憧れのエンディング 後編
走れ、走れ!
今はもう、とにかくそこへと進むしかない!
『そっか……ようやく……気付いてくれたみたいだね』
僕の状況と心情を汲み取ってくれたのか、電話の向こうの声は幾分柔らかい。
それがますます僕の心を締めつけてくれる。
「うん、気付かないはずがない。いや……」
――もっと早くに気付くことも出来たのに!
甘えていたの僕だ。
見ようともしないどころか、思考までもが腐って腐って、どうして今まで動けなかった!
『りっくん……この数ヶ月、香菜と過ごしてどうだった?』
「どうもこうもあるわけない。僕は踊らされながら主人公を演じてた。文句の一つも言いたい気分だ」
――とても感謝なんてしてやれない。
「あいつはほんとに馬鹿だ。ほんとにほんとの大馬鹿馴染みだ」
――でも、今この時は無理矢理にでも感謝しないといけない。
『香菜は本当にりっくんが好きだった。だからこそ、今もりっくんの事を待ってる』
「聞きたくない! それに、それならそうと、こんな強制じみたやり方じゃなく、もっと上手く言ってくれれば良かったのに、それなら僕も……」
『……私とほんとの別れ話をしてた?』
…………その切り返し方は卑怯じゃないか?
そんな風に言われてしまうと、僕はグウの音も出すことが出来ない。
『にゅふっ、愛されてるって嬉しいことだね。……でも、でもだからこそ、私はこの瞬間に嫉妬してしまってる』
「エミさん、でも今は……」
『今はこうするしかない。でしょ? 大丈夫、分かっているから。私はずっと分かってたんだから……』
空元気にしろ、今まで高揚していたエミさんの声から、ほんの少しだけ、切ない感情が伝わってくる。
どうして僕はこうも上手く生きれない。
あの時だってそうだ。
カナがイジメを受けてた時、もっと僕が上手くやれていたのなら、物語のストーリーも変わっていたのかもしれない。
僕はあの時自分の感情を抑えきれず、理不尽な暴力を撒き散らしてしまった。
その結果がこの現実だ。
世界はそんなに優しくはない。
僕とカナには多くのレッテルが貼り出された。
味方の数は減った。
多くの友と絆を断ち切った。
カナがこの事に関してどう思っているのかは知らない。
でも、味方が多いに越したことはないはずだ。
――日常の全てを敵に回した愚かなヒーロー
そんなものになりたかったわけじゃない。
多くの人に囲まれて、その中で誇らしく胸を張れるような人物。
それが僕の目指したヒーロー像だったのに、今もなお僕は、誰にも理解されないような愚かな道を走り続けてる。
――でも、今はそれでいい。この道の先には、もうその選択肢しか残されていないんだから……
人を退け、段差を跳び、エレベーターよりも早く駆け上がる。
たくさんの人に注意はされた。
たくさんの人に迷惑はかけた。
それでも僕にはもう、この道以外に行き先はない。
「……りっくん」
電話越しに聞いてた声が、現実のものと重なり合う。
病室の扉を開け放ったとたん、目の前に飛び込んできたのは、ベッドに横たわるカナと、それを見守る家族の姿。
普通なら邪魔しちゃいけない景色だ。
でも僕は、敢えてその中に食い込み、カナの傍へと歩み寄る。
「あはっ、やっぱり……りっくんは来てくれた」
――これは僕にしか出来ないことだから
「……吃驚させちゃったかな? でも、こうなる事は分かってたしね~」
――誰も彼もを裏切り、誰も彼もを幸せには出来ない
「……ひどい顔してるよ? りっくん……男前が台無しだぁ~」
――こんな最後まで巫山戯た幼馴染だけれど、それでも、僕にとっては大切な幼馴染なんだ
「……にゅふっ、どうしたの?」
「結婚しよう、カナ。僕は君を、絶対に幸せにするから」
――だからこの『いはいダイアリー』の最後に、君だけは幸せにしたかった。




