嘘 ニ
『大きくなったら、僕は世界中の誰よりもヒーローになるんだ』
『ええ~、りっくんじゃ絶対に無理だよ~』
そんな遠い昔の夢を見たのは、どうしてなんだろう。
『ヒーローの定義』なんて在りはしない。
精々が目の前の人たちを幸せにする程度が、その夢の落としどころなんだって伝えてあげたくなってしまう。
――だって、この世界にはそれほどの悲劇も、それほどの不幸も訪れはしないんだから。
『……何でそんなこと言うの?』
『ああ~……、りっくんはすぐにそうやって泣くんだから』
でも、思い出したくもない惨めな自分は、手の届く範囲でそうやって蠢いている。
その程度でヒーローを目指すなんて、昔の自分を百発は殴りつけてやりたい気分だ。
『泣いてなんかないよ! カナなんて大嫌いだ!』
『ええ!? どうして私が嫌われちゃうの?』
これ以上は直視すら躊躇ってしまう。
止めろよ。僕はもう、ヒーローなんか目指しちゃいない。
『…………』
『もうっ、すぐにそうやって拗ねちゃうんだから……』
そんな思い出は捨ててしまえば良いはずなのに、まだ僕の中にそれが生き残っているのが不思議だ。
全部過去のこと。
思い出す必要も、掘り返す必要もないはずなのに……
『じゃあ、こうしよう? わたしがりっくんの夢を叶えてあげる。私がりっくんを絶対に世界で一番のヒーローにしてあげる』
大丈夫、世界にそんな悲劇は訪れない。
少なくても、僕が見るこの小さな範囲では、そんな『ありふれた悲劇』なんて起こりようはずもないんだ。
――悲劇や悪意が訪れなければ、ヒーローになんて、なれようはずもない。
『……じゃあ、カナを信じてもいいの?』
『大丈夫。私が絶対にりっくんをヒーローにしてあげるから。だから、りっくんは何も心配しなくていいんだよ』
だからこそ、僕は目の前の現実を、非現実的だと思い込ませてきた。
嘘ではないにしても、本当だとは考えようとも……いや、考えないように目を逸らし続けてきたんだ。
嘘 ニ
僕は、この現実を受け入れたフリをしていた。
だから僕はきっと、この先もヒーローになんてなれやしない。




