憧れの夕焼け 後編
屋上で夕日を眺めるなんて青春ごっこを披露したからには、次に続くのは『音楽室』でのひと時以外、有り得るはずもない。
朱焼けに染まる音楽室。
鳴り響くのは拙い旋律。
僕はそこで、眠るように耳を傾け続ける。
自身の全てを、朱焼けに染めながら……
この持論を僕が口にした時、何故だかカナは、とても優しいものを見る目をしていた。
という訳で、夕日が沈まぬうちに早速僕達は音楽室へと足を向けていたわけだけど……
「お邪魔しまーす!」
今のカナに遠慮という文字はない。
だからこそこうやって、教室の扉を派手にスライドさせてしまうのだろう。
「……カナ」
「ほえ?」
で、やっぱりこの顔を見る限り、自分の行動がいかに奔放を極めたものだと理解いただけてはいないようだ。
先にも言ったけど、あくまでも僕達の行動は不法侵入だ。
極力目立つような行動は避けてくださいませ……っていうか、自重しやがれこの大馬鹿馴染み!
「ええ~、りっくんは細かいこと気にし過ぎなんだよ~。さっきも言ったじゃん。私達だって、ある意味ここの卒業生なんだよ?」
「……でも、それってカナの願望だよね?」
それは強引で独りよがりで、何一つ認可なんて得られていない戯言だ。
僕にとっては今更ながらの心配になるが、カナの思考性は、少しオカシイと言っても過言じゃない。
「……その言葉は、そっくりそのままお返しします~」
でも、むくれ顔になったカナは、何故だか僕にジトッとした目を向けると、
「りっくんにだけは言われたくないよ」と呟き、スタスタとピアノの前に腰掛ける。
ふむ……悪くない絵面だ。
どうにも僕は、こういった絵面といったものに非常に弱い部分がある。
それをこの幼馴染が知らないはずもなく、こうやっていつも煙に巻かれてしまう。
「……それじゃあ、本当に仕方のないりっくんの為に、私が全身全霊を込めて、この一曲をプレゼントしてあげる。心して聞くんだよ?」
くそっ! 台詞回しまで完璧じゃないか!
これが僕を貶めるための罠だったとしても、もう抜け出せそうもない。
「にゅふっ」
そうして、一つの舞台が出来上がった。
夕暮れに染まる教室。
そこにあるのは僕の好きなショパンの旋律と、真っ赤に染め上げられた二人だけ。
耳を傾ける側と、心を投影する側。
互いが互いに知らずのうちに、奥へ奥へと、とっても深い場所まで潜り込んでいく。
だから、ここから先の会話は、夢の中の話だとでも思って欲しい。
♪♪……
「……ねぇ、りっくん」
「うん?」
♪♪……
「ありがとね。あの時、私のこと気付いてくれて」
「……何の話?」
♪♪……
「にふふっ、りっくんはすぐにそうやって格好つけたがるよね~」
「さあね、知らないことには答えられないだけだよ」
♪♪……
「……でも、本当にこれで良かったのかなぁ? りっくんは後悔してない?」
「いまさら何をそんなこと……、僕はまだまだ子供だったんだ。だから、我慢の一つも出来ずに暴力で解決してしまった。でも、その暴力に後悔なんてない」
「……そっか」
♪♪♪……
「……りっくがそんな風に言うから……言ってくれるんなら……うん、私もそう受け取らさせてもらうよ」
「馬鹿馬鹿しい話だね」
そう、とっても馬鹿馬鹿しい話だ。
あの結末は、僕にとって大層汚点で、全然上手くやれなかった結果なんだから。
もっと上手くやれなかったのかと、過去の自分をぶん殴ってやりたいぐらいだ。
♪♪……
「あのね、りっくんはそんなだから、きっと気付いてないと思うんだけど、私は知ってるよ」
「……何を?」
♪♪……
「今を幸せだって言うりっくんだけど、きっと、りっくんはそれ以上を求めてる」
「…………」
♪♪……
「ありきたりな日常よりも、もっとドラマチックな生き方を……。それこそまるで、自分が物語の主人公なんだって自覚出来るくらいの生き方を……」
♪♪……
「だから……だからね、私がそれを与えてあげる。うん、きっとこれは私にしか出来ないはずだから。世界中のどこの誰にも出来なくて、それこそ、お姉ちゃんでも与えてあげられないことだから……」
旋律は終わりを告げる。
そうして夢は覚め、僕の心理は、嫌がおうにも現実へと引き戻されていく。
僕が見て見ないフリをしていた現実は、そうして緩やかに曝け出された。




