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光れ! サイリウムブレード!  作者: 白辺 衣介
誰も知らない誕生日
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誰も知らない誕生日 7

 解放していた一〇番台のSistersの収容も終え、私は一息吐いていた。私のことが心配なのはいいんだけど、頭が固い子が多いからユリシスの件を説得するのに苦労した。久々に取った長期休暇を、ほとんど彼女らの対処に充ててしまったほどだ。


「お疲れだな」

「元をただせば原因は君なんだけどねえ……」


 冷蔵庫から勝手にスライムを持ち出したのか、私の目の前に青いゲルが注がれたコップが置かれる。精神的疲労でへばっている私は、それを掴むだけの気力もなかった。


 ここ最近、ユリシスにショウの警備を、ショウにユリシスの監視を任せ、Sistersには万が一の際、ショウに加勢、私へ報告するように言っている。今のところは何事もないようで、私が急いで帰宅するような事態にまでは発展していない。


「ねえ、ユリシス」

「どうした」

「君から見て、ショウはどんな子?」


 ショウの評価は大きく二分される。大人二人は魔法を含めたポテンシャルを高く見て、女子二人は何でもできるという風に。どちらにせよ悪い評価ではない。それがショウの才能だ。しかし、近接戦に多少向いているとはいえ、センスは凡人のそれ。私の見立てでは、射撃の方が向いている。そのせいでどっちつかず、ただの器用貧乏になってしまっている。


「力技でなんとかしようとする節がある。具象魔法の詳細は知らないが、それを過信し、自身を過小評価しているように思えるな」

「うーん、やっぱそうだよねえ」


 ショウがあっちでどんな生活を送っていたかは、サイリウムが具象魔法な時点でおおよその予想ができる。あっちでまったく必要がない魔法の才能以外、これと言って秀でた才能がないのも、今までの様子から散見できる。


 もっと自分の才能を信じてもいいと思うんだけどなあ。初戦闘でフレイヤを倒してるんだから。具象魔法だって立派な自分の一部だ。それを含めて自分。まあ、そこは私たち(げんちじん)あの子(いせかいじん)の、価値観の違いか。


「兎に角、この作戦はショウにかかってる」

「そんなもの見ればわかる。ショウが捕まれば終わりだ」


 陽動と本部隊に分かれて行動を行うこの作戦の編成は、前者が未成年、後者が私達二人だ。これはショウの、自分より弱い者がいると、十全に力を発揮する無意識を組み込んでのことだろう。人数比が逆なのは、足手まといを生まないことにもなる。


 最悪なのはユリシスの言う通り、ショウが捕まった場合。それ以外に悪い事態がほとんどない代わりに、そうなる確率は決して低くない。


「それよりも、分かっているのだろうな」

「ああ、分かってるよ。これが片付いたら、ここにある研究材料は全部好きにしていい」


 『研究材料』には、異世界へ跳ぶための装置や、クレアも含まれている。それらすべてをユリシスに引き渡す代わりに、私はユリシスを一〇日間こき使う権利を手に入れた。対象の中にSistersが入っていないだけで、私からすれば破格の契約だ。


 例えSisters以外のすべてを失おうとも、私にはこの白衣がある。無闇に使いたくない代物だけど、こういう時は何よりも頼れる。


 早朝だけあって私達以外誰も起きていない。基本的に、健康的な生活リズムを送っているショウも、早朝五時はまだ起きていない。そう慢心していたのが悪かったのかもしれない。私の今の声は、リビングの戸を挟んでもはっきり聞こえる声量だったようだ。


「……お兄ちゃん、今の、本当?」


 非常に深刻な表情をしたアリスが戸を開けた。ショウじゃなかっただけマシと見るか、幼いアリスな分面倒を見るか、私は決められなかった。


「本当だよ。この件が落ち着いたら、ここにある資料材料は全部ユリシスにあげる」

「…………っ」


 何故か私以上に苦い顔をするアリス。大嫌いな姉が得をするのが癪なんだろう。アリスは私とユリシスが出会う前から姉が大層嫌いだったらしいから。

 ショウの手前、手を出せないアリスはぐっと拳を握りしめ、怒りを抑える。行き場を失った怒りの出口は口だった。


「なんで……っ、なんでお姉ちゃんは、異世界の研究をしてるの?」


 私はユリシスを横目で見た。まさか、自分の妹にさえ目的を明かしていないとは思っていなかった。ユリシスは私には必要以上に話しかけてくるくせに、そういう重要なことを重要な人に知らせておかない。あんまり私も人のこと言えないけどさ。


 妹に糾弾されてなお、平然としているユリシスは大きなため息をひとつ吐いて語りだす。


「見たい、知りたい、感じたい。新しい世界を、私の知らない世界を。それだけだ」


 曰く、『この世界はあまりに単純すぎる』。私はそう思わない。あらゆるすべてを理解する魔法を使えても。ただ、ユリシス・フライハートというひとりの天才を収めるには、この世界は狭すぎるようだ。

 姉の真意を漸く知った妹は、ぎりと歯を噛み締めた。もし視線に力が宿るのなら、今頃ユリシスは死んでいるだろう。


「そのためだけに、お姉ちゃんの身勝手で、ショウを殺すの?」

「ああ。私にとってはあの少年も、利用価値があるだけで、有象無象と変わりはしない」


 怒りを通り越したのか、驚愕したのか、その言葉を聞いたアリスは弛緩した。


「もう、いいよ」


 アリスは呆れたのでもなく、驚愕したわけでもなく、諦めた。自分にはユリシスを理解することなど、不可能だと理解した。首を横に振ったアリスは、踵を返してリビングから出て行く。


 流石に同情する。こんな狂人が身内だなんて、私なら絶縁して、行方を眩ませるまである。私とクレアは互いを嫌うあまりに、関わることを避けていた分、いくらか精神衛生上は楽だった。両親が早世したおかげで、自立も早くできたしね。


「さて、作戦も決まったことだ。アカシ ショウを鍛えなければならないな」

「そうだね。時間も多く残ってるとは言えないし、徹底的に扱かないと」


 残っている時間はあと三日。先生もこちらの事情を考えてくれたのか、作戦決行は最終日になっている。その間に十全にショウを鍛えておけという意図が、言われるまでもなく見え透いている。

 私の領分は純粋な魔法戦だけど、その他の穴はフライハート姉妹が埋めてくれる。


 私達が早朝に作戦会議をしていたのは、時間を有効活用するためだ。たかが二、三時間数日睡眠時間を削ったところで、人間に多大な影響は及ぼされない。最終日に合わせて体調を整えればそれでいい。


 今日は私が青色を用いた変則魔法戦を、明日はフライハート姉妹が近接戦を担当する。本人には伝えていないけれど、修業だの何だの言っておけば納得するだろう。


「さあショウ! 私と一緒に武の極を目指そうじゃないか!」

「…………はあ? ついにイカレたのか……?」


 私の一声で目を覚ましたショウは、目脂の付いた目元を擦りながら暴言を吐いた。低血圧なのか、普段よりも若干機嫌が悪い。無理矢理起こしたのも理由のひとつに違いない。


「修業だよ修業。少年漫画は読んでないのかい?」

「男の、必須科目だろうが」


 伸びをしながら答えたショウは全身を解し、ベッドから降り立った。

 暖かくなってきた昨今に合わせて、半袖で眠っていたショウはその襟元を少し伸ばす。確かに今日は、いつにも増して気温が高いように感じる。


 適当に割り当てた空室は、とっくにショウのものになっている。オタク趣味的なものがこっちではあっちよりも貧相だと、時折愚痴を零している割に豊富に見えるのは、その辺りについて、私が一般人だからだろうか。


 クローゼットを開け、その中から運動に適した服装に着替える。ショウは周りの目をあまり気にしないので、同性ということを差し引いてもまったく動じていない。


「それにしても、こっちに来た時と比べると、体格良くなったねえ」

「そりゃあ、運動量が比にならねえからな」


 少食だったのか、痩せぎすだったショウの体は、こっちに来てから随分と見られるものになった。本人の言う通り、諸事情から運動が必須だったこと、細かった食がいくらか改善されたことが大きい。私のようなヒョロガリとは大違いだ。性質的には、研究者とオタクは似ているはずなのに、どうしてここまで差が付いたのか。


「で? 修業ってなんだよ」


 ジャージに着替えたショウはベッドに腰を下ろす。その間にも、簡易的な上半身の準備運動を行っている。誰が彼をここまで脳筋にしたのだろう。


「今まではユウキちゃんと、ショウの性分に合った修業をしてたと思うんだけど」

「おい待て何で知ってる」

「今日と明日は真の意味でショウに合った修業をするよ」


 付け焼刃でも、焼きが回らなければ十分。今回はその場凌ぎをするだけでいいんだから。


「殺す気でやるから、死ぬ気で頑張れ」

「俺の質問に答えろ」

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