憧れの街路樹 後編
「りっくん、お姫様抱っこって浪曼があるよね」
思慮に耽っていた僕に突然投げかけられた言葉は、そんな乙女チックであり、とてもカナには似合いそうにない言葉だった。
正直な話、カナがお姫様だなんて、誰が許しても僕は許さない。
お姫様っていうのは、こうなんていうか、もっと清楚で可憐であるべきだ。
「はあ……、りっくんの理想の高さは重症だね」
放っといてくれ。
それに、そんな残念そうなため息をこれみよがしにつかないで欲しい。
僕にだって夢を見続ける権利はあるはずだ。
「そうやって自分の理想だけを追い求め続けて、私はこの先が不安で仕方がないよ」
――まぁ、その辺りはお姉ちゃんにお任せるしかないか
軽いノリで、本当に何気なく聞こえてきた声に、僕はその場で足を止めてしまう。
――そんな寂しいこと言わないでよ
その一言が口に出来ない。
嘘でも、きっと僕はその言葉を口にしなければいけなかったはずなのに、どうやってどうあがいても、その言葉だけは口から外に出ようとはしてくれなかった。
「にゅふふっ、困らせちゃった?」
そうやって笑った彼女の顔を、僕はいまだに忘れることが出来ずにいる。
今思えば、それはこの『いはいダイアリー』で唯一、彼女が未来に向けて未練を残すかのような、寂しい笑顔だったんだと思う。
「別に……、それより、カナってほんとに紅葉が似合わないよね」
「なにぃ!?」
でも、その時の僕はそんな大事なシーンをおざなりにし、適当に軽口を返すだけで、その場を無かった事にした。
「カナには紅葉は似合わない、それよりももっと、眩しく輝く向日葵の方がよく似合うと思う」
そんなキザったらしい言葉を口にして、いつも通りの二人に逃げ込んだ。
「うわぁ……」
これまた別の意味でだけれど、その時のカナの顔も忘れられそうにない。
今まで色んな彼女の顔を見てきたっていうのに、こんな日もあるもんだなって染み染み思う。
つまりはドン引き状態だ。
レアな顔過ぎて泣けてくるほどドン引き状態だ。
「紅葉、綺麗だねぇ~」
しかも現実を投げ捨ててきた!?
僕も確かに似合わない言葉を口にしたっていう自覚はあるけれど、これはこれで中々辛いものが込上がってくる。
「……うん、本当に綺麗だね」
でも、ここで言い返すのも何だか嫌で、僕はカナのご好意に甘えて、そのまま紅葉に見蕩れるふりをした。
本心を吐露すれば、この現実に酔いしれてしまっていたと言っても、過言じゃなかったのかもしれない。
そうしてその翌日、僕のもとにある連絡が届くことになる。
「……カナが倒れた?」




