憧れの花 前編
夏の風物詩として思い浮かぶものをあげてみようと思えば、僕の頭の中には真っ先に、最優先的に、とある事象が描かれる。
「あー、りっくんてば、残念な顔してるねー」
見透かすかのように、隣にいる幼馴染が憐れみの視線を送ってこようが、僕の想いは決して揺るがない。
そもそも、それを知っていながらも、堂々と無視貫徹を押し通そうとする君に、僕はいったいどういったリアクションを取ればいいと言うんだろうか?
「だってぇ、浴衣なんてそうそう簡単に着れるものじゃないし……。 りっくんの趣味嗜好をとやかく言うつもりはないけどさぁ、こればっかりはお預けかなぁ」
何でカナには、この情緒とも至高ともとれる様式美の極致が理解出来ないんだろうか。
だいたい、せっかくの祭りの日だっていうのに、半袖短パンで、この素晴らしい一日を終わりにしようと考えていること自体、僕には全くといっていいほど、信じることが出来ない。
「ふぅ……カナにはがっかりだよ。 うん、ほんと、がっかりだ」
「二回も言った! 意味もなく二回も言った!」
そんなお馬鹿で楽しいやり取りを繰り広げながら、僕とカナは、地元で行わる花火大会のお膝元へと足を向けていた。
端から見れば仲睦まじい二人に見えなくもないと思う。
でも、僕は案外、本気でカナが浴衣を着てこなかったことに腹を立てている。
許容してくれとは言わないけど、怒る分には勝手に怒らせて欲しい。
「……今日は、いはいダイアリーの更新は無しだね。こんなこと、とてもじゃないけど、写真に収められないよ」
「りっくんがいつになく辛辣な言葉を口にしてる!? 私、そこまで期待されてたの!?」
「カナ……、勘違いも甚だしいね。 僕は『浴衣姿の君』が見たかったんであって、別に君の艶姿になんて、何の興味もないよ」
「しかも、さらりと、浴衣姿の女性をお姫様扱いして、私をそこから除外するなんて! りっくんの本気は、ほんとくだらない事ばっかりだ!」
攻守逆転っていうのは、こういう事を言うんだろうか。
いつもは受け手に回る事の多い僕も、今日だけは譲れないものを胸に秘め、一歩一歩と足を踏み出している。
「ただの変態さんだけどねぇー」
でも、カナは僕の勇姿をバッサリとそんな単語で切り捨ててしまうと、何が可笑しいのか、ケラケラと笑いながら、僕の前へと踊るように回り込んでくる。
へぇ……、カナの目には、僕がそういう風に映り込んでしまっているというわけだ。
なるほど、僕はどうやら、本日をもって、この長きに渡る幼馴染との関係を、一新しなくてはいけないみたいだ。
「上等だよ。 僕とカナとの決着、いま正にここで……」
「ああああーーー!!! りっくん、見て見てー! 狼煙が上がったよ! 狼煙!」
と、しかし、闘争心剥き出しで臨んだ戦いの火蓋は落とされることなく、僕も阿呆のような顔で、釣られて空を見上げてしまう。
そこには確かに、青空に黒く紛れる、花火の狼煙が拡散していた。
ああ、いいね。 とっても良いと思う。
何だかんだと悪態をついてしまってはいても、僕はきっと、この日を十二分に楽しめてしまうんだろうなと、何故だかぼんやりと、頭の中でそんな事を思い浮かべていた。