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「メサイア様って知ってる?」

 話題を切り出したのは、三人の女子高生のうち、右側の女だった。

「もしも、そのメサイア様ってのが現れたら……どうする?」

 そしてどうということもない住宅街の、ブロック塀に囲まれた夕刻の帰路を歩きながら、すぐに答えたのは左側の女。

「どうもこうも、そんな都合のいい話ないっての」

 紺色のブレザー型をした制服を着崩し、黒く焼いた顔を歪めてゲタゲタと笑う、特徴的な風体をした無個性なふたりだ。

 それらに挟まれながら、残る真ん中の女も、長い黒髪と黒縁の眼鏡を特徴と捉えなければ残るものはないだろう。ただ肌が極端に白いため、三人が並ぶとオセロのようではある。

 その真ん中の女が静かに俯いていると、彼女の頭越しに会話は飛び交った。「そもそも悩みなんてないじゃん」と馬鹿にすると、「そんなことないって!」と反駁し、「じゃあ言ってみてよ」と返されると、「カレシほしい!」と答え、「あんたそればっかりじゃん」と笑う。そうしてから、左右を入れ替えて同じやり取りがされるのだ。

 真ん中の女は俯いていた。頭上を通過する騒音に耳を貸さないようにしながら。

 しかし、直接話しかけられたとあってはそうもいかない。不意に、彼女は肩を掴まれた。

「相川。あんたはどうなの? カレシとかいないの?」

 振り向くと、右の女がニヤニヤした顔を近付けてきていた。

 さらに続けざま、左からも声。

「あ、そういえばほら、この前紹介してあげたあいつ、どうなのよ? あんたのこと、けっこー気に入ってたみたいじゃん」

「それは……」

 ふたりに挟まれる相川と呼ばれた女は、密かに歯を噛み締めて俯いた。

 迂闊な答えは返せない。けれど調子を合わせることなどできずにいると、すぐにまた反対側の耳に声が響いてくる。

「そうそう! あいつソッコーで『ヤりてー』とか言っててさ、チョー下品でウケる! あはははは!」

「でもあんたみたいなのは、それくらいがいいって。あ、そうだ! 明日カラオケ行くからさ、あんたも来るっしょ?」

「え? あ、その……」

「んじゃ明日十時に駅前の、あの変な像のとこだから! あと、あいつ……パンツ履いてない方が好みだって言ってたよ!」

「どんだけヤりたいんだよ! あはははは!」

 笑い声を反響させながら、叩いたのは相川の肩だったが、女は構うこともない。

 ただひとしきり笑うと丁度分かれ道に差し掛かり、ふたりの女は約束の念押しをしながら去っていった。

 残された相川は、どうともつかない双眸でそれを見送る。叩かれて少し乱れたブレザーは、直すだけ無駄だとわかっていた。

 ふたりの女が角の先に消え、自らも隠れるような細道へ入り込む。

 部分的に崩れさせた木造家屋や、駄菓子屋だったらしいプレハブや、営業中かどうかもわからない漢方を取り扱う薬屋のような古風な店が散見される街路である。車一台分ほどの幅しかなく、左右の端には背の高い雑草が茂る道。

 相川はそこで俯いた。俯いて……持っていた通学用の鞄を、近くの電柱に叩き付けた。

「あああああああああああ!」

 叫びながら二度、三度。

 長い黒髪を振り乱し、革とコンクリートがぶつかり合う乾いた音を響かせる。

 数分というほど長くもなかっただろう。

 そうしてから鞄を落として項垂れると、荒い息を吐き、脂汗が滲んで髪の張り付く顔を怒りの形相にしながら呻く。

「なんで私が、こんな目に遭うんだよ! なんであんな奴らと、あんな!」

 電柱にもたれかかり、爪を立てる、ひっかいても傷も残らないのが口惜しい。

 少女はそのまま電柱の下にへたり込んだ。ぼたぼたと石の地面に体液が垂れて、染みを作る。それを恨めしく見下ろしながら。

「私、このまま、あんな奴らと……」

「苦しい? 辛い?」

 そんな時、急に背後から声が聞こえて、ハッと振り返った。

 そこに立っていたのは少年である。

 背丈はそれほど高くないが、十二か、十三歳ほどだろうか。俯き加減で顔はよく見えないが、僅かに端の上がった口元だけは見える。

 相川はその自分よりもずっと年下の少年を見て、思わず後ずさった。

 それは紛れもなく彼が異常だったためだ。

 しかし何も彼が場違いで不似合いな白衣を纏っていたためではなく、そのほんの幼いはずの少年が、明らかに背筋を粟立たせる、目に見えないなんらかの激情を秘めているために他ならなかった。

 怒りなのか、悲しみなのか全くわからない。

 ただ得体の知れない、どれにも属さない感情が全身から溢れ出し、手足を掴み取り、重く圧し掛かり、どこかへと引きずり込もうとしてくるのだ。

 少年はその恐るべき深淵を零れさせる口を開き、言ってくる。

「助けてほしいなら……ボクが、導いてあげるよ」

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