憧れの街路樹 前編
季節が変われば世も変わる。
僕は街路樹をゆっくりと進みながら、そんな言葉を思い出していた。
だって、つい先日までは木漏れ日が焼けるほどに暑かったっていうのに、この変わりようはなんなんだ?
少しはこっちの事情も汲んで欲しい。
「綺麗だねぇ~」
街路樹は赤々と紅葉を束ね、今はもう過去の面影なんて見る由もない。
それほどの時が流れたわけじゃないにも関わらず、この場所はこんなにも変貌をとげてしまっていた。
――これは何処かの誰かが作った映画のワンシーン
そう言われても不思議じゃないほど、僕達はこの景色に溶け込んでしまっている。
惨めな話だ。
仮面を剥ぎ取られてなお僕は、この現実を堪能してしまっている。
現実はドラマじゃない。
その証拠がこの有様だ。
僕はゆっくりとカナを乗せた車椅子を押しながら、この街路樹を歩いている。
「落ち葉真っ赤に染まりゆく、傍では生いし、息吹かな?」
「……何、それ?」
「頭に勝手に浮かんできた~」
カナの様子は変わらない。
こうやっていつも通りに馬鹿を言い、気にした素振りを一切見せずにいる。
それが今の僕をなおさら締め付けていると感じてしまうのは、全部自分のせいなんだろう。
時が経てば、容態も変化していく。
そんな事は始めっから分かりきっていたはずなのに、これが目を逸らし続けてきた愚か者にはとっても重い。
――だからどうした? 僕にいったい何が出来る?
そんな自問自答をくり返し、僕は今日もこうしてカナといる。
「でもあれだねぇ~。とっても綺麗なのに、どうしてかセンチメンタル。……そうは思わない?」
「一過性ものっていうのはそんなものだよ。儚く短いからこそ、人の心に留まり易い」
「にゅふっ、りっくんも詩人さんだ。……でも確かに、そんなものなのかもしれないね」
ギリギリのラインで会話を楽しむ。
そんな高尚で馬鹿馬鹿しい真似をしたかった訳じゃない。
でも、何故だかその言葉は自ずと自分の中から溢れ出てきて、押し留める事が出来なかった。
「これがドラマなら、きっと私は薄幸のヒロインなんだろうねぇ~」
「……冗談言わないでよ」
その先の言葉が紡げない。
この期に及んで僕は、僕はまだ……
「分かってるよ。私は別に不幸じゃない。むしろ、それ以上に…………わっ!」
その先を聞きたくないが為に、僕は後ろからカナの体を包み込んだ。
そっとゆっくりと、それでいて力強く抱き締めた。
「にゅふふっ、これじゃあますます、幸せだとしか思えないかも……」
カナの顔はきっと、これ以上ないくらいに綻んでいるんだろう。
それに比べて、僕の方はどうだ?
ドラマの主人公や映画に出てくるヒーローに憧れを持っていたにも関わらず、現実を突き付けられたらこのザマだ。
僕はどうすれば、この現実を打破出来るんだろう。
足りない頭をフル稼働させても、いまだ答えは、見つけられそうにない。




