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6-7

 松原は最初、直樹が示し、促してきた、とある古めかしい行為について懐疑的というか、なんらの意味もないと思っていた。

 しかし彼に唆されるがままに行動すると、驚くべき信じがたい出来事を目撃することになり、彼の示す行為の効果を紛れもなく信じるようになったし、松原の方から積極的にそれを行いたがるようになった。松原の中には激しい怒りのような失望感が渦巻き、恐慌状態である精神がほとんど暴走しかけたほどである。

 そのため、行為が少なからず影響力を発揮し、望むままの結果をもたらしたことを確認した時には、松原は黒々とした心底からの歓喜や愉悦を感じ、ひとりきりの自宅で不気味に笑い転げたほどである。自分は今まさに救われたのだと、確信できた。

 しかし……そうした優越感は、全く長く続かなかった。

 そしてすぐに、それに数倍する絶望を抱くことになった――直樹と連絡を取ることができなくなったのだ。

 さらには彼の住んでいたマンションへ行くと、全く不可解なことが判明した。

 部屋からは応答がないばかりか、そもそもそこには何ヶ月も前から誰も住んでいなかったと言うのだ。

 その時に松原が感じたのは心霊現象の怖気というよりも、もっと不気味な恐るべき神性のもので、同時に耐え難いほどの喪失感を抱かされるものだった。直樹という男が最初から存在していなかったと明かされた気がして、さらに言うならば自分の心の支えが過去に渡って失わされ、全ての幸福が空想でしかなかったと突き付けられた気がして、松原は一時的に半狂乱になったほとだった。

 そして彼女は、あれほど隠さなければならなかった、直樹と自分が一緒に行動していたことを証明できる者を探し始めたのである。彼の存在を証明する必要があり、そうでなければ自分の存在すらも危ういような気がしていた。

 しかしどれほど探し回り、聞き回り、例えば彼が住んでいたはずのマンションの住民や、ふたりで行ったレストランや映画館など、各所で証言者を求めても、なんらの成果も得られなかった。さらには出会いのきっかけになった大学を訪れ、学園祭で起きた一見すれば不穏な出来事について聞いて回っても、誰もそのことを覚えていなかったし、それどころか彼の存在、果ては松原の存在も記憶している者はいなかった。

 おかげで松原の混乱や恐慌の状態は深みを増し、狂おしく男を探し回る中で、ひと月ほども経ったころだろうか。とうとうある閃きを得たのだった。

 それは最も避け、隠れ、誰よりも直樹と自分の関係を悟られるわけにはいかなかった相手であり、なにより自分が直樹に唆され、恐るべき悪行を与えた相手だった。

 しかし松原はもはやそれを気にする余裕などなく、それよりも恐怖と焦燥を与えられた原因となった夕刻での電話を思い出し、その人物ならば確実に直樹の存在を証明してくれるはずだとしか考えられなかったのだ。

 夜も深まろうとする時間の街路だったが、閃きを得れば行動を阻害するものは何もなかった。松原はすぐさまその相手に連絡を取ると、彼が電話に出ると同時に「直樹のことを知っているか」と、以前とは逆に尋ねたのである。

「……当たり前だ。なんのつもりだ、何が言いたいんだ」

 その答えが返ってきた時、松原はもはや相手が怒り狂い、激しい苛立ちを隠そうともしていないことなど無関係に、歓喜した。あまりの喜びに声を抑えることなどできるはずもなく、マンションを前にした暗闇の街路で、狂喜乱舞したほどだった。

 そしてもはや、そうであれば相手と話すことなど何もなかった。相手は続けて何か苛立ち紛れに喚き、あるいはなんらかの心配するような言葉をかけているようだったが、用のない相手の言葉など耳に入るはずもなかった。

 松原はすぐに電話を切ると、やはり狂喜に転げ回った。

 彼は実在していたのだ。間違いなく自分と一緒にいた。そしてまた彼と出会うことができれば、自分を支えてくれるに違いないのだ。

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