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いはいダイアリー  作者: 紫木
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憧れの街 前編

「……という訳で、やって来ました大都会~」


 東京駅の改札を出た途端、カナは恥ずかしげも無く、両手を天に向けて突き上げ出していた。

 僕はというと、それが恥ずかして恥ずかしくて、ただただ、周りの視線から逃れる様に身を縮こまらせていることしか出来ずにいる。


「カナ、あんまり浮かれないでよ。ここは東京なんだよ」


 田舎者にとって都会とは憧れの場所であり、それ相応の恐怖感も合わせ持つ。

 簡単に言ってしまえば、僕は東京駅から出たこの瞬間に、大都会の放つプレッシャーに飲み込まれてしまっていたんだ。

 でも、向こう見ずであり好奇心の塊である僕の幼馴染みは、そんな僕の心境など露ほどにも介さず、己のあるがままをさらけ出していた。


「りっくんはダメだなぁ……」


 大袈裟に首を横へと振る姿を見ていると、何故だかムズムズと怒りの感情が沸き起こってくる。


「僕はカナと違って常識人だからね。自分の住まいから出れば、そこは他人の住まいだと考えた方がいい。礼儀ってのは大事だと思うよ」


 まるで子供の戯言だ。

 いや、まさに自分の年齢を考えるんであれば、それは相応と言えるのかもしれない。

 でも、僕の頭を占める大半の戯言は、「カナには負けたくない」という、実に下らない虚栄心から来るものだ。

 そして、こんな時は決まって次の展開も読めてくる。


「あのね、りっくん。 東京ってのはすんごい都会なんだよ。だったら、はしゃいで遊んで楽しんでっていうのが、よっぽど礼儀正しい素振りじゃないのかなあ?」


 カナの指差した方向には、「enjoy Tokyo!」と書かれたアイドルのポスターが、大々的に貼り出されている。

 こうなってくると、どちらが正論かなんてのは、これ以上議論するまでもない。

 カナの行動はいつだって、僕よりもずっと、世界にとって正しいんだ。


「ま、そんな事はどうでもいいや。ーーさあさあ、それじゃあ、さっそく……」


 このあたりも実にカナらしいといえば、カナらしい。

 僕が内心で葛藤を覚えている間に、カナは既に違う目標へと思考を切り替えてしまっている。

 とはいえ、その陸上選手ばりの構えは何だ?


「ゴーーー!!!」

「はあ!?」


 前言撤回、やはりカナの行動は、世界の標準から些かかけ離れている様だ。

 カナは何を思ったのか、大都会の真ん中でクラウチングスタートよろしく、一目散に喧騒の中へと走り出してしまった。

 こんな馬鹿が世界にとって正しい存在であるはずもない。

 現にカナは50メートルも走らぬうちに、信号機という常識に阻まれてしまっている。


「カナ、勝手な行動は……」

「あっ! 見て見てりっくん! あそこにクレープ屋さんがあるよ?」


 それでも落ち着かないあたり、彼女はある種、常軌を逸した存在だ。

 まあ確かに、ここへ来るまでの二時間半、僕たちが何も口にしていないのも事実だ。

 ここらで少し、小腹を満たしておくのも悪くはないかもしれない。


「じゃあ、とりあえずあの店に行こうか……」

「ううん! 別にクレープなんて家でも作れるじゃん。 もっと他のもの食べようよ」


 流石は僕の幼馴染み、人を怒らせるというより、イラつかせる事に関しては超一流の腕前だ。


「りっくんはダメだねぇ。 都会だからって舞い上がっちゃって」


 そして、この様に追い打ちに関しても申し分ない。

 僕の寛容な心も、そろそろ音をたてて崩れ去ってしまいそうだ。


「ねぇ、カナ……」

「おっと、りっくんと話してる間に大量の人波が! さぁ、今度こそ行くよぉー!」


 でも、世界はいつだってカナの味方をする。

 僕がカナの頭にゲンコツを振る舞ってやろうと構えた途端、信号は青へと変わり、僕の幼馴染みを堰き止めるものは一切なくなってしまった。

 こうなればもうお手上げ状態だ。

 今までも、こんな事は何度も経験してきた。

 だけど、今までと今では状況が異なる。

 僕は肩にかけた鞄からカメラを取り出し、それを人波に紛れた被写体へと構えた。


 まずは一枚。 これが僕とカナで作る『いはいダイアリー』の二枚目だ。

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