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学園の傀儡 8

 サイリウムを左手に持った俺は、大量に転がっている鉄塊のうち、手ごろな大きなのものに手を伸ばす。


「デッドボールでも謝らねえからな」


 振りかぶって投げた鉄塊は風を切る。男の顔面すれすれを通り過ぎていったそれは、壁を砕くでもなく壁に埋まった。全力投球したとはいえ、我ながらとんでもない速さが出たな。

 この距離で外したとなると、やっぱり俺には遠距離戦は向いていない。何とかして近付きたいところだ。今の俺なら、拳ひとつでも十分な凶器になり得る。


「法螺吹きではないようだな……」


 緑の効果で反射神経も向上している俺を見て、何を勘違いしたのか強くなったと思ったらしい。ついさっき習得したばかりの力で、戦えるわけがないのに馬鹿な男だ。まあ、はったりが通用したと見れば、得になっているから文句はない。


 今のように投げ返されるとひとたまりもないと考えたのか、男は手元に簡素な剣を創りだした。この男の魔法は鉄の生成、変形が主体であることは前回の戦闘で既知の事実。いくら魔法でも鉄は鉄。熱に弱いのは必定のはず。


「……いくぞ」


 今度は俺から攻める。赤の俺はある程度芝と鍛えたとはいえ、身体能力は並、技術も毛が生えた程度の雑魚も同然だが、反応速度だけはみっちりと鍛えた。今さっき思いついた戦術もひとつある。これはその実験とでも思って、気楽に行こう。

 何、失敗しても支援はある。なんとかなるさ。


「成長したのは単純な力だけのようだな」

「脳ミソも成長してるぜ?」


 互いの攻撃が届く範囲に入ると、先に動いたのは俺。男の脇腹を狙って、右手に握った赤のサイリウムを横に振る。赤い残像が奔るも、その一撃は男が左手に創ったもう一本の剣に受け止められる。


 光源が異常な熱を持っていることを知っていたのか、剣が受け止めたサイリウムの位置は、光源からずれていた。一瞬俺に隙が生まれるが、男が右に持った剣を振り下ろすことはなかった。代わりに、ゼータが放った水の魔法にその刃を囚われていた。


「っち」


 舌打ちした男はこの間のように、俺に膝蹴りを食らわせようと軽く足を引いた。それにギリギリで反応できた俺は、一度サイリウムを戻し瞬きもしない間に召喚する。緑だ。

 使い勝手が悪いと言った手前、こいつを乱用している自分がいることに驚いている。


「効かねえなあ!」


 男の膝蹴りを腹で受け止める。俺の予想通り、防御面でもこいつは十倍になるらしい。

 余談だが、アメリカ人の平均男性のパンチ力は四〇キロ程度らしい。そこから考えるに、俺のパンチ力はおおよそ三〇キロ前後だろうか。


「一発くれてやる」


 男が反応できないうちに、腰を落とし、ぐっと拳を握って引き絞る。

俺が今テキトーに考えた、馬鹿みたいな強化を誇る緑の活用法。それは、事前に相手の懐に潜り放つ、全力の一撃。


 動きが制御できないなら、動かなければいい。それだけのことだった。


 特撮ヒーローのパンチ力には遠く及ばないまでも、三〇〇キロもある一撃を食らって負傷をしないはずはない。人間の頭は、約七〇キロの衝撃で大怪我を負うのだから。

 全力の正拳突き。ゲームで見たものを、そのままそっくり真似ただけの一撃。


 男は俺の拳を食らって大きく後方に吹き飛ぶ。確かにちゃんと男の腹部を殴った。なんなら、鳩尾を狙った。普通なら内臓が破裂する以上のダメージを負う。血反吐を吐いて悶える。

 しかし、男を殴った感触は、少なくとも人間のものではなかった。もっと固い、それこそ鉄のような。


「万が一のための保険が有効に働くとはな」


 男が上着を脱ぎ棄てる。布の下にあったのは、案の定というか、肌ではなく鉄だった。


「俺の鉄は俺に対してのみ重量がゼロになる。こういう芸当もできるというわけだ」


 上半身を鎧で包んだ男はしたり顔でそう言ったが、腹の部分が大きく凹んでいるせいで格好が付いていない。どれだけの強度があるかは知らないが、あれはもう使いものにならないだろう。


「じゃあ、同じところにもう何発か入れてやりゃあいいわけだ」

「させるわけがないだろう」


 こいつは赤のサイリウムが触れた時点で、ほとんど負け確定だという事実を忘れている。それほどまでに緑のインパクトが強かったのだろう。狙ったわけではないが、結果的にいい具合のミスリードになった。


 壁を背にして戦うことは不利だ。これ以上後退できない位置、背水はできるだけ避けるべき位置取りだ。先に動いたのは男。次いで俺が動く。俺としてはボクシングのように、できるだけ殴り合いに持ち込みたいのだが、そうは問屋が卸さない。


 鉄の重量がゼロになるとの台詞は事実らしく、男は馬鹿みたいに長い剣を創り上げる。その他にも牽制として飛び道具が放たれるも、それらはゼータによる後方支援で撃ち落とされていく。


「面倒なメイドだ」

「有能と言ってやれ」


 できるだけ保健室に被害が及ばないように、青で飛び道具の一部を氷結させながら前進する。男は一度詰めた距離を大切に消費する。やはり俺には、できるだけ近づきたくないようだ。あまり遠いと鉄を利用する隙を与え、近いと馬鹿力で押し切られる可能性がある。男は相当に精神をすり減らしているだろう。


 ちらと、少しだけ開いた保健室の戸から室内の様子をうかがう。よくは見えなかったが、やけに膨らんだ布団が見えた。恐らくはそれが芝だ。

 やはり芝は怯えている。いつもの芝ならともかく、今日の芝が修羅場に対応できるとは端から思っちゃいねえが、これ以上戦力が増えないことを改めて確認した。


 俺は魔力切れとは無縁だ。俺と二人で戦っているゼータは魔力の消費は少ないだろうが、男は二人を相手している。魔力の消費も倍とまではいかないまでも、一.五倍はありそうだ。それだけの消費をしているはずなのに、男は魔法の手を緩めない。それだけ魔力を蓄えているのか、それとも援軍があるのか。

 どちらにせよ、できるだけ早く決着を着けるに越したことはない。


 あの鎧は赤で突破できるにせよ、男が近付けないように魔法を放ってくる以上、俺では接近できない。一旦ゼータの元まで後退した俺は白を展開する。


「ゼータ、何とかしてあいつをワンパンで沈められないか?」

「可能ではありますが、校舎が半壊します」

「弱か強しかないのか?」

「いいえ。中でこの学園を破壊できます」


 Sistersとやらは、何かがぶっ飛んでいないといけない制限でもあるのか? 俺を襲ったあいつは、再生力と耐久力がイカレている。他のSistersは知らないが、どうせおかしいんだろうな。

 諦めて大人しく男と対峙しようと向き直る。


「あっ」


 男の姿が消えていた。つまりは逃げられた。

 名前も知らないあの男だが、俺はあいつに言い知れぬ宿命のようなものを感じていた。

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