閑話
さて、ここで閑話というか記憶というか、とても思い出だとは語れそうにないエピソードを挟むことにしようと思う。
それは缶ジュースが空を飛び、とてもとても甘いオレンジジュースが飛散した、ある夏の日の出来事だ。
僕には幼馴染と言われる存在がいて、それでいながらも、まったく相手をする気にもならないほどの「クラスメイト」が存在した。
その子はいつも笑ってて、そうでありながらも、いつだって誰にも馴染めず一人で遊んでいた。
その日だって、そうだった。
あの子は自分の世界に浸りこみ、僕たちは他人と溶け合うように、等しく幸せであろうと、日々の生活を享受していたただけなんだ。
あの子が何をしていたのかなんて知らないし、僕は周りの友達と他人行儀に、昨夜のテレビの話をしていただけだった。
だから、なにがどうしてそうなったのかは知らないけれど、気付いたら缶ジュースが空を舞っていて、その子の方へとゆっくりと放物線を描いていた。
『ゴッ』という鈍い音がなり、教室内から一切合切の音が消える。
幸い、当たりどころがどうとかは知らないけれど、赤い血が見えるような事態にはなっていなかった。
「大丈夫?」
「……ハハッ」
「保健室に……」
そうやって、いろんな言葉が混ざり合い、いろんな感情が交差する中、その子は微動だにせず、ただただ頭を押さえるばかり。
そこでようやく、僕はおかしな事に気が付いた。
缶ジュースが空を飛んだ理由? ……違う。
誰かが意図的にそれを成し得たという確信? ……違う。
あの子の顔から笑顔が消えた。
今までずっと、一人で笑っていたのに……
今までずっと、そんな事には無関心を装っていたのに……
僕はゆっくりと、その子のそばまで近づくと、ひしゃげてもなお、中身が溢れていないオレンジジュースの缶を手に取った。
「……りっくん?」
そうやって呼ばれたのは、いつぶりだっただろうか?
ごめんっていう言葉すら掛けられずにいた僕は、その時の彼女にとって、いったいどういう風に映っていたんだろうか?
その後のことは、あまり思い出したい記憶とは言い難い。
僕は片手に持った缶ジュースを振りましながら、やたらめったらと周りにいるクラスメートへと襲いかかった。
アルミ缶がひしゃげ、それでももっと殴り、もっと蹴り上げた。
狂っていたといっても過言じゃない。
甘いジュースが飛び散りながらも、僕の口の中には、苦いものしか感じれなかった。
それほどまでに僕は、僕のことを押さえつけることが出来なくなってしまっていたんだ。
ヒーローとは、ほど遠いやり方に違いない。
彼等ならきっと、もっと上手くやれていたはずだし。そもそも、こんな事になる前に、あの子の事を救えていたはずなんだと思う。
僕がヒーローになれなかったのは、目の前の事象から目を逸らし、一時の平穏をありがたく頂戴してしまったからに他ならない。
そして、それはとっても悪い癖のようなもので、僕は今まさになお、同じ事を繰り返してしまおうとしている。