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星の光 1

 速さに特化させた大鷲のSisters、パールの背から飛び降りる。ここは私の目的地、自宅だ。アリスには有事の際に逡巡なく、自宅へ向かうように言い聞かせている。ユリシスがどちらに向かったのかは分からないけれど、最終的にはここに帰結するはずだ。


「……アウトかも」


 玄関先に血液が散っている。傷を負いながら帰ったのなら安心できる。間に合わせの応急処置だけをしたのなら安心できない。どちらにせよ、私が直接診ないことには進展しない。


 施錠を解こうと鍵を差し込み回すと、開きっ放しだった。私の中で予感が確信に変わるとともに、人の気配を感じたのか、奥から誰かが走って来る音が聞こえる。


「アリス、何があっ――」

「遅いっ!!」


 目を真っ赤にしたアリスが私の胸板を叩く。いつものような破壊力はなく、声の大きさに力が反比例している。それでも少しだけ痛かった。


「馬鹿! お兄ちゃんの馬鹿! なんでお姉ちゃんなんかに騙されてるのよっ!!」

「それに関しては申し開きもない」


 どうやら、事態は相当に深刻らしい。気丈なアリスがここまで取り乱して、涙まで流しているのは初めて見た。ユリシスに半殺しにされた時でも、泣いてなかったのに。


 私の胸の中で泣きじゃくるアリスの頭を撫でながら、私とショウが初めて対面した場所を目指す。こういう時に、研究所兼自宅は不便だ。急ごうにも距離がある。アリスの歩幅、歩速に合わせたので、時間がかかったものの漸く到着した。


「……ラッキー、さん」

「想定内の最悪だね……」


 止血はできている。なんとかそこまでは回復できたらしいけれど、そこから先はもうどうしようもないレベルの傷、いや欠損を負っている。右の腕と脚が根元から切断されている。対策もクソもない、神出鬼没の不意打ちをされたんだろう。そうでなければ、感の良いアリスと白の結界を持つショウに、手出しができるとは思えない。


 殺されていないだけマシだ。断言できる。いや、この場合は頭が残っているだけマシか。ショウが曲がりなりにも生きているのは、アリスに対する温情だろう。


「私、何もできなくて、アリスちゃんはあの人に向かって行ったのに、私は、見てるだけで……また、見てるだけで……」

「いいや。見てるだけじゃない。ちゃんと応急処置をしてくれてる」


 「また」は私の台詞だ。五年前と何も変わっていない。また私はユリシスに出し抜かれ、また近しい人を傷付けられて、また――


「ショウは私が治す。アリスとユウキちゃんはゆっくり休んでて」


 ため息混じりに私は言う。ユウキちゃんは何か言いたそうにしているけれど、自分はこれ以上何もできないことを理解できている故に、何も言わない。回復魔法は傷を治す魔法だ。蜥蜴でもない、四肢を欠損した生物の手足を生やすだけの効力はない。それは、回復魔法を使うことができる者なら常識だ。


「ショウに、土下座しないとなあ」

「お兄ちゃん?」

「今更だけど、ごめんね、アリス」

「……ショウを、お願い」


 私の謝罪を無視して、アリスはユウキちゃんの手を引いて出て行った。あの子は、私が今から何をするか、きっと気付いていた。気付いていた上で、何も言わなかった。


 ありがたいけど、心境としては複雑だ。まともな感性を持っているなら、悪魔だと罵られてもおかしくないのに。





 手術は何事もなく終わった。ショウの手足は見事に再生し、元の姿と比べても遜色ない。流石天才の私、と言いたいところだけど、二度も同じ過ちを犯した以上、もう天才を名乗る気はない。


「準備はいいかい?」

「うん。お兄ちゃんこそ大丈夫?」

「断言はできないね」


 ショウを治したとはいえ、私の中の自信はぽっきりと折れている。この件が片付いた時には、それが直っていることを祈ろう。

 仕返しはできるだけ早く、迅速に、可及的速やかに。それが正解だと私は思っている。


 ユリシスの元研究所を前に、私達は互いに覚悟を固めた。普段なら廃屋になっているここに、ユリシスはいる。何か、大事なことがあると、ユリシスはいつもここに来る。それだけは私のところにいた時から変わらない。


 ユウキちゃんは単純な実力不足もさることながら、ショウが起きた時に誰もいないのではあまりにも不憫だと思って、留守番を任せた。


「久しぶりに来たけど、やっぱり何か出そうな雰囲気があるよね」

「そういうこと言うのやめて」


 アリスは普段以上に気が立っている。この程度の冗談なら言えるけど、生理だとか言ったら何をされるか分からない。場を和ませるための冗談にも、限度を設けなくちゃいけないようだ。


 蔦這う壁に気味の悪さを感じながら、研究所の奥を目指す。時折通路を走るゴキブリとも蜘蛛ともつかないような生物が気持ち悪い。


 ユリシスの専門は異界だ。それでも私の元にいた経験から、キメラを作ることもできる。私から何を学んでキメラを作ったのかは分からない。Sistersをそうだと言うのなら、小一時間ほどSistersとキメラの違いについて語る所存だ。


「お兄ちゃんは今日Sisters連れて来てないんだから、本当に気を付けてよね」

「大丈夫大丈夫」


 術式魔法の腕は天才とまで言えないにしろ、一般人の枠に収まる腕ではないと自負している。戦闘面ではこれといって特化しているものがない私は、ある種ショウの下位互換と言えなくもない。


 少し広い場所に、キメラがおあつらえ向きに配置されている。RPGで言うところの中ボスその一だ。こうして対面してみても、やはりSistersとは似ても似つかない。


「あ、わたしこのキメラ知ってる」

「そりゃあ、どこかで見たことあるだろう」


 同棲していた家族なら、見たことがあってもおかしくな――おかしい。ユリシスがキメラ製作の技術を手に入れたのは私のところに来てからだ。なのに、私が知らないキメラをアリスが知っているのはおかしい。


「ショウから聞いた、ヌエっていうのと似てる」


 猿の顔、狸の体、虎の手足、尾は蛇のキメラを指して、アリスはヌエと呼んだ。あちらはまだこっちに気付いていないので、身を隠しつつ様子を窺う。


 こうして見ると、生物の構成がフレイヤと似ていると言えなくもない。違う点もいくつかあるけど、それは私の視点で見ているからだ。素人目に同じに見えても仕方がないと思える。


 のそのそと広間を周回しているヌエは見るからに弱そうだ。Sistersのような特性もないただのキメラなんて取るに足りない。私でも余裕を持って倒せそうだ。


「じゃ、よろしくアリス」

「別に一緒に行っても変わらないのに」


 籠手を装着した両手の調子を確かめながら、アリスは広間へ出て行った。


「ッ!?」


 警戒領域(テリトリー)内にアリスが侵入したのを感じとったヌエは、今までの愚鈍な動きからは考えられないような速度で首を動かした。恐らくはエネルギーを節約するために、今までは動いてなかったのだろう。通常の生物が二メートルほどある巨体を常に機敏に動かすには、膨大なエネルギーが必要になる。


 残念ながら、その程度の動きではアリスを捉えることすらできない。

 今ではショウの方が強化倍率は上だけど、アリスの強化は身体能力だけに留まらない。


「〈ブースト・ラピッド〉、〈ブースト・ラピッド〉、〈ブースト・ラピッド〉」


 アリスの強化は、強化という概念が通用するすべてに対して適応される。今のように、術式魔法であれば、消費魔力と効果がより強化される。速さが力に直結すると考えているアリスは、強化系(ブースト)の中でもラピッドを好んで使う。

 ショウとは、系統の違う脳筋だ。


 歩いてヌエに向かっていくアリスは対照的に、ヌエは迅速な排除を目的として駆け出す。私ですら捉えられる速さである時点で、アリスには敵わない。


「退いて」


 冷たく言い放ったアリスは右足で地を蹴った。何の強化も施されていない私の目には、アリスの姿がぶれたように映る。次に彼女の姿を捉えたのは、キメラの顔面に向けて、拳を引き絞っている時だった。


 砲台が火を噴く。音すら置き去りにするその火力を受けたヌエは、顔面どころか体がひしゃげる。踏ん張ることすら許されないまま、壁に衝突したヌエは、圧死体のようだった。


 やっぱりさっき冗談言わないで正解だった。

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