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学園の傀儡 7

 真っ赤なアリスが私を睨んだまま、私がニコニコとしたまま、インターホンからの返事を待っていると、戸が解錠される音が聞こえてきた。


『入りたまえ』

「お邪魔しまーす」


 傘を玄関先に置き、先行して芝邸に入った私は、生活感のない室内に眉根を寄せた。

 先生は生きてたけど、奥さんが亡くなったところは、私自身見ていたから知っている。それを差し引いてもユウキちゃんがいるのに、これだけ冷え切った家になるだろうか。

 ま、ユウキちゃん自身、先生に似てるところがあるし、無機質的でもおかしくないか。


「朝なのに暖房も点けてないのか……」

「雨だし、ちょっと寒いわね……」


 冷え切った廊下を進んで行き、居間らしきところに出る。先生はどこにいるのかと思うや否や、奥の部屋から車椅子に乗った先生が現れる。

 先生の両脚は失われ、四肢のうち、残っているのは左腕だけ。右腕も義手になっている。ここまでボロボロになって、よく生きていたものだ。


「久しぶりだな、ラッキー」

「いやあ、私は久しぶりな気がしないんですけどね。ユウキちゃん、よく似てますから」


 先生の雰囲気は卒業した頃から、あまり変わっていなかった。変わったのは外見だけのようで、心のどこかで安堵の息を漏らした。


「出せるものもないが、寛いでいくといい。ところで、そちらの少女は?」

「アリスです。お兄ちゃんがお世話になりました」


 こういう時に、受け答えがはっきりできるアリスを見ると、一体誰に似たのかとつくづく思う。いや、誰に似なかったのか、というべきだろうか。

 アリスの名を聞いて思い当たるところがあったのか、先生は目を細める。思い当たるも何も、先生からすれば当たり前だけど。


「アリス、か。あの子が大きくなったものだ。時の流れは随分と早いな」

「先生が年取っただけですよ」

「お前はお前で相変わらずだな」


 こんな先生の小言を聞くのも久しぶりだ。いくらユウキちゃんが先生に似ているといっても、その辺りの一線は超えてこないからなあ。

 居間にある座布団に腰を下ろす。高級なのか、その座布団の座り心地は素晴らしいものだ。


「して、今日は何の用だ? ラッキーがわざわざここまで来るということは相当だろう」

「いやあ、ユウキちゃんって、本当に先生に似てますよねえ」

「……お兄ちゃん?」


 先生の顔が険しくなる。アリスが困惑の表情を浮かべる。


 当たりだ。


「教えてもらいましょうか。先生が今、ユウキちゃんで何をしているか」


 私がそう言うと、先生は神妙な面持ちになる。どうやら私の予想は当たったようだ。隣ではアリスが何事かとふためている。だから着いて来なくていいって言ったのに。


「……お前は気付いていたのだな」

「ユウキちゃんの演技は女優賞ものですけど、先生の演技は大根以下ですからねえ」


 ユウキちゃんの本来の性格はともかく、あそこまで他人になり切ることができるのは、かなりの才能だ。あの子が目指すのなら、役者が役不足にも力不足にもならないだろう。それに比べて先生ときたら、隠すつもりがないとまで思えるレベルの下手くそさ。他人に自分の意見を言わせるのなら、もう少し工夫をすべきだ。


 車椅子の手すりの先端をぐっと握った先生は、ゆっくりと語り始めた。


「そうだな、あいつの関係者であるラッキーとアリスには、話しておこう」

「手短にお願いしますね」


 長ったらしい身の上話ほど、面白くないものはない。笑える小話程度ならいいんだけど。


「ユリシスに対する復讐だ。僕はこの通り、もうまともには動けない。だから友貴の体を借りて、そのための下準備をしているというわけだ」


 復讐云々は抜きにして、ショウが聞いたら怒りそうな内容だ。あれはあれで感性は普通だから、こんな、ユウキちゃんの意思を無視するような真似は嫌うだろう。私としては何も言うつもりはない。復讐は個人の自由だ。ここに来たのは、あくまで確認のためだ。


 先生の気持ちは分かる。けれど共感はできない。嫁が殺されるなんて体験、したことないし。


「協力はしますけど、この話、ショウにも言っといた方がいいと思いますよ。彼ももう部外者じゃないですから」

「ああ、分かっている。あの子は僕の数少ない友人だからな」


 そう言って、先生はインカムのようなもので何か話し始めた。多分これがユウキちゃんとの連絡手段のひとつなのだろう。私は科学方面に疎いから、こういうものを見るのは新鮮だ。


「通信が、妨害されている……っ」

「それって……!」


 先生の言葉に反応したのはアリス。先生の額にも薄い汗が浮かんでいる。

 噂をすれば影というか、あいつは本当にいやらしい奴だなあ。





 保健室まで芝を送り届けた俺は、体を拭く芝の姿を見るわけにもいかないので、保健室の前で立ち呆けていた。こっちにはスマホどころかケータイもないので、暇を潰すものがない。

 何もすることがないので、芝の豹変|(?)について、ない頭で考えてみる。


 普段の芝居がかった態度と比べると、今日の芝はまだ自然体でいるように思えた。加えて中性的な口調や僕という一人称から一転して、俺に敬語で話し、一人称は私に置き換わっている。俺個人としては、今の芝の方が好きだ。


「なんでわざわざ演技を……?」


 普段の芝を演技だとすると、どうして自分を偽っているのかという疑問が現れる。何か事情があるに違いないが、その事情が分からない。何故今日この日に芝が演技をやめたのか、何故今までボロが出なかったのか。

 そこまで思考したところで、俺を狙って飛来する鉄の刃を視界の端に捉えた。


「緑っ!」


 今さっき習得したばかりの緑を使って、鉄刃を叩き落す。今この状況なら赤や青よりは、周囲への被害が少ないだろうとの判断の下だ。刃が金属音を鳴らして廊下を転がってから、白の方が安全だったことに気付いたが。

 追撃がないことを確認してから、保健室の戸を乱暴に開ける。


「芝! この前の奴だ!」

「ひぇっ!?」


 着替えの途中だったのか、芝の上半身は下着のみだった。だが、そんなことを気にしている余裕は今の俺にない。芝がこんな状態なら、俺が前線に出てラインを作るしかない。


「着替えが終わったらでいいから、逃げるなり隠れるなりしとけ!」

「は、はいっ!」


 保険医がいないことが、今だけは好都合だった。戸を閉めた俺は廊下から歩いてくる男を視認する。前とまったく変わらない服装で。


 こいつ一時期のオタクみたいに真っ黒だな。


「また会ったな」

「大人しく捕まるのなら、無駄な攻撃はしない」

「悪いが、俺はこの前の俺とはフレーバーが違うぜ?」


 サイリウムを青へと色を変えておく。こいつの魔法は以前と変わっていないようだから、青の魔法を飲み込む能力が刺さるだろう。緑を上手く制御できていれば、赤を絡めた近接での戦いもできるが、そこまでのセンスは俺にはない。


 男も男で鉄を形成する魔法以外に手持ちの魔法がないのだろう、俺の青いサイリウムを見て距離をじりじりと詰めてくる。それに合わせて、俺も少しずつ距離を開けるが、こいつに保健室の前まで来られるまでに仕掛けるべきだ。

 どのタイミングで氷刃を放つべきか、攻めあぐねていると、何かに背をぶつけた。生徒かと思い振り返ると、そこには何もいなかった。


「私は万が一の場合における、アカシショウ様の警護、及び戦闘補助を任されております。人払いは済ませておりますのでご安心ください。申し遅れました、私はSN-027、ゼータとお呼びくださいませ」


 何もない空間から現れたのは、メイド服を着た、青髪赤目の少女だった。型番のようなものを名乗ったことから、この少女がラックのSistersであることが推測できる。生みの親とは違って、礼儀正しく根回しもできる有能のようだ。


 後方から飛来する鉄塊を、サイリウムで叩き落としながらゼータに応対する。ゼータが戦闘補助を任されているのなら、頼むべきことは決まっている。


「じゃあ、術式魔法の支援を頼んでもいいか?」

「仰せのままに」


 ゼータはスカートの端をつまんで軽く持ち上げた。ゼータがこうなっているのは、間違いなくあいつの趣味だ。俺の中でのラックの評価が、底なしに下がっていく。

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