憧れの帰路 前編
「じゃーんけん、ぽん!」
僕とカナは向かい合わせのまま、真剣な表情で己の片手を前に出す。
僕の右手は石の形、カナの片手は紙の形。
「……にゅふっ、私の勝ちだね〜」
顔を上げると、幼馴染みであろうと許容できないほどの憎たらしい顔で、カナが僕のことを見下ろすかのように口元をニヤつかせていた。
「じゃあ、りっくんのお弁当は幕の内〜、私のお弁当は下関〜」
他人から見れば、いったい何を言ってるんだろうかと思われるかもしれないが、これがいたって真面目な僕達の勝負だったということだけは、この場を借りて伝えさせて欲しい。
そしてだからこそ、僕は現在、とてつもないほどの後悔と怒りの感情を抑えきれずにいる。
「……カナ、やっぱり二人とも同じ弁当でも……」
「ダメだよ〜。 それじゃあ、面白みに欠けちゃうからね〜」
ご機嫌な様子のカナは、僕の泣き言を一蹴し、そのままご機嫌な様子で弁当屋の前まで駆けて行ってしまう。
「すいませーん、幕の内弁当ひとつと下関和牛弁当ひとつ下さーい」
勝敗ここに極まれり。
オーダーを通してしまった以上、もう引き返す道も、やり直す道も閉ざされてしまった。
僕は真っ白に燃え尽きたかのように、その場に佇むことしか出来ずにいる。
「ほらっ、りっくん、お会計だよ? はやくお財布出して?」
そんなカナの催促の声でさえ、今の僕には読経のように聞こえてしまっていた。
たかが弁当と言うなかれ。
これは僕にとっては、とっても重要なファクターであり、ミッションだったのだ。
遡ること数十分。
僕とカナは満喫とはほど遠いレベルで東京を散策し、いよいよ帰路に着こうと特急列車の待合室を訪れていた。
疲れ果てたかといわれれば、果てたしてそうだろうかと思い悩む部分もあるが、僕にしても、カナにしても、体力的にはそれなりの消耗を果たし、ぐったりと椅子に座り込む。
「お腹すいたね〜」
だからその言葉がカナの口から飛だしてきたことにも違和感は無かったし、むしろ僕の方こそ、同じような気持ちを抱いていた。
幸い、列車の時間まではまだ余裕がある。
僕とカナは一時の休憩を取り止め、駅校舎内にある売店へと足を向けることになった。
そしてここで、カナの悪癖とも猛進ともとれる遊び心が、頭角を現しはじめる。
東京駅の弁当屋ともなれば、それこそ数え切れないほどの種類が並べられ、誰もが目移りしながらも、その中から自分にとっての唯一を選び出す。
それは疲れ果てた人間とって、至福の時とも取れるし、極限の選択といっても過言じゃないだろう。
それを、あろうことかカナは、
「うーん。 無駄に迷っちゃうよね〜」
とバッサリと斬り付けると、
「そうだ! じゃんけんで決めよう! 私が勝ったら、りっくんのお弁当は私が決めてあげる。りっくんが勝ったら、私のお弁当はりっくんの好みにあわせてチョイスする」
薄い胸を張り上げながら、何故だか稀に見るドヤ顔で、そんな事をのたまい始めた。