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光れ! サイリウムブレード!  作者: 白辺 衣介
誰も知らない誕生日
16/30

誰も知らない誕生日 3

 ラックに天誅を下してから、俺は眠りに就いた。翌日の朝まで眠っていたのを確認してから、ラックが言っていた台詞を思い出した。あいつの言っていた、キューピットの意味は紛れもなくあれだろう、頭に恋のってつく。


 となると、アリスは俺のことが好きらしい。

 誰かに好かれた経験がないので、対処が分からない。ぎこちなく接して覚られると、アリスも今後接しにくいだろうから、あくまで自然体でいよう。とはいえ今日は平日だ。普通に仕事がある。最近は屋上清掃もサボり気味だったから、真面目にやらないといけない。元々人員が足りている作業員に配属されているから、文句は言われないが。


 幸い時間は普段よりもあったので、朝風呂を浴びて動きやすい普段着に着替える。屋上清掃はほぼ毎日行っている、友貴との鍛錬をサボる理由にはならない。

 一連の準備を終えてリビングで寛いていると、後頭部を擦っているラックが入って来た。


「おはよう」

「おう」


 カップにコーヒーを注いだラックは俺の正面に座って、一口コーヒーを飲んだ。


「ねえ、ショウはどうしてテイルが潜んでるって分かったんだい?」


 テイルが誰を指しているのか、察しがついている俺はその質問に滞りなく答える。


「耳を澄ましたら妙な音が聞こえたから、試しにサイリウムを光らせてみたら影ができた。その影を追い詰めたらげろっただけだ」


 アリスにはきちんと目隠しをしておいた。こんなしょうもないことで睡眠を妨害するわけにはいかないからだ。

 しかし、Sistersは一芸に秀でているのが羨ましい。俺はすべてが中途半端で、なまじ何でもできるばかりに才能が伸びにくい。魔法までもが、俺自身の個性を反映している。ラックを羨むのは悔しいが、羨望の意がないと言えば嘘になる。


「なるほどねえ、納得だ」


 ゼータやテイルとやらが持つのは光を透過する能力ではなく、衣服を含めた自身を周囲の景色に変化させる能力だ。その能力の及ばない影までは干渉できない。俺の指摘をすんなりと受け入れるラックは、すぐにでもその対策を講じるだろう。


 こっちでは春が長いらしく、二月後半だがすでに十分暖かい。体温の高い奴なら、半袖で過ごしても大丈夫だろう。目の前のマッドサイエンティストは今日も白衣を着ているが。


「で、まあ、お前の相談だけど」

「ああ、それ嘘だから気にしなくてもいいよ」

「は?」

「私の悩みはユリシスだけだからね」


 あっけらかんと言い放ったラックは、残ったコーヒーを飲み干すと席を立った。


「さ、そろそろ行こうか」


 俺は大きくため息を吐いた。



 トングとゴミ箱を両手に引っ提げ、地上四階でゴミ拾い。そんな俺の後ろには、友貴がぴったりと張り着いている。芝家の事情が判明してからおよそ一か月が経過したが、未だに友貴の扱い方がピンとこない。他に友達がいないのだろうか。


 その旨を質問してみたところ、


「えっと、アリスちゃんと、ラッキーさんがいます」


 絶望的であることが判明した。よくもまあ、こんな性格で今までいじめに遭わなかったものだ。特に小学生なんて、最も理不尽な時期だろうに。

 ラックを友達に数えるのはやめておいた方がいいとは言えなかった。二人の名前出している時の友貴はとても嬉しそうだった。いじめられないまでも、最近まで友達がいなかったのは確実だ。


「友貴はそれでいいのか?」

「? はい」


 俺が尋ねると、友貴は不思議そうな顔をしつつ肯定した。高校三年生にもなって、ここまで無知だと心配になる。こいつは社会経験が足りなさすぎる。友大の援助なしで授業免除が許されるだけの学力はあるらしいが、知識だけでは世間を渡って行けない。高校を卒業して、大学に入って、早ければそこで詰みだ。コミュニケーションがすべてではないにしろ、何か、事件にでも巻き込まれると終わる。他人事ながら、俺は頭を抱えた。


 友大は放任主義だし、曲がりなりにも年上である俺がなんとかしてやらないといけない。


「お前がそれでよくても、それでよくない奴がいるんだよ」

「誰ですか?」

「俺とか、多分アリスも」


 友大は友貴にほぼ無関心だ。必要最低限の保護者として振る舞いはしているが、裏を返せばそれだけ。あいつはユリシスへの復讐に憑りつかれている。嫁第一すぎて他が見えていない。後を継ぐとは言ったものの、俺はラックに投げるつもりだ。


 ラックも友貴がどうなろうと、我関せずといったスタイルは崩さないだろう。俺を助けたのも、元を辿れば自身の保身のためだ。

 となると、常識あるアリスと俺以外に、友貴のまともな味方はいない。単純な力ではアリスはSistersを含めてナンバーワンだろうが、あいつもあいつでまだ中学生、人生経験が足りていない。二十年も生きていない俺でも、大馬鹿な大人二人よりは頼れると自負している。


「生くんは、どうして私を気にかけてくれるんですか……?」


 今まで親にすら必要とされていなかった弊害か、友貴はとんでもないことを口にした。


「んなもん、友達なら普通だろ」

「友達、ですか……」


 まあ、ピンとこないのも仕方ない。恐らくは初めての友達が俺だから。

 本当の意味で初めて会った時と比べると、怯えるようなことはなくなった。遠慮がちなのは生来の性格だろう。自分を強く出せない奴に無理を言っても、逆に縮こまってより自分を出せなくなる。だから、今の状態よりも好転することはない。


 だらだらと行っていた屋上清掃も終わり、いつも使っている出入り口から屋内に入って、目の前にあるロッカーに道具を収納する。事前にここのロッカーは好きに使っていいように言われているので、俺は道具入れにしている。


 友貴を連れて食堂で昼食を済ませようと思っていた俺の視界に、一人の少女が入り込む。赤紫の髪に、ルビーのように透き通った瞳が、俺を見上げていた。

 時刻は昼休みを示している。生徒がいてもおかしい時間ではない。一人で屋上に訪れた生徒を見るのはこれで漸く二人目。その事実が言い知れぬ緊張感を生んだ。


 それは俺が変に気にしているだけだ。うちの生徒がうちの屋上に来て、何も矛盾はない。そういう、珍しい日に当たっただけだ。そう言い聞かせて、少女から視線を逸らす。


「ねえ、あなた、せんせえの知り合いだよね?」


 少女の声が俺を凍らせる。魔法ではない。ただの声だ。何の変哲のない声が俺の体を縛る。

また刺客か何かか? なら動くべきだ。この状況での不自然な沈黙は即ち是。心を震わせて俺は少女を見下ろした。


「……ラックのことか?」

「うん、そう。私のせんせえ。やっぱり、知り合いなんだね?」


 薄く笑う少女は気味が悪い。願わくば、この不気味な少女が生者でないことを。


「私、せんせえのこと大好きなの。好きで、大好きで、愛してるの」


 少女がゆっくりと階段を登ってくる。コキュートスですら生温い。少女は冷たく燃えている。俺には少女が愛を騙っているようにしか見えなかった。


「だから、私の知らないせんせえを教えて?」


 ぐっと俺の目を覗き込む。異性の顔が目と鼻の先、後数ミリで触れてしまいそうな距離にあって言葉が出ないのは、経験値不足のせいではないだろう。これは少女ではない。その皮を被った幽鬼か何かだ。


「知らねえよ」


 振り絞って出した答えはそれだった。

 あいつには良くも悪くも裏がない。いや、表がない。誰でも馬鹿にして、誰にでも嘘を吐く。あいつは一種の悪だ。強いて言えば、Sistersに優しいぐらい。


「……じゃあ、言い方を変えるね。せんせえの弱みを教えて?」


 一旦顔を離した少女はつまらなさそうだった。大方、アリスにも似たような質問をしたことがある。そして、同じ答えが返ってきたのだろう。この態度を見るに、この少女はユリシスと似て非なる偏愛家だ。しかし双方ともに、嘘を吐いた後が怖い。


「あいつに弱点があるわけねえだろ」

「……そう」


 俺の答えを聞いて踵を返した少女は、俺への興味を完全に失っていた。凍てつく声も、雰囲気も、ぱったりと感じなくなった。しかし、名前も知らない少女が視界から消えるまで、俺はその場から動くことはできなかった。


 ……初めてあいつを可哀想だと思った。


「……生くん? どうかしましたか?」


 中々戻って来ない俺を心配したのか、戸を開けて友貴が顔を出した。


「うーん、アンラッキーエンカウント?」

「?」


 ゲームはやらない友貴は疑問符を浮かべる。こっちにも一応ゲームがあることは、ラックの自室で見つけたSTGのソフトで確認済みだ。というか、あいつはSTG以外持っていないようだ。


 友貴は俺の台詞が理解できないが、あれはそうとしか言いようがない。確実に逃走できるアイテムを偶然持っていただけで、それがなければ即死するタイプの敵だ。あの少女の魔法の腕とかはまったく知らないが。


「食堂、行くか」

「はい」

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