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光れ! サイリウムブレード!  作者: 白辺 衣介
その光の名前は
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その光の名前は 2

 私の実験は成功と失敗の狭間に挟まれた。成功と言えば成功、失敗と言えば失敗。そんな曖昧な結果に終わった。何故そんな結果に終わったのかの見当はついている。圧倒的な燃料――つまりは魔力の不足だ。


 私の研究所ごと異世界に跳ばすことに、膨大な量の魔力が必要だということは理解できていた。しかし、具体的な量が不明だったために、現界できた時間はおよそ五分程度。人体であれば長い時間現界できることは、我が身を以て証明済みである。


 つまりは、指定した空間の体積によって、時間毎に消費する魔力の量が増減する。

 今回の実験は、その結果が知られただけでも良しとしよう。


 さて、スライムのロックでも飲みながら休憩しようか。

 そう思い立ち、席を立ったその時、研究所に部外者が入り込んだことを知らせる警鐘が、実験室に鳴り響いた。はて、施錠セキュリティはしっかりと施していたはずなのだが。


 研究所を余すところなく監視するカメラのうち、部外者が今いる場所を映し出していたのは、私のSistersが生活している区域――通称姉妹部屋だった。それも、運の悪いことに、部外者君はフレイヤのいる部屋から侵入したらしい。フレイヤはSistersの中でも力が強い部類に入る。強力な魔法を扱うことができない限り、フレイヤを倒すことはできない。


 冥福を祈り申し上げよう。


「可哀想な少年だ。そんな若い歳で、命の花を散らすと……んん?」


 カメラの映った少年をよくよく観察してみれば、少年は不自然なほどに魔法を使わない。そこで私は少年が異世界人であるという結論に至る。


 まずいなあ、これ。ばれたら研究費用全額カットとかあるなあ。


 万が一にも実験中に人を死なせたとなると、たとい異世界人と言えど、懲戒処分を食らう可能性が大いにある。ただでさえお国から睨まれている私だ。何か不祥事が起これば、それに目くじらを立てるクソ大臣に詰められる。


 私は現場に急行することにした。フレイヤには、部外者は取りあえず殺しておくように命令している。だって部外者ってだいたい暗殺目的だし。フレイヤの行動速度がSistersの中でもワースト五に入ることは、私にとっても少年にとっても不幸中の幸いだ。


 ああクソ、こういう(はしっている)時に白衣は邪魔だ。私も、もっとコンパクトなやつが良かったなあ!


 嘆いても仕方がない。これは私の生活必需品。常に身に着けておくことに、義務すら生じている。まったく我が身のことながら、困った魔法だ。


 実験室から姉妹部屋はさして遠くない。だのに、時間がかかっているということは、私の運動不足が要因の第一位に挙げられる。頼む少年、私が着くまで何とか耐えていてくれ!

 姉妹部屋の入り口に差し掛かる。フレイヤの部屋はかなり深部。彼女たちの部屋を横切る度に愛らしく挨拶をしてくれるが、残念ながら今の私にそれを返している時間はない。


「すまないLovely my Sisters! 傷付いた子は後で私がメンタルケアしてあげよう!」


 今はとにかく走るべき。少年がフレイヤに殺されてしまえば、この子達を養うだけのお金も失ってしまう。それだけは必ず避けなければならない。


 Sistersを無視することで生じた、途方もない罪悪感を代償に、私は漸くフレイヤがいる部屋に到着した。すぐさま部屋のロックを解除し、部屋を見渡した。


「……おお、これは……」


 フレイヤは頭部を縦に切断され、少年は壁を背に気を失っていた。

 この程度の怪我なら、フレイヤはしばらくすれば回復する。だが、少年はそうではない。何らかの深い傷を負っていた場合、回復魔法を施さない限り死んでしまう。異世界の人々はこっちの世界の人々とは違い、魔法を扱うことができない。


 私は少年に駆け寄り、まず呼吸をしていることを確認した。ここでまず一安心だ。

 目立つ外傷こそなかったが、見るからに左の肩がひしゃげている。恐らくはフレイヤに投げ飛ばされ、壁に激突したのだろう。フレイヤの他の攻撃は、異世界人であれば一撃必殺だ。


「よい、しょっと」


 フレイヤには悪いが、先に少年の傷を治すことが先決だ。

 肉体労働はからきしの私が人一人背負って移動することは十分な重労働で、実験室に戻る際に費やした時間は、来た時と比べて数倍だった。


「さて、と。回復魔法なんて久々だから、上手く使えるか心配だなあ……」


 適当な台に少年を寝かせ、私は回復魔法の準備に取り掛かった。





 俺はサイリウムに対する疑問を抱いた直後に気を失った。そして、目を覚ましたのは、よく分からない部屋の中だった。

 近未来的な機械があると思えば、科学的、化学的な実験器具の数々。そんな、理系以外にまったく統一性のない部屋にある、ひとつの台の上で、俺は目を覚ました。


「まさか改造とかされてねえよな……?」


 あんなキメラを見た後だ。自分の体が正常である保証はどこにもない。もしかすると、俺はこれからバイクを駆るヒーローに、蹴り倒されたりしてしまうのだろうか。


 俺が自分の体をあちこち触って、自身の体が弄られていないかどうか確認していると、部屋の戸が静かに開き、白衣を纏った白髪蒼眼の男が姿を現した。


「やあやあ。大丈夫? 体は正常に動く?」

「……動く、な」


 男の言葉を聞いて、砕けたはずの左の肩を回す。動いたのはもちろんのこと、痛みもなかった。なんなら、患っていた慢性的な肩こりもなくなっていた。


「それは良かった。回復魔法は久々だったから、自信がなかったんだ」


 手に二つ持ったコップのうちひとつを俺が乗っている台に乗せると、男は言う。


「冷えたスライムだ。美味しいよ」


 コップを手に取って中身を覗き込むと、濃い青色の液体のようなものが注がれている。試しに揺らしてみると、それが液体ではなくゲルのような、ゼリーのようなものだと気付けた。

 男はこれを冷えたスライムと言ったが、スライムと言われて連想されるのは、RPGの序盤によく登場する敵の類いだ。顔を顰めた俺とは対照的に、男はそれを美味そうに飲んでいた。


「まず私は、君に謝らなければならない」

「俺は、あんたのせいであの化け物に襲われたのか?」

「そうだね。責任の比率で言えば、七対三で私が悪い。本当にすまないと思っている」


 男はそう言って、深々と頭を垂れた。台詞から、「自分は悪くないけど、一応謝っておくか」という心境が漏れている。何が「本当にすまないと思っている」だ。

 何がどうして俺がここに迷い込んだのかは分からない。その説明は、今からこの男がしてくれるだろう。見るからに頼りなく、俺から見ても貧弱な体格をしているこの男が、どうやってあんな化け物を手懐けたのかを。


「私の名前はラック・クラック。人は私をラッキー博士と呼ぶ」

「んな前置きはいいから」


 そんなどうでもいい情報(あだな)を知りたいわけじゃない。俺がその旨を告げると、ケロッとした様子のラックは続けて話し始める。


「あ、そう? じゃあ本題に入るけど、君、しばらく元に世界に帰れないよ」

「は?」

「空間ごと異世界に跳ばすのは膨大な燃料、有体に言うと魔力が必要でね。安全に跳ぼうと思うと、丸一年は魔力を溜めなくちゃいけない。それでも十秒程度が限界なんだ」


 ラックはそれに加えて、今回の次元跳躍が約五分だったこと、今回は魔力を外部から買い付けたこと、今のラックにはもう、魔力を購入する資金はないことを告げた。


 魔力が通貨代わりになることにも驚いたが、研究職についているクセに金がないことで悩んでいることに驚いた。この手の大掛かりで前人未到な事業研究には、国から莫大な資金が送られていると思っていた。

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