憧れの家族 前編
僕にとってのカナが何なのかと問われれば、僕は迷わず疑わず、去勢を張るまでもなく、こう言える事が出来るだろう。
カナは僕にとって、最親であり、最愛の友達だ。
でも、この想いは一方通行で、カナにとっての僕がどういった立ち位置かだなんて事は、いまさら考える必要もない。
そんな事は僕だって知っている。
これを誰かに自惚れだなんて言葉で揶揄されようと、この真実だけは変わらない。
だから僕は、目をそらす。
これからもずっと、そうやって、終わりの日まで目を逸らし続けるんだ。
「よく来てくれたね。 理生君」
「いえ、ご無沙汰してます。 おじさん」
その日、僕はいつも通りカナのことを誘うために、彼女の家の前で佇んでいた。
あの花火大会の日に何がどう変わったかと言われても、別段、日常生活に支障をきたすほどの変化は見受けられない。
あれからも僕とカナは、何なりと目的を見出しては、いはいダイアリーの作成に取り組んでいただけだ。
そして、カナと僕が行動を共にする際には、いつだって、こういう風に、僕がカナの家まで足を運ぶことになる。
特に理由はない。
強いて言うならば、その方がカナにとって幸せなんだと思い込んでいたからだ。
でも、この日はいつもと様子が違う。
午前十時、普段ならこの時間になった途端、目の前の扉から弾丸のように飛び出してくるはずのカナが、今日に限っては扉を半開きにしたまま、その場を動こうとしないでいる。
僕がいくら何を問いかけようとも、カナはその場をテコでも離れようとはしなかった。
夏の暑さも相まり、いよいよ痺れを切らした僕は、およそ何年ぶりになるだろうか、カナの家の敷地へと足を踏み入れ、ドアノブをグッと引っ張る。
それがこの大馬鹿幼馴染の、悪どい罠だとも知ることもなく……
「捕獲!!!」
カナの行動は早かった。
それはさながら、昔見た映画にあった、巨大哺乳類が海面の中で大きく口を開いていたシーンのように、僕をあっさりと飲み込んでいく。(格好良く言おうとしたけども、実際は手を引っ張られ、家の中へと引きづり込まれただけだ)
でも、この家が僕にとって、巨大生物の腹の中とそう違わないことは真実だ。
そうして僕は、とことんまでに顔を合わすことを避けていた人物、すなわち、カナの両親と数年ぶりに対面することになってしまった。
「あまり長々と引き留めてしまっても、香奈に怒られてしまう。 でも、まず始めに断っておかなければいけないな、今日、香奈が理生君をこの家に引き込んだのは、全部、私の指示なんだ。 だから、あまり香奈のことを責めるんじゃないよ?」
居心地の悪さが全面的に出てしまっていたんだろうか。
おじさんは、やんわりと僕にそう告げると、今時分、台所へとお茶を淹れに行ったカナのことをフォローするような言葉を口にする。
でも、ごめんなさい、おじさん。
僕はきっとこの後、少なくとも、カナにヘッドロックをかける事は間違いなさそうです。
「さて、本当なら、ここで思い出話に花を咲かせるのも悪くはないんだけれど、今日ばかりはそうも言っていられない。本題に入ることにしようか……」
それまでの柔和な雰囲気は一転、おじさんは居住まいを正し始める。
この辺りのギアの変え方は、実にカナの親だと伺えるところだ。
少しは、こっちの心情も考えて接待してほしい。
これじゃあ、馬鹿な事を考えていた僕が、なおさら馬鹿者みたいに思えてしまう。
そしてきっと、この後も僕の事はお構い無しに、きっと、胃が飛び出るほどのビックリ発言を口にしてくれるんだろう。
例えば……
「単刀直入に言おう。 理生君、君と香奈は、もう会うべきじゃない」
こんな風に、とても身勝手で、それでいながらも、僕が避け続けて見ないようにしていたはずの、本物の言葉を。




