学園の傀儡 9
私とアリスが学園に急行した頃には、ことは収束した後だった。
今は私の家で第二回作戦会議という題で集まっている。ユウキちゃんは素のままでいてもらって、すべての説明が終わった後に、先生にも参加してもらおうと思う。
「じゃあまず、ユウキちゃんの異変から話をしようか」
私がそう言うと、ユウキちゃんの肩がびくんと震えた。本当にいつもとは雰囲気がまるで違うなあ。小動物みたいで可愛らしい。一方でショウはこの件に関して、非常に興味があるようで、ユウキちゃんとは対照的に、腕を組んだままであるが目を光らせた。
「ユウキちゃんの性格だけどね、普段のあれは別人のものなんだ」
「まあ、薄々勘付いてた」
「で、その中の人は私の先生で、芝 友大。ユウキちゃんのお父さんだ」
その事実に、ショウは露骨に嫌な顔をした。嫌な顔とは言っても、嫌悪とまではいかない微妙なセンだ。引いているという表現が一番合っている。
「先生の目的はユリシスへの復讐。先生はとある事件で両脚と片腕を失っていてね、それでユウキちゃんの体を借りて、外界へ干渉していたってわけさ」
芝親子の秘密を簡潔に明かすと、ショウは腕を組んだまま天を仰いだ。
「その、友大? ってのが、俺が今まで接してきた『芝』なんだな?」
「まあ、そうなる――」
「――お前には聞いてねえ」
首を戻したショウは明らかに怒っていた。その怒りは私に向けられたものではなかったけれど、その怒気は少しだけ私を黙らせるには十分だった。その間に、ショウの視線はユウキちゃん、もとい先生へと向かっていた。
その怒りを表面的なものだけとはいえ、向けられたユウキちゃんは小さな悲鳴を上げて縮こまった。それを受けて、ショウは大きくため息を吐いた。
「別に、芝……ああ、友貴に怒ってるわけじゃねえ。お前の親父に怒ってんだ」
私とアリスは完全に蚊帳の外だ。やっぱりアリスは学校に行ってた方がよかったんじゃないかな。
前半のうちはまだ優しい声音だったけれど、先生に向けた台詞だけは声のトーンが下がっていた。相当キレているみたいだ。暇になった私は、アリスに耳打ちをした。
「ねえ、そんなに怒ること?」
「友達に嘘吐かれてたって考えたら、分からなくも……」
うーん。私って、だいたい嘘吐く側だからいまいち分からないなあ。
「おいラック。友大と会話はできるか?」
「できるよ。後でやろうと思ってたし。ちょっと待ってて」
唐突に声がかかったことに内心驚いたけれど、平静を装いつつ、私はユウキちゃんからインカムとイヤホン型のマイク兼カメラを受け取り、用意しておいた機械と繋げる。すると、プロジェククターに似たシステムで、先生の姿が投影された。
『……話は聞いていた。申し開きもない』
「悪いと分かってんのか?」
『ああ。君やラッキーが私の代わりに復讐を果たしてくれるなら、二度と同じ行為はしない』
「なら、許す」
「『えっ?』」
ショウから発していた怒りのオーラが嘘のように消えた。あまりにも早い切り替えに私はおろか、ユウキちゃんを含めたこの場にいた全員が素っ頓狂な声を出した。
「ショウ? えっ? 怒ってるのよね?」
「いいや。もう怒ってない」
ふうと息を吐いたショウは自分の正面にあった、いつも通りスライムが注がれたコップに口を付けようとして、直前で中身に気付いたのか遠ざけた。その雰囲気と台詞は見事に一致している。ショウからはもう、怒りの一切を感じない。
『許して、くれるのか……?』
「許すって言っただろ。悪いと分かってる。謝った。もうしない。それだけ言ったんだから許すだろ。取り返しのつかないことでもあるまいし」
ショウの言っていることは正しい。けれど、それを素直に受け入れられるかは別問題で、未だに口を開いたままのユウキちゃんが良い例だ。今回の事例や、ショウの今までの行動からして、彼は相当に状況適応能力や気持ちの切り替えに優れている。
「はい。この話は終わりだ。友大は俺と話がしたいなら友貴伝で普通に言えばいい」
「あ、あの、私は……どうすれば……」
「好きにすれば? 普通に授業に出ても良し、今までみたく屋上で呆けてるも良し」
今まで、人に言われたことだけをこなして生きてきたのであろうユウキちゃんは、ショウの「好きにすれば?」という一言を与えられて、非常に困惑している。
「……今まで通りじゃ、駄目ですか……?」
「いいって言ったろ」
恐る恐る言ったユウキちゃんに対して、ショウは呆れ半分で答えた。ショウはテーブルに肘をついて次の話題を待っているが、ユウキちゃんはショウのその答えが嬉しかったのか、胸元できゅっと握っていた手を解いた。
青春って、こういうやつのことを言うんだろうなあ。




