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学園の傀儡 6

「ここだと服も乾かせねえし、保健室でも行くか?」

「は、はい……」


 なんか調子狂うなあ。いつもは芝が自分のペースで話を進めてくれるから、話下手な俺でも会話が成り立ってるのに、今の芝はとても他人と会話できるような様子じゃない。

 俺の提案に頷いた芝は同意し、不安気ながらも立ち上がる。と、濡れた床に足を滑らせた。


「馬っ鹿!」


 ここ最近、俺は芝と掃除そっちのけで、サイリウムの操作を練習していた。ユリシスとやらの具象魔法に反応できるように、反応速度、反射速度の向上を目標として。

 芝が前のめりに倒れたのを認識するとほぼ同時に、俺はサイリウムを振るう。光源の色は青。能力は氷の斬撃を飛ばす。副作用というべきか、その能力には魔法を飲み込むなどがある。


 俺の手元から射出された氷は、約一メートル前方の階段に着弾する。氷はその背を大きく伸ばし、壁のように芝の前に立ちはだかった。これも芝との修練で培った応用のひとつだ。


「きゃっ」


 腕から氷壁にぶつかった芝は可愛らしく、小さな悲鳴をあげる。咄嗟の判断で氷の厚みが足りないかと思ったが、何とか耐えてくれたようで良かった。


「はあ、どうしたんだよ芝。何か様子おかしいぞ?」

「な、なんでも、ないです……なんでも……」

「なんでもってなあ……」


 何か事情があるのかもしれないと察した俺は、これ以上の詮索をやめた。もし本当に人格がふたつあったとして、本人がそれについて話さないのなら、俺から無闇に突くのは無粋だ。

 芝がこんな状態なら、慣れなくとも俺が先導するべきだ。サイリウムを収納した俺は、未だに壁に張りついている芝の前に出て振り返る。


「どうした? 早く着いて来いよ」

「あの、えっと……」

「……はっきり言え」

「上着が、くっついてしまったみたい、です……」


 ため息混じりの俺の声に対する、芝の返事は消え入るようだった。

 濡れたものを、非常に冷たいものに触れされると、くっついてしまう。いつか、子供が冷凍庫に誤って舌を触れさせて、そうなった話を聞いたことがある。


 芝に近寄り、氷壁と触れている芝のブレザーを引っ張る。腕から腹部にかけて、接着剤でも使用したかのように離れない。芝も必死に体をくねらせているが効果はない。氷が溶けるまで待とうにも、長時間この状態だと芝が凍傷を起こしてしまう。ここは危険だが、あれを使う他にない。


「……生、くん? そ、それ、って」

「絶対に動くなよ。動くと痛いぞ」


 再びサイリウムを手元に呼び出す。今度は赤だ。色の変換順は変えられないまでも、召喚した際の色を指定できるということも、芝との修練で習得した技術だ。

 芝の腕を強く掴む。離せるようになったらすぐにサイリウムから遠ざけるためだ。最早これはサイリウムではなく、一種のバーナー。道具として使用するなら、免許すら必要になると思われる危険物だ。


「ひっ……!」


 氷にサイリウムを当てると、凍っていた水が音を立てて昇華する。液体を飛び越え、瞬く間に水蒸気と化した水は俺の作業を妨害する。


「あっつ! 熱い! ああっっつい!!」


 このように。


 視覚的に邪魔なのは言わずもがな。それよりも、水蒸気の温度が異常だ。このバーナーモドキの熱量は知らないが、氷が一瞬でこの温度まで上昇するということは。かなりのエネルギー量だ。火力発電にでも利用すれば役に立つんじゃないか?


「別の案を考える。このままだと俺も芝も火傷する」


 凍傷を回避して火傷を負ってしまっては本末転倒だ。そこで俺は、サイリウムの四つ目の能力に頼ってみることにした。

 緑。サイリウムが持つ色の中で、最後の原色。白のネタバレを食らったために順番が前後したが、これも何らかの強力な能力を持っているに違いない。


 底面のスイッチを二度押すと赤から青、青から緑へと変色する。まずは光源に氷を触れさせる。何も起こらない。俺が直接触れてみる。何も起こらない。試しに軽く振ってみる。風が多少吹いたが、これが能力とは思えない。他の二色に比べて威力が低すぎる。


「何か、気付いたか?」

「いえ、何も……」

「どうなってんだ? これ」


 呆れつつ氷壁を拳で軽く叩く。



 氷壁が音を立てて崩れ去った。



「「……えっ?」」


 俺と芝が同時に困惑の声を出す。芝の腕にはまだ多少の氷が張りついているが、氷の大部分は今の一撃とも呼べない拳で砕け散った。まるで、トラックがぶつかったような壊れ方だ。


 もしやと思った俺は、一度サイリウムを収納してから屋上に出る。とっくに雨が上がった空は、雲の切れ間から陽の光が差し込んでいた。遅れて入って来た芝は、未だに困惑の表情を露わにしている。

 一度、深呼吸。サイリウムを緑に指定して三度呼ぶ。そして、それを離さないように、ぐっと握って軽く跳ぶ。本当に軽く、気持ちとしては一〇センチ跳ぶような心意気で。目を閉じて跳んだ俺は、風を感じて目を開けた。


「……うわお……」


 軽く一〇メートルは跳んでいた。倍率一〇〇倍だ。ここからだと芝のアホ面がよく見えた。

 なんとまあ、使い勝手の悪い身体能力強化だ。これだけ強化されるのは確かに強いが、ここまでいきすぎると、調整の難易度が非常に高くなる。原色系他二色と比べると、圧倒的に出番が少なくなりそうな能力だ。人間砲台ぐらいにしか使い道が見当たらない。


「よし、保健室行くか」


 重い音を立てて着地した俺は、何食わぬ顔でそう言った。芝も、黙って頷いた。





 私は休日申請をしていたのである!

 理由は単純、朝から土砂降りの雨が降ると、前々から予想されていたからだ。『雨が降るとラッキーが休む』という、誰が言ったか分からない格言もある。


 とまあ、これは流石に冗談半分だ。雨が降って休みたくなる気持ちは大いにあるけれど、今回は別件で休みを取っている。学園の人間には、完全に建前だと思われているだろうね。


「ほんとに用事があるか、怪しいわ」


 一緒に休みを取った、アリスにもそう思われている。帰ってゆっくりしていてもいいって言ったのに、私が怪しいというだけで同行することになった。どれだけ信用ないんだ。


 見慣れない道を歩いているせいか、アリスはしきりに辺りを見回している。確かに、同じ町でもこっちの方は寂れて人気もないから、よっぽどの用がない限りは、足を運ぼうとは思わない。反対方向にあるショッピングモールや学園に、人を持っていかれている。


「私もうろ覚えなんだけどね、先生の家」


 なんせ一〇年ぐらい前だからなあ。アリスも多分会ったことあると思うけど、覚えてないみたいだし。こっちの方にあったという記憶しかない。最悪、あの事件から引っ越している可能性もある。そうなると、ユウキちゃんから直接聞くしかない。


 古めの家屋が立ち並ぶ住宅街に差し掛かる。ああ、ここここ。この辺りだ。


「おっ、見ーつけた!」


 表札には、筆で描かれたような字体の『芝』が彫られている。このザ、古き良きって感じの雰囲気は、まさしく先生のそれだ。ここで間違いない。

 表札の下に備え付けられたインターホンを押すと、呼び鈴が鳴る。返答を待たずして一度、大きく息を吸う。そして、


「とーもひーろくーん! あーそーぼー!」


 近所迷惑なんぞなんのその。私はインターホンのマイクに向かってシャウトした。


「恥ずかしいからやめて!」


 私はインターホンの間に回り込んだアリスの顔は真っ赤だった。


 うんうん、こういう風なツッコミは私としては大変美味しい。逆にショウのような冷静なツッコミは苦手だ。長年付き添っているだけあって、やっぱり私とアリスの相性はいいらしい。

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