誰も知らない誕生日 6
「お兄ちゃーん? 鍵開けっ放しだった……よ……?」
いつもならラックの失態に文句を言うアリスだが、ユリシスの姿を見るなり言葉が消えた。戸を開けたまま固まった、アリスを庇うように俺は前に出る。
ユリシスとアリスにも因縁があってもおかしくない。ラックと違って、アリスは常識ある性格をしている。こんな風に過去などなかったかのように振る舞うことなどできない。
「お姉ちゃん……っ!」
憎々し気に呟いたアリスは具象魔法である籠手を装備し、臨戦態勢に入る。俺に向けられたものではないとはいえ、背後から感じる殺意に肝を冷やす。
いやちょっと待て、今お姉ちゃんって言った?
「久しぶりだなアリス。あの時は巻き込んですまなかった」
「今更よく会えたね。二度と会いたくなかったのにっ!」
アリスとユリシスの顔を交互に見る。
ああ、似ている。確かに似ている。髪と目の色はもちろん、目鼻立ちに至るまでが似ている。ラックよりもよっぽど似ている。そういえば、前にラックが「血が繋がってない」とか、そんなこと言ってたような気がする。あいつが言った嘘は悩みに関してだけで、後者に関しては本当だったってことか?
歪んだ顔でラックを見ると、ぐっとサムズアップしていた。
「お前、わざと言わなかったな……?」
「だってその方が面白いじゃないか」
それはお前だけだ。この一触即発の空気の中、よくそんな台詞を吐けたもんだ。
今ラックを責めても事態は好転しない。アリスは実姉を目の前にして完全に我を失っている。いざとなったら頼れない大人の代わりに、俺が止めないといけない。
不測の事態に備えて、白の結界だけは起動させておく。
「お姉ちゃんは、ここでわたしがっ!」
アリスの具象魔法は純粋な強化。幼い頃からそれと向き合っているだけあって、俺の緑よりも圧倒的に使いこなしている上に、火力も十分に高い。何の強化も施されていない、生身の人間が食らえばまず死ぬ。穴が空くどころか爆散しそうな威力だ。
だが、俺の結界には物理も魔法も関係ない。空を裂く攻撃ですら通さない、絶対防御。打ち破る攻撃は存在しないと、ラックに言わしめた見えない壁は、アリスを強引に止めた。
「へぶっ!」
結界に激突したアリスは、中学生の女子らしからぬ声を漏らし、鼻を押さえながら真っ赤な顔で俺を睨んだ。恥ずかしいやら、怒っているやら。
「何で邪魔するのっ!」
「今回に限っては味方らしいし、ラックを信じてみないか?」
「お兄ちゃんなんか信用できるわけないじゃん!」
「このストレートは効くなあ」
突如としてアリスの口から飛び出した、火の玉ストレートを食らって悶絶するラック。日頃の行いからしてアレなので、今更弁明を行ったところで、大した意味にはならないだろう。
ラックが何を吹き込んだのかは本人が語らない以上、俺からは詮索しない。今まで、鉄の男を二度に渡って差し向けているユリシスが、さっき隙だらけだった俺に何の手出しもしなかったことから、信頼できる契約を交わしていることは確か。
ユリシスを睨みながら唸っているアリスには悪いが、今はまだ、その溜飲を溜め込んでもらわなければならない。
「アリス、今はこいつの力が必要なんだ。分かってくれ」
「う、ううぅ……っ」
俺の言葉を信じたいという思いと、ユリシスへの憎しみの間で葛藤するアリスに、一因であるユリシスが優しい声音で声をかける。
「なんだアリス、アカシ ショウのことが好きなのか?」
「うるさい! 黙って!!」
数分にしてユリシスに俺への好意を看破されたアリスは、顔を真っ赤にして喚いた。好意を隠したい気持ちは分からないでもない。しかし残念ながら、アリスのその気持ちは、この場にいる全員が気付いている。
俺による妨害、ユリシスによる茶々で、完全にペースを乱されたアリスは半ばやけになりながらも、具象魔法を解除した。
「アリスは何のことだか分からないだろうし、私から今何が起こっているか説明しよう!」
天敵にも近い人間が隣にいる割に、やけに生き生きしているラックは、アリスに現状をかいつまんで説明した。
「じゃあ、えーかいしょー? を説得しないとショウが連れて行かれるのね?」
「いや、説得なんかできるわけないじゃん。研究以外能がない大人二人と子供二人だよ? 馬鹿が四人集まったところで、頭の固いお偉いさんを納得させられるとは到底思えないね」
自分含めて馬鹿を言い切ったラックに反論する者はいない。俺はもちろん、アリスも決して頭が良いとは言えない。アリスがラックに学園関連の話をしたがらないのは、馬鹿を晒さないようにしているからでもあるだろう。ユリシスに関しては初対面も初対面だが、こいつは自身が興味あること以外はてんで駄目な、典型的な天才型だと見た。
やれやれと言わんばかりの、むかつく態度を取るラックを見る白い目が二つ。ラックはそれをいつも通りに気にせず、ニヒルに笑った。
「だから、別の手を執る。私を敵に回すとどれだけ面倒になるか、体に教えてやるのさ」
「それはいいが、それだと貴様らまで手配されることになるぞ」
ユリシスの言うことは尤もだ。俺を衛界省の手から逃すために、国の手に追われる羽目になっては本末転倒。状況が悪化している。それなら俺がサイリウムなり何なりを利用して、一人で逃げるか脱出する方がまだ無難だ、
「要は衛界省から、ショウを追うだけの余裕、をなくせばいいんだよ」
「……ほんと、いやらしいね」
「はっはっはっ。褒め言葉として受け取っておこう」
ラックの策は、犯罪にならない範囲であり、かつ『ラック一派』がやったと知り渡れば実に効果的だ。そんな回りくどくていやらしい手を非難するアリスはしかし、別の案がないために否定できない。
「さて、どう余裕をなくすかだけど、それは先生に作戦考案を任せてある」
「ほう、私が絡んでいるのに、よく芝氏を説得できたな」
「ああ。後で君を殺すと確約したら、快く承諾してくれたよ」
本人の前でする話じゃねえだろ。ユリシスも「そうか」の一言で流してんじゃねえよ。
悪意あるボケと天然のボケに囲まれ、暮らしていたアリスの気苦労が知れる。一々口に出して突っ込んでいたらキリがない。暴力に訴えるのも、今なら理解できた。
「友貴ちゃんもこの作戦に乗り気らしいよ。良かったねショウ」
「はあ?」
ラックの言葉の意図が理解できない。それはいつものことなんだが、いつにも増してだ。まるで俺が友貴に好意を抱いているかのような言い回しはやめてくれ。アリスからの視線が痛い。
「まあ、何せ、とにかく、戦力が増えるのなら、それに越したことはねえ」
動揺が隠せていないのが自分でも分かる。どもりこそしなかったものの、意味のない言葉が複数語頭に付いた。
「それじゃあ、先生から案が来るまで適当に言い訳して、衛界省を躱すってことでいいかな? あ、ショウは外出しないようにね」
「はいよ」
これだけ根回しをしているラックのことだ、学園側にも既に話を通しているに違いない。
ひとりだけなら何とか捌き切れたが、複数人を相手取るとなると、実力が足りない。それ故、Sistersが密集しているここに俺を置いておくのは得策だ。
短い春休みだと思って、ゆっくり休ませてもらおう。




