遺灰ダイアリー
真っ青な空を見上げながら、僕はそっと『位牌ダイアリー』の頁を閉じる。
「感想は?」
隣に座ったエミさんの真意は伺えない。
でも多分、この人は全部分かってて、カナの好きにさせてたんだと思う。
「……何が『位牌ダイアリー』だ。カナは本当に馬鹿だ」
僕はずっとカナの幸せを願ってたのに、こんなのってない。
僕も馬鹿だし、カナは大馬鹿だ。
「でもさ、カナは幸せそうな顔してた。それだけで、お姉ちゃんとしては大満足なんだ」
それでも僕には納得がいかない。
カナが幸せなのは大満足だ。
でも、この在り方は間違えている。
僕はこんな未来を望んでなかった。僕はもっともっとカナに生きて……
「駄目だよ~、りっくん。これはカナが望んだエンディングなんだからさ? 私達はそれを享受してあげないと……どれだけ寂しくても、受け入れてあげなきゃ駄目なんだ」
空を見上げたエミさんの顔には、そう言いつつも晴れ晴れとしてない何かが見えた。
「あの子はりっくんに何も望んでなかったんだよね~。ただただ、りっくんの為だけにその人生を捧げちゃった」
「……僕が殺したみたいなものだよ。もしも僕がヒーローになりたいだなんて言ってなければ……」
――カナはもっと延命出来たかもしれないのに
「りっくんは幸せ者だよ。一人の人間からこれだけの愛情を注がれたんだからね~。私としては妬けちゃうけれど、だからこそ、りっくんにはあの子の愛情を受け止めてあげて欲しい」
――例えそれが、残された者にとって幸せと感じられなかったとしても
「僕は勘違いしてた。僕の書いてた『いはいダイアリー』は『遺灰ダイアリー』で、カナの書いた『いはいダイアリー』は『位牌ダイアリー』……こんな些細な行き違いなのに、僕達の考えは百八十度以上も違ってたんだ」
「いつか笑い飛ばせるくらいに風化してしまうものと、いつまで経ってもその場所に在り続けるもの。ほんと、どうしようもないくらい間抜けな二人だね」
こんな事もあったなと笑い飛ばせる日記にしたかった。
こんな事は過去の事なんだと、未来に繋がる日記にしたかった。
「ねぇ、りっくんが撮ったカナの写真あるでしょ? ほら、見て見て?」
促されるままに、僕は『遺灰ダイアリー』の頁をめくる。
そこには振り返りざまに笑うカナがいた
そこにははしゃぎ疲れて眠るカナがいた
そこには屋台を背にしてはしゃぐカナがいた
そこには青い空に手を広げたカナがいた
そこには赤い街路樹でアンニュイなポーズをとったカナがいた
頁をめくればめくるほど、そこにはカナが……もうここに居ない彼女の姿が目に映る。
駄目だ。これじゃあ遺灰になんて出来っこない。
それに……
「これじゃあまるで……僕がヒーローどころか、カナがヒロインの物語じゃん……」
そのどれもが良い笑顔で、僕は思わず下を向く。思わず下を向いて、涙を流す。
――ありがとう、カナ
――こんな僕を好いてくれて、本当にありがとう……
――最後まで笑っていてくれてありがとう……
もう僕には直接お礼も言えないから――最後のページにそう書いて、そっと『いはいダイアリー』の頁を閉じる。
記憶がどれだけ薄れても、僕はこの先きっと彼女を忘れない。
それが例え泡沫を残そうとするかの様な無茶苦茶な行為だとしても、この物語は忘れない。
「寒くなってきたね。そろそろ行こっか? りっくん」
「……うん」
僕の物語は続くけど、この物語はここで終わり。
最後の頁に付箋を挟み、大切に鞄の中にしまいこむ。
二冊の日記を抱えながら、僕はこの先も歩いていく。




