誰も知らない誕生日 9
時刻は既に二十三時。衛界省の要注意人物三人のうち二人である私達は、衛界省の本部の真裏に来ていた。テイルによる景色同化は術式魔法だから、私達にかけてもらえば、その恩恵を受けることができる。そうして姿を隠し、ここまで誰にも気付かれずにやって来た。
「で、わざわざ裏に回り込んでどうするつもりだ? 潜入するなら正面から入った方がいいだろう」
「かーっ! これだから脳ミソの中身がピンク色の女は困るんでありますよ! 分からないなら黙っててくれませんかねえ?」
私をしてウザいと思わせるテイルは、本当に何に影響されてこうなってしまったんだろう。うちにはオタク趣味的なものはほとんどなかったはずだけど。
いがむテイルと無関心なユリシスなど、視界に入っていないゼータと、魔力タンク役のウリスは黙々と術式魔法の準備をしている。
「衛界省の外壁は全面対魔法の術式魔法で覆われている。突破できるとは思えない」
「だーかーらぁ! 黙って見てればいいんでありますよ!」
「そそ。見れば分かるよ。ゼータの本気がね」
ゼータは暗殺向きに作ってあることは前述の通り。メイド服のあちこちには暗器が隠されている。しかし、その真骨頂は魔法の威力にある。普通の人間では発動できないような複雑な術式を覚えられるゼータは、途轍もない威力の魔法を放つことができる。
そんな威力の魔法を撃つにはウリスの支援が必須だけど、地形を変えるぐらいならゼータ一人でもできる。
「発射準備にかかります。皆さん私の後ろへ回って下さいませ」
「下―がってくーださーい」
ゼータとウリスが警告を発する。私たちはそれに素直に従う。未だにゼータを信じられていないユリシスは首を傾げつつも私の隣に立つ。
「では。〈極光条〉」
それは光の束。一直線に伸びる、決して太くはないその光は衛界省の外壁に衝突するとともに、名に違わない光条を生む。
〈極光条〉、それは私が造った魔法のひとつ。比類なき天才である私は、術式魔法を造ることすら造作もない。って言っても、術式魔法の法則を破ることはできないから、あくまでそれに則った性能だ。
術式魔法はその規模、威力、効果に応じて、術式の長さが増す。規模は大したものじゃない〈極光条〉だけど、その威力と効果は私が造ったそれらの中でも、トップと断言できる。そもそも攻撃系の術式魔法自体、多く作っていないのもある。
光の照射が終わると、そこには大人一人が通るのにちょうどいい穴が空いていた。ついでに警報もけたたましく鳴っている。
「……見つかるぐらいなら、隠れて行った方が良かっただろうに」
「こっちの方が近いんだからしょうがない」
ここから無理矢理突破することで、こそこそ隠れて姑息に作戦を決行するよりも、三〇分は時間を短縮できる。先生の考えた作戦は確かに理に適っている。しかし、私はあの子達が大量の職員を相手取るには、未熟だと思う。だからこうして、少し気を引きつけた。
「では、上官殿、参るであります!」
「ああ、頼むよテイル」
テイルの〈フェアリー・スキン〉により、私達の姿が背景と同化する。まあ、かけられた者同士は姿が視認できるから、現状では実感できない。ここに待機させておくゼータとウリスには、〈フェアリー・スキン〉をかけていない。ので、ちゃんと効果が出ているか訊ねる。
「だーいじょーぶでーすよー」
「私達には御主人様達の姿は見えておりません」
確認も取れたところで、私達は早速警報鳴り響く衛界省本部へ潜入する。
ショウに言われた通り、光源には気を付けて、影に細心の注意を払いながら進んで行く。テイルとユリシスにも、事前にその説明はしてある。
目的地は資料室。ショウ曰く、紙媒体で全ての資料を管理しているのなら、それをめちゃくちゃにしてやれば嫌がらせになる。予備ももちろんあるだろうから、それを捜索するために二手に分かれる。私とテイルは資料室へ、ユリシスは予備を探しに、それぞれ別々の方向へ向かう。編成を決める際に、ユリシスはやたらと私との同行を求めた。ほとんど戦闘能力のないテイルを一人にできるわけがないので強行した。
ていうか、ユリシスと二人きりになりたくない。一方的に話しかけられるのは好きじゃない。一方的に話しかけるのは好きだけど。
ユリシスと別れ、テイルにしがみついて天井を這っていく。うーん、表現が矛盾しているような気がする。
「あ、あのう、上官殿?」
「何?」
「流石におっぱい鷲掴みにするのはちょっと……」
私の現在の体勢は、テイルの胸部に手を回し、腹部に足を回している。仮にも女性であるテイルには悪いけど、仕方がないと割り切ってほしい。私は身体能力が非常に低い。腕だけ、足だけでぶら下がろうものなら、自重を受け止められずに落下する。
「別にいいじゃないか。ユリシスと違って、目的地があるんだから」
「嫌とかじゃなくてですね、痛いんであります」
なるほど。そういうことか。私にはおっぱいが付いてないから分からなかった。
「じゃあこうするね」
「上官殿は天然のタラシか何かでありますか?」
「いいや、わざとだよ」
口では飄々としている私の内心は結構焦っている。主に体力的な面で。胸部から首に腕を移動させるだけの動作にも、私はかなり体力を消費した。ただでさえ一般人と比べると体力の減りが早いのに、無理な体勢で無理な行動を起こせばそうもなる。
テイルも私の体力が少ないことは知っている。できるだけ急いでくれていることは、普段より速い移動速度から推し量ることができる。
「あ、そこ、資料室だよ」
「了解であります」
比較的夜目が効く私は、遠目に資料室と書かれた札を視界に捉えた。資料室ほど奥まで来ると職員の姿もほとんどなく、辺りを見渡しても監視カメラと資料室の入り口以外に、目立つものはなかった。
「ここは古典的にいこうか」
私は白衣から一本の針金を取り出した。こういう場所は、魔力を感知して警報が鳴ったり、位置を特定されたりすることが多い。針金でのピッキングは、アリスに家から閉め出された時に、何度かやったことがあるから自信はある。
ショウがいた世界ではこう上手くはいかないだろう。こっちも機械文明はある程度発達しているとはいえ、あっちほど高度じゃない。カードキーとかいうもので施錠させていたら、私は手も足も出なかった可能性がある。
「ここをこうして……こうやればっと……」
針金を適度に曲げ、鍵穴に突っ込む。手の感触を頼りに、針金を弄りながら耳を澄ませる。テイルに人が来ないように見張りを頼み、過ぎた時間は約五分。資料室の鍵が開いた。
「開けたはいいですが、何をするんでありますか?」
「焼却とかすると危ないし、見つかるし、最悪後で指名手配されるから、ここはちょっと変わった手でいこうと思う」
針金に代わって取り出したひとつの瓶。というより、その中で揺れる液体。真黒で水のように揺蕩うそれを、私は大量に持って来ている。
「墨汁……?」
「うーん惜しい! 見た目だけなら墨汁と同じだね」
これは特殊な性質を持っている。文字が書かれた紙をこの液体で汚す。もちろんその文字は読めなくなる。しかし手順――炙り出し――を踏めば、変色した文字が浮き出るようになっている。その手順は衛界省の職員が自力で見つけてもらうしかない。
資料室には年代別に資料が分けられ、半年ごとに別の引き出しに収納されている。一番古いものでも五年前のものだから、大した量じゃない。
「さあさ! テイルもこれをぶっかけるのを手伝ってくれたまえ!」
「大声を出すと見つかるでありますよ……」
私から黒い液体を受け取ったテイルは早速瓶の蓋を開け、資料の汚染に取り掛かった。汚染の方法は実に簡単。資料にこの液体をぶっかけるだけ。それだけで資料を閲覧することは困難になる。
五年分の資料、一〇の引き出しに収納されたすべての資料を汚染し終えた私は、衛界省に対する煽り文を添えておくことを忘れない。
自分の仕事を終えたので、先生から渡されたインカムを使用してユリシスに連絡を取る。
「こちらラック。こっちの仕事は片付いたよ。そっちは?」
『こちらも……片付……が……っている。もう少し……』
「おーい。おーい。調子がおかしいな」
あちらからの声に雑音が混ざっていて、ところどころ聞こえない箇所がある。再度呼びかけてみても、何の反応も示さなかった。離れすぎると通信ができなくなると先生が言ってたから、それだろうか? でも、衛界省内部にいるなら、そんなことはないはずだ。
私は自身の腕時計を見る。時刻は二三時四五分頃。
「いつの間にか、日付も変わってしまったでありますね」
「……え?」
テイルの独り言に、私は思わず口を出した。
「な、何でありますか?」
「今、何て言った?」
私の中に不安と嫌な予感が募る。テイルの言葉が勘違いであるようにと願っている。
「い、いや、日付が変わってるって……ほら、そこの時計……」
テイルが指差した先は入り口の上部にあるアナログ時計。その時計は私が幻覚を見ているのでなければ、〇時一五分を指していた。
しくじった。まさか、ユリシスまでこんな古典的な手を使うとは……
私は右手で顔を覆った。今から私は何をすべきか。今からユリシスを追っても間に合わない。今から茨木公園へ向かっても、あらゆる先回り、Sistersを利用しても間に合わない。なら、彼ら、いや、彼女らがどこへ向かうかを予測する。
「テイル。ゼータかウリスと連絡は取れる?」
「え、ええ。どちらでも」
「じゃあ、ゼータに連絡を取ってもらって、ゼータにパールを呼ぶように言って」
「了解であります」
私の様子からある程度の状況を察したのか、テイルは詳細を何も聞かずに私の言うことに従う。この作戦に参加するSistersにもインカムを渡しておいて正解だった。
これは私のミスだ。ものの見事にはめられた。この私が、あのユリシスに騙されるとは夢にも思っていなかった。慢心、怠慢、そういった単語が私の脳裏に過ぎる。
ショウ、生きてるかな。




