ながら、頼もしい台詞を残して通路の中へと消えて行く。その間、男は何の行動も取らずに直立していた。
「なんだ。私達を止めるのが目的じゃないのかい?」
「今の私の目的は、貴様を捕らえることだ」
「ふうん」
ユリシスは私も異世界へ連れて行く気なんだろう。あっちなら私を守るものも助けるものも、彼女を邪魔するものも疎むものもいない。その対価はこの男が戦うに足る何か。男が何を求めているのかは分からない。けれど彼女は私を求めている。アリスを向かわせたのも、それへのあてつけという点がある。
一触即発の空気の中、先に動いたのは私でなく、かといって男でもなかった。
「そいつは、俺が倒す」
病衣を纏う、ショウだった。




