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光れ! サイリウムブレード!  作者: 白辺 衣介
誰も知らない誕生日
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誰も知らない誕生日 2

 この研究所で、私が見られない場所はない。トイレや風呂などの場所は除いて、すべての部屋、廊下が死角なく見渡せるように監視隠しカメラを配置している。この事実は私とユリシス以外知らないものだ。


 だから私は、アリスの「ショウと仲良くなる」ための行動の、一部始終を見ることができる。


 元々はアリスがショウと仲良くなるために、力を貸してほしいと私に頼み込んできたのが発端だ。その感情の出所が恋か興味かはどうでもよかった――現状を見るに、恋の方だろう――私は、面白そうだったので二つ返事で了承した。

 私の三文芝居に見事に引っかかったショウは、アリスにある程度踏み込むことになるに違いない。というか、彼はもう少し私の言葉を疑うべきだ。


「小声で話されると音声が拾えないな……」


 アリスの部屋はやたらと本が多い。私の部屋もそうだけど、アリスの場合は物語がその九割を占める。残りの一割は教科書類だ。その本だらけの部屋にあるベッドで、アリスはショウと何やら小声で会話をしている。これではカメラで音声が拾えない。


 しかし、この状況に対応できない私じゃない。私は天才なんだから。


「もしもし、テイル? 調子はどうだい」

『こちらSN-020。これ以上ないベストコンディションであります』


 先生からもらったインカムを通じて、テイルと通信する。

 隠密行動に優れたSisters、テイルを既に派遣している。ゼータも隠密系だけど、あの子は暗殺系統に向けてあるから、今回はテイルを選んだ。


 私の趣味で張り巡らせてある特に意味のないダクトを通じて、テイルはアリスの部屋の直上に潜んでいる。テイルは壁や天井に張りつくことができ、姿を消すこともできるので、音もなく部屋に忍び込めるってわけさ。

 カメラは姿を消したテイルをも捉えられる。通常のカメラとしての機能だけでなく、暗視、赤外線、サーモを完備している。機械には先生ほど強くない私が結構本気を出した力作だ。


『SN-020、これより目標の部屋に侵入いたします。今後はジェスチャーで状況報告を行うであります』

「オーケー。くれぐれも物音を立てないようにね」

『サー』


 テイルはSistersの中でもキャラが濃い。他のみんなにも性格は一応あるけれど、テイルは口調も相まって、アリスと比べても印象に残りやすい性格だ。服装は私の趣味だけど、性格はその限りじゃない。一桁(シングル)を除いて、彼女らは素体や、生まれてから触れてきたものに色濃く影響を受ける。彼女は陸軍にでも影響を受けたんだろう。それか一種の中二病か。


 部屋の天井裏からダクトを抜け、天井に張りついたテイルは慎重かつ手早く、二人がいるベッドの近くまで移動する。ベッド脇の椅子に座るショウが、一瞬テイルと視線が合う。


「肝が冷えるねえ」


 台詞とは裏腹に、私のテンションは非常に高い。こういう、はらはらする展開は私の大好物だ。心が躍ると言ってもいい。ばれると後が怖いけど、それを踏まえてなお楽しみたいものが目の前にある。

 私がショウに頼んでおいた、適当な依頼を律儀にこなしているショウの声を聞いて、くつくつと笑いが漏れる。


 邪魔者が現れなければ、この楽しい時間は絶えずしばらく続いていただろう。


「今、いいところだから邪魔しないでもらえるかな」

「邪魔できるような状況ではなくなってしまったがな」


 私の背後に現れたユリシスは、呆れたように両手を上げた。彼女の周囲には既に、幾人かのSistersがいつでも彼女を攻撃出るように控えている。いくらユリシスでも、死角は攻撃できない。彼女らに教えておいた戦術が、漸く役に立った。


 振り返れば、ユリシス足元でマリーが尾を振り上げ、壁面ではナタリアが口を開けている。首筋にはクインが針を構え、背後ではザンが魔法を放とうとしている。


「わざわざ敵地のど真ん中までやって来て、何の用だい?」

「何、一週間後にアリスの授業参観があるそうではないか」

「そうなんだ。私、書類とか読まないから知らなかった」


 アリスが私にその手の手紙を渡していないのも、不知の一端だろう。あの子は金銭面以外で、あまり私を頼りたがらない。今回の依頼は例外だ。


「一緒に行かないか?」

「頭おかしいだろ君」


 どこの世界に、半殺しにした奴の授業参観に出る馬鹿がいるんだ。いくらアリスを可愛がっていると言えど、当人は絶縁したつもりなんだから、顔を合わせないのが普通だろう。

 どうして血が繋がっているのに、ここまで性格が違うんだ。ユリシスはアリスに常識を吸われて生まれてきたのかな?


 そんなことを言い出したら、私とクレアはどちらにも常識がないんだけどね。


「まあ、貴様が出ないと言うのなら、私も出る理由はない。どうだ?」

「出るわけないじゃん。そもそもその日は私も別で授業がある」


 授業参観を行うのは休日が通例だけど、その日は私の授業で成績不振な生徒のための補講がある。私をこよなく愛するアルマも、その対象のうちに入っている。その彼女をほっぽりだして、言わば別の女のところへ行ったとなれば、既成事実を作られるもやむなしだろう。


 そんなわけで、私の人生は一人の教え子に握られているも同然なのである。


「そうか。用はこれだけ、と言いたいが、最後に一つ、質問をいいか?」

「勧誘ならお断りだよ。玄関にもそう張り紙がしてあるだろう?」

「ふふっ。そうだったな。では、また日を改めるとしよう」


 馬鹿なことをしに来ただけのユリシスは、何か勘違いをしながら空の裂け目へ消えて行った。彼女の気配が完全に消えたことを察知したSistersは各々解散する。

 まったく、ユリシスのせいで面白いところを聞き逃してしまった。カメラを見る限りでは、ショウも椅子に座ったまま眠ってしまったみたいだし、私もそろそろ寝室で眠ろうか。


 時刻は昼前を示している。一日眠らなくてもパフォーマンスは落ちないにしろ、人間として睡眠は必要だ。小さく欠伸をしてモニタールームから出た私は、アリスの部屋の隣にある寝室へ歩を向ける。


「上官殿、報告があります」

「ん? どうしたんだい?」


 アリスの部屋の前で、テイルが直立していた。何かに怯えるように少し震えている。アリスの部屋までユリシスがちょっかいを出したわけでもないのに、どうしたのだろう。


「彼は、あの少年は何者でありましょうか」

「何者って、少し前まで普通の男の子だった子、だけど」


 私が話している途中で、部屋の戸が開く。男性にしてはやや白い肌が壁を掴んだ。次いで、黒い頭が伸びてくる。まるでゾンビのような気持ちの悪い動きをして、彼は出てきた。

 どうしてばれたかは問わない。まず私が取るべき行動は、テイルを連れて逃げることだ。


「よう、クソマッド……ッ!」


 最近、魔法戦の実力をめきめきと伸ばし始めているショウが好んで使う戦法は、接近してから行う零距離での攻撃だ。遠距離攻撃を青の氷以外に持たない彼は、相手の魔法を躱すことに重きを置いた。距離を詰めれば何も関係ないとはショウの談。


「無理だな、これ」

「諦めは最大の敵でありますぞ上官殿!」


 私が早々に諦める中、私よりも遥かに身体能力が高いテイルは、能天気に脳筋論を翳している。残念ながら、私はSistersとは違って身体能力が低い。下手をすれば小学生以下だ。そんな私が人間の全盛期とも言える、一九歳の青年からどうして逃げ切れるだろうか。いいや、無理だ。


 既に私とテイルの間には数メートルの距離が開いている。その距離が縮まることは決してない。私の方が先に走り出し、前を走っていたのになあ。


「言い訳はあるか?」


 瞬く間に追いつかれ、白衣の襟元を掴まれた私は大人しく投降した。


「私はあくまで、キューピットを務めただけだよ」

「ああそうかい」


 私の体が浮遊感に包まれる。襟元から投げられたのだと、頭の回転が速い私はすぐに理解できた。次いで頭部に訪れた衝撃を感じると、痛覚が働く前に意識が途絶えた。

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