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 高校への通学路を歩く朝。古めかしいその細道の空気がいつもと少し違うと感じられたのには、相川は明らかにいくつかの理由を考え付くことができた。

 その多くは他者には発見できないだろうが、いくつかは必ずわかるだろう。そしてその一つは実際に、後ろから駆け寄ってきたひとりによって簡単に暴かれた。

「おはよう、相川さん!」

 ぽんと肩を叩かれて振り返ると、そこには黒髪を短くまとめた、愛嬌のある顔立ちの女子生徒が立っていた。

 見たことがあるのは、それがクラスメイトだからという単純な理由だった。人懐っこく、誰彼構わず気にかけるため、特にクラスの中では沈黙としている相川に対してより多く、何かと話しかけてくる少女である。ただし相川は、彼女の名前を覚えていなかった。

 それに気付かず、あるいは構わぬように、彼女はいつも通りの人懐こさと大仰なまでのにやかさで話しかけてくる。

「珍しいね。いつもはもっと早く来て、予習とかしてるのに」

「ちょっとね」

「あ、今朝のニュース見た? いや、私が見てないから教えてもらおうかなーって」

「見てない」

「相川さんって、普段は早起きなの? 朝強いっていいよねー」

「そうね」

「あれ? 眼鏡してないけど、コンタクトにしたの?」

「ええ」

 矢継ぎ早にころころと変わる話に対し淡々と答えると、取り付く島もなく、クラスメイトは早速話題を失って困窮したようだった。必死にきょろきょろと辺りを見回し始めたのは、新たな話題を急造しようということだろう。

 相川が歩く速度をほんの少し上げると、彼女はすぐさまそれに追いつきながら、その時に通り過ぎようとする家を見つけ、ハッと指差した。

「そういえば知ってる? この家に住んでた深沢健吾って人、捕まっちゃったらしいね。なんとかって大学で、色んな女子高生を追い掛け回してたんだって。誰だったかに導かれたーとか言ってたみたいだけど」

「へえ」

「なんか怖いよねー。もしわたしたちが狙われちゃったら、どうしよう!」

「私は……」

 冗談めかして騒ぐ少女に対し、相川は初めて反応という反応を見せた。しかしそれはクラスメイトをまた困惑させることになった。相川は首筋の、やや焼けた黒髪を弄びながら、挑発的に微笑して、隣を歩く少女に不敵な流し目を向けてやったのだ。

「そんなもの、もう怖がる必要なんてないわ」

「え? そ、そうなの?」

「ええ。誰に狙われようとも、ね」

「なんか……ちょっと、雰囲気変わったね。大人っぽくなったっていうか」

 相川は思わず、口元に手を当てて前方へと向き直った。挑発的な表情を崩さぬまま、しかし犬歯が見えるほどに口角が吊り上がるのを止められなかったのだ。俯き加減になって、鋭くなってしまう目元を隠したのも、クラスメイトの少女はまた不審に思ったかもしれない。しかし相川はそれでも、どうしても笑いが堪えられなかった。喉の奥でくつくつとそれを沸騰させながら、言うのだ。

「私も導かれたおかげかしら……メサイア様にね」

 その時、相川がひとりの少年とすれ違ったことに気付くことはなかっただろう。反対にクラスメイトの少女は、なんらかの人影が横切るというか、不意にそこに”現れていた”ように感じたが、違和感を覚えて振り返っても、その目には何も映らなかった。

 しかし気のせいかとまた歩き出すと、やはりなんらかの気配を背後に感じたし、小さな声が聞こえてきた。

 どこから聞こえたのかもわからないほど、幾何学の狂った平衡感覚を失わせる、異次元の恐るべきプリズムの中に閉じ込められたような、奇怪な角度を持った反響の声で。

「ボクは……幸せなんだ」

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


次作の投稿日時は決定次第、活動報告欄にて告知します。

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