憧れの映画 前編
東京という街には、見るべき場所がたくさんある。
人口が多く、外からも人が集まってくる街には、それなりの特色があって当たり前だということだ。
「学生2枚、お願いしまーす」
だからこそ、僕にはここまで来て、わざわざ映画を見るという選択をとったカナを、苦々しい顔で見つめることしか出来ずにいた。
「ねぇ、カナ、どうしてここまで来て映画なんて……」
前言撤回、僕にはやっぱり我慢が足りない。
黙っていれば良いものを、それをわざわざ口にしてしまうあたり、僕はやっぱり浅慮な人間だ。
何事も自分の基準で推し量って、他人に対して、これまた浅はかな言動を投げ掛けてしまう。
でも、そんな僕の事を誰よりも知ってくれているカナは、
「……ふぅ、りっくんは精神論とほど遠い存在だよね」
思わずぶん殴ってしまいたくなるような素振りで首を振り、こちらを馬鹿にするような表情を浮かべ始めた。
「せっかくだから、ああしよう。 今しか出来ないから、こうしよう。 それはとっても大切な事だと私も思うよ。 でもね、それはきっと、今やりたい事を疎かにしてまで叶えようとする必要はないと思うんだ。 だって、それってすごく、勿体無いことだと思わない?」
カナは大げさに身振り手振りを交えながら、僕に向けて政治家よろしく熱弁を繰り広げてくるが、僕には正直、それが理解出来るようで、でも、納得は出来そうにない。
だって、それって何だか、損したような気持ちにならない?
察しの良いカナは、僕の表情から心の葛藤を読み取ったんだろう。僕に向けて人差し指を突きつけてくると、ますます饒舌に言葉を重ね始めてきた。
「価値観なんてのは、人それぞれ違うものなんだよ。 とっても美味しそうなケーキを差し出されても、お腹が一杯なら私は欲しくない。 例えそれが世界で一番、贅を凝らしたケーキだったとしても、私はきっと、それを食べないと思うんだ。 だって、それはその時その瞬間に私が望んだ幸福以上の意味を持ってないから。 だから私はケーキを食べない。 食べたい時に食べるケーキが一番だって事を、私はとってもよく知っているから」
現状利益の最優先。
それはカナの考え方で、それこそ僕の考え方じゃない。
「……僕にはそもそも、カナが食べ物に対して、そこまでまともな意見を口にしようってこと自体、無理を感じるんだけど……」
でも、いつだって僕は、こんな風にお茶を濁すかのように、回答を誤魔化してしまう。
「シャーラップ! 今はそんなお小言はどうでもいいの! つまり私が何を言いたいかというとね……」
そんな僕に追い打ちをかけるかのように、カナの暴走はますます苛烈に激化の色を見せ始めていく。
「あの……お客様、劇場内では、もう少し静かに……」
でも、世間がそれを簡単に見逃してくれようはずもない。
カナの暴走は劇場のモギリを勤める綺麗なお姉さんの一声によって、あっさりと勢いを奪い取られてしまう。
これには流石のカナもバツが悪かったのか、素直に頭を下げ、手に持ったチケットをそっと差し出し、苦笑いを浮かべるばかりだ。
「ふふっ、どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください」
そんな言葉に背中を押されながら、僕たちは、ようやく館内へと足を進めはじめる。
互いの心情を読み取りながらも、それをぶけつけあうことなく、また一歩、僕は避けるように、逃げるように、その道を歩いていく事を選択したんだ。