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72.霊山ウララヌス

 

「ははっ、エリス姉さんはそんなこと言ったんだ」


 俺の話を聞いて、目の前に座る紅茶色の髪の男はコーヒーを片手に嬉しそうに笑った。気障な動作もサマになるこの男は、ブリガディア王国の王太子レドリックだ。


 そう、俺は今レドリック王太子と喫茶室でコーヒーを飲んでいた。こんな風にエリスの話をしながらお茶するのは、はたして何度目だろうか。

 …だってこの男、いっつも「あぁー、ちょっと喉が渇いたなぁ」っていうときに絶妙のタイミングで声をかけてくるから、なかなか断りにくいんだよなぁ。

 俺だって暇じゃないんだけど、なにせこの喫茶室のお茶は高い。いくら涼むためとはいえ気軽には来れない店なのだ。涼むだけなら『奇書室』もあるけど、あそこは飲食厳禁だから喉が乾くんだよね。

 それを奢ると言われたら、心が揺れ動いちまうのは仕方のないことだと思わないかい?…決してエリスのブライベートを売り渡してるわけじゃないぜ、うん。



「しっかし、よくもまぁ飽きずにエリスの話を聞くね?そんなんじゃエリスがお嫁に行くとき我慢出来ないんじゃないか?」

「姉さんが…嫁に…出る?」


 俺の言葉を聞いた途端、ブルブルと震えだすレドリック王太子。おいおい、大丈夫かこいつ。


「と、ところでなんでレドリック王太子はそんなにエリスのことを聞きたがるんだ?」


 慌てて俺は話題を変えることにした。だってこいつ、あのまま放っておいたら”闇落ち”しそうな勢いだったし。


「なぁアキ、良かったら私のことは”レッド”って呼んでくれないかな?」

「えー、だってあんた王太子だろう?そんな…呼び捨てなんてできないよ」

「いやいや、そんな口調で私と話してるアキがそこだけ気を使うなんて変じゃないかい?」


 んー、確かにそう言われるとそうかもしれない。まぁぶっちゃけ王太子とか王子とか姫とか…そんな肩書き何とも思ってないから、別にこいつのことを呼び捨てにするのは構わないんだけどさ。ただなんとなく…本能が「それはやめとけっ」て言ってる気がするんだよねぇ。



「そ、それじゃあレッド。どうしてエリスのことをそんなに気にかけてるの?」

「…私はね、ずっと大国ブリガディアの王太子として育てられてきた。もちろん周りの人たちには厳しい中にもたくさんの愛情を貰って来たよ?だけど…ただ一つ、”肉親の愛情”という点ではあまり恵まれていなかったんだ」


 彼の口から語られたのは、レドリック王太子にまつわる…ちょっとしたお涙頂戴のストーリーだった。



 生まれてしばらくして母親が亡くなったレドリックは、他に兄弟も無く、名君と呼ばれた父親は”大国の国王”として多忙を極めたため、ほとんど肉親の情を感じることがない幼少期を過ごしてきたのだそうだ。

 幸い人間関係には恵まれ、同じ年のブライアントという友人もいたことから、グレることもなくこの年まで成長したものの、どうしても心の空いた隙間を埋めるには至らなかったらしい。…ちなみにブライアントが友人として恵まれた存在なのかについては、ここではあえて触れないでおく。


 そんなとき、彼は偶然エリスという異母姉の存在を知った。いてもたっても居られなくなったレドリックはお忍びでエリスに会いに行き、彼女と向かい合った瞬間に…これまで心にポッカリと空いていた部分が埋まるのを感じたのだそうだ。以来、エリスに特別な想い(本人曰く、恋愛感情では無いらしい)を抱くようになったのだという。


 以上が、彼がエリスに粘着・・する理由なのだそうだ。



 …正直、”乙女系恋愛シミュレーションゲーム”なんかでありそうな裏設定だなぁと思った。それにしてもこいつ、ちょっとヤバいやつの雰囲気がするんだが、俺の気のせいだろうか…




「実はね、私はハインツの双子が羨ましかったんだ」

「へ?なんで?」


 遠い目をしながら急に語り出すレドリック王太子に、思わず理由を聞いてしまった。すぐに「しまったな、聞かなきゃ良かった」と後悔したんだが、すでに後の祭り。


「だって、彼らはすごく自然に…友達として君たちと接しているだろう?私と同じ王族という立場に居るのに、あんなにも自然と振舞えてすごいなーって思ってたんだ。私にはそんな相手がブライくらいしかいなかったからね。……でもさ!」


 カッと目に強い光を取り戻すと、今度は熱を帯びた視線を俺に向けてきた。


「最近こうやってアキと話すようになって、すごく楽しいんだ。正直これまで私が出会ってきた女性たちは、みんな私の『肩書き』だけを見ている気がしていた」


 そりゃあ相手が王太子だったら誰だってそう接するだろうよ。下手したら不敬罪で死刑とかだろう?逆に、上手く行けば玉の輿だしな。


「だけどアキは、私に対して普通に接してくれた。なんというか…ほかの人からは感じられた”距離”を、アキとの間には感じないんだ」


 あー、それは勘違いってもんだぜ?そもそも俺は中身が男だから、接しやすさや距離の近さをなんとなく感じてるだけだと思う。


「だからさ、アキはなんだか…生まれて初めて出来た異性の友達って感じがするんだよ。アキ…これからも私と仲良くしてくれるかな?」

「あ、あぁ…」


 レッドの真剣な表情に気圧されて思わず同意してしまったものの、もしかして俺…とんでもない地雷を引き当てちまったのかな?


 おいおい、誰かこの『残念王太子』をどうにかしてくれよ…








 ------









「【霊剣アンゴルモア】を探しに行こうぜ!」


 突如そう言いだしたのはボウイだった。一瞬猛暑と何度も俺に吹き飛ばされたせいで頭がおかしくなったのかと思ったけど、どうやら正気のようだ。



「ボウイ、霊山ウララヌスは魔獣も出ると言いますわ、危険ですわよ?」


 そんなスターリィの忠告など聞く耳持たず。仮に無視したとしても、勝手に行ってしまいそうな勢いで鼻息も荒い。


「俺たちみんなで行けば大丈夫だろう?やっぱりさ、俺も天使に覚醒したほうが戦力の底上げになると思うんだよ。それに…もし【霊剣アンゴルモア】に選ばれでもしたら、俺は本当に『勇者』になっちまうかもしれねぇぜ?」

「そうやそうや!うちのダーリンやったら絶対選ばれるって!きゃー」


 はいはい、そこノロケるのは周りに人が居ない場所でやってね。若干迷惑そうな表情を浮かべて擦り寄るナスリーンを引き剥がすボウイ。


 …それにしてもボウイのやつ、いつのまにナスリーンのダーリンになったんだ?


「なってねぇよ!こいつが勝手に…」

「えっ!?そうなん!?ウチ、捨てられたんか…?」

「あ、いや…そうじゃなくて…」


 泣き真似をするナスリーンにどう対処して良いかわからず、オロオロしているボウイ。あーあ、この調子じゃあナスリーンに落とされるのも時間の問題だな。




「なんかそれ、面白そうだね!うちらも行くよ!」


 ボウイの提案にすかさず同意を示してきたのははミア王子だった。なんとなくこのおてんばは食いついてくる気がしてたんだよなぁ。


「えっ?本気…?もう『天使の器オーブ』持ってるのに?」

「そりゃ…【英雄レジェンド】レイダーみたいに複数覚醒したいじゃん?ほーらみんな、せっかくだから行ってみようよ!」


 カレン姫の制止もどこへやら。この場にいる全員を焚きつける始末。



「…プリムラたちはどうする?魔族には『天使の器オーブ』は関係ないはずだから、来る必要は無いと思うんだけど」

「アキ様、拙者は…かつて【魔神】とまで呼ばれたお方の今の姿を確認したいと考えております。…カノープス、あなたも来るでしょう?」

「はいはい、どうせぼくには拒否権なんて無いんでしょう?」


 なんだかんだでプリムラの言うことにはあまり逆らわないカノープスが、渋々といった感じで行くことに同意してきた。


 そんなわけで結局…ここにいるメンバー全員で霊山ウララヌスに挑むことになったんだ。






 ---






 学園の一番奥にある、霊山ウララヌスへと向かう山道への扉は固く閉ざされていた。門の前には、警備員の老人があくびをしながら待機している。


 今この場にいるのは、俺、スターリィ、カレン姫、ミア王子、ボウイ、ナスリーン、カノープス、プリムラ、エリスの9人だ。


「私は…ちょっと怖いからここに残っててもいい?」

「そうだね、エリスが残ってくれてれば安心かな。いざという時には講師に助けを求められるしね」


 結局エリスが残留することになり、残った8人で挑戦することにした。






「禁呪【黒霧丸ヤーヤーマ】…!」


 俺の右手から放たれた黒いボール状の魔虫が、門の前に立つ警備員の周りに黒い霧を放つ。やがてフラフラと揺れると、そのままパタンと倒れてしまった。

 よし、上手く眠ってくれたみたいだ。


「…なんだかんだでアキが一番やる気なんじゃないの?」


 不本意にもボウイにそんなことを言われ、俺は思わず顔をしかめた。せっかく穏便に行くように警備員を眠らせたってのに、その言い草は無いよな?

 でも、彼の言うことはあながち間違いとは言えなかった。なにせ俺にも…【霊剣アンゴルモア】に選ばれるんじゃないかと期待している気持ちが確実にあったからだ。もし有史以来誰も手に入れることがなかった【覇王の器レガリア】を手に入れることができれば…そんなスケベ心が、今の俺を突き動かしていたんだ。




 重く大きな扉を開いて侵入した霊山ウララヌスは、うっすらと霧に覆われていた。不気味な雰囲気を醸し出す山肌の様子に圧倒され、俺は歩みを止めた。なんだろう、この山には今まで出会ったことの無い異質なものを感じる。


「おいアキ、なに足止めてるんだよ。もしかしてびびってんのか?だったら俺が先に行くぜ?」

「アキ、おっさきー!」


 勢いよく飛び出していくボウイとナスリーン。続けて颯爽と進んで行くハインツの双子たちと、心配そうにこちらに視線を送るプリムラとカノープス。

 …こんなところで躊躇してても仕方ないな。俺は嫌な感覚を頭一振りして追いやると、横にいるスターリィに頷いて前に歩を進め始めた。




 歩き始めて数分が経過しても、嫌な予感は深まっていくばかりだった。辺りを覆う霧の濃度も、心なしか濃くなっているように感じる。


「おいボウイ、気をつけろ!この霧は…なんか変だ!」

「アキ、なにダサいこと言ってんだよ。こんなのただの霧だろう?大丈夫、大丈夫!」


 俺の忠告を無視してさらに先へと進んで行くボウイたち。やがて…霧が急激に濃度を上げていき、気がつくと1メートル先さえもはっきり見えなくなっていた。



 やはりこの霧はおかしい。自然現象にしてはあまりに急激に濃度が上がりすぎている。

 俺は視界を確保するために【魔眼】を発動させるとともに、自然の力に影響を及ぼす龍魔法を使って見ようと試みてみた。だが…


「…こいつはどうなってんだ?【魔眼】が通りにくい上に、自然が…言うことを聞かない」

「アキ、どうしたんですの?」


 俺に語りかけるスターリィは、すぐそばにいるはずなのにもはや顔が見えにくくなっていた。そのくらい状況は悪化していた。他のメンバーに至ってはどこにいるのかまったく分からない。


 まいったな、さすがは霊山ウララヌス。噂に違わぬ魔の山っぷりだ。

 俺は気を取り直すと、隣にいるスターリィの手をしっかりと握り締めた。


「ア、アキ?」

「この霧は間違いなく私たちを迷わせに来ている。せめて俺たちははぐれないように、ちゃんと手をつなごう」

「わ、わかりましたわ」


 手にスターリィの温もりが伝わってくるのを感じながら、改めて本気で【魔眼】を発動させた。



 ――――<起動>――――

 個別能力アビリティ:『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル

 【魔眼マジカルアイ】…『スカニヤー』発動。




 今までの軽く発動していた【魔眼】と違い、能力アビリティを完全に起動した上での【魔眼】は、かろうじてこの不思議な霧の中を見通すことができた。

 他のメンバーの状況を確認してみると、カレン姫とミア王子、ボウイとナスリーン、カノープスとプリムラの二人ずつの組み合わせに分断されていた。それぞれが行き先を見失いながら異なる方向へと歩いていくのが見える。…どうやら二人一組に分断されているようだ。


 これが”霊山ウララヌス”が意図的にやっていることなのか、それとも偶然なのかはわからない。ただ追いかけようにも既に距離は離れていたし、そのうちの一部は下山する方向に導かれていたので、彼らを追いかけることはすぐに諦めた。


「…完全に分断されている。もう他のやつらと合流することは難しそうだ」

「えっ?そうなんですの?」

「うん。仕方ないから合流は諦めて、私達だけでも頂上を目指そう」

「わ、わかりましたわ」


 俺は【魔眼】を全力で発動させたまま、スターリィの手を引いて辛うじて見える山頂への道をひたすら歩いて行った。






 ---






 もはや濃霧は自分の手足でさえも見えないほど濃密になっていた。魔眼でさえも、迷わないように進むだけで精一杯の状況だ。さすがは霊山ウララヌスとまで呼ばれる場所だ、まともな手段では山頂までたどり着くことは出来ないようだ。


 しかも濃霧は、次々とその姿を変貌していった。時には獣がいるように見えたり、次の瞬間には別の場所へ導く道のようなものができたりしている。まるでこの霧は「意思」を持っているようだった。侵入者を惑わそうとする、明確な意思。

 あいにく【魔眼】を使っている俺が惑わされることはなかったけれども、これが無ければ俺もとっくの昔にこの山から放り出されていただろう。


 ただ、この霧に俺たちを傷つけようという意図は感じられなかった。ただ無傷で追い返そうとする、それだけの存在。だから俺は恐れることなく、思い切って前へと進んでいくことができたんだ。



 スターリィは俺の腕にしっかりとしがみついていた。俺のことを信用してくれているようで、ほとんど周りが見えていないにもかかわらず、歩く様に迷いはない。


「スターリィ、見えなくて不安だろう?大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですわ。あたしはアキのことを信じてますから」


 そんなスターリィの気持ちが嬉しくなって、俺はそっと彼女の頭を撫でたんだ。










 どれくらい歩いただろうか。


 気がつくと霧の濃度が下がってきているような気がする。それまでほとんど見えなかった周りの様子が少しずつ見えるようになってきた。もしやこれは…頂上が近いのかな?


 そのとき、突如スターリィが左手を前に差し出して身構えた。完全に戦闘態勢。スターリィのやつ、どうしたんだ急に?


「アキ!魔獣がいますわ!」


 えっ?

 俺はスターリィの言葉に耳を疑った。


 俺の【魔眼】は前方に何も映し出していない。だけどスターリィにはなにやら魔獣の姿が見えているようだ。


「スターリィ、私には魔獣の姿は見えない。もしかしたらスターリィだけ幻覚を見ているのかもしれない」

「ほ、本当ですの!?あ、でもたしかに…魔獣の方にもあたしに襲いかかってくる気配がありませんわ。あ、なにかを語りかけてきています…」


 そう言いながら、スターリィは前方の誰もいない空間に耳を傾けている。なんとも不思議な光景だった。

 でもまぁ害はなさそうだし、放っておいても大丈夫かな?




『気にする必要は無ぇぞ、お嬢ちゃん。別にその娘は危害を加えられるわけじゃねぇ。そもそも”山頂ここ”までに至る資質・・を持っていたんだ、邪険にはしねぇよ』


 突如声をかけられて、俺は慌てて声のした方を振り返った。そこに立っていたのは…全身をローブに包み込んだ、小柄な人物。

 どういうことだ?これまでまったく人の気配はしなかったのに…。もしかしてこいつも幻覚だったりするのか?


「あ、あんたは誰だ?」

『我輩か?我輩は…そうだな、さしずめ【ミスト】…とでも呼んでもらおうかな?』


 【ミスト】と名乗ったその小柄な男の顔は、フードで覆われているのでよく見えなかった。まるで直接脳内に語りかけてくるかのような声に若干戸惑いを覚える。しかもこいつに対してさっきからずっと【魔眼】を発動させているのに、情報が何一つハッキリ分からないんだ。…なんなんだ、こいつは?

 ふと隣にいるスターリィの状況を確認すると、彼女はまるで凍りついたかのように動きを止めていた。


『…気にすんな。そいつは今、幻覚を見て固まってるだけだ。すぐに動き出すし、別に怪我もしねーよ』

「あ…あんたは一体何者なんだ?どうしてこんなところにいる?もしかして…あんたも幻覚なのか?」

『ふっ、そう慌てんなよお嬢ちゃん。幻覚なんかじゃねぇし。我輩はな…この山の番人だ。この地…霊山ウララヌスに在る我が主人【アンゴルモア】様が静かに眠れるように、こうやって守ってるのさ』


 なんと…この霊山には番人がいたのだ。しかも、【ミスト】と名乗るこの男の言いぶりからすると、霧を操っているのもどうやらこいつらしい。


『あぁそうだ。誰でも彼でも来られると迷惑だからな、ここで我輩が選別・・してるんだ。もっとも、山頂ここまでこれるだけの資質を持ったヤツなんてほとんど居ねぇんだがな。お嬢ちゃんで…そうだな、ここ10000年くらいの間でだいたい100人目くらいってところかな?』


 なにげなく【ミスト】が言い放った言葉に、俺は絶句してしまった。

 い、一万年だって?こいつは1万年もここに居たのか?彼はいったいどれだけ途方も無い年月をここで過ごしていたのだろうか。

 しかも…その間に100人!?たった100人しか山頂まで来れてなっていうのか?試算すると、100年に一人しかここにたどり着いていないということになる。なんという恐ろしい数字なんだよ…


『1万年で100人って言っても、登頂者が一気に増えたのはここ最近のことさ。どうも麓に研究施設みたいなもんができたせいで、素質のあるものが集まってきたせいだろうよ。…ただ、我輩が姿を見せたのは今回が初めてだがな。さーて、お嬢ちゃん。あんたの名前は何ていうんだ?』

「ア、アキだ。ってか、あなたはどういう基準で山頂まで来る人物を絞ってるんだ?潜在魔力とか?」

『うーん。アキよ、そいつは我輩にもよく分からない。実はな、誰をどこまで受け入れるかは、アンゴルモア様の霊気・・が選んでいるんだ。我輩にはその選択結果だけが伝わって来るから、その意思に従って追い返したり導いたりしているだけさ』

「ということは…もしかして私は【霊剣アンゴルモア】に選ばれたりするのか?」 


 俺の問いかけに、【ミスト】はぷっと吹き出すと、耐えきれないといった感じでゲラゲラ笑い出した。

 な、なんだよこいつ、急に笑い出すなんて失礼だな。


『あっはっは、すまねぇすまねぇ。残念だがアキにはアンゴルモア様に触る資格はねぇよ。一瞬もしかしてって思ってこうやって姿を現したんだが…実際にこうやって対峙してみて、どうやらそれが勘違いだってことが分かったよ。おめぇじゃあ…選ばれないな』

「そ、それはどういう…」

『百聞は一見に如かずって言うよな?ついてこい、否が応でも理解させてやるよ』


 それまで岩の上に腰掛けていた【ミスト】がさっと立ち上がり、俺について来いと手招きしてきた。

 …わかったよ、ついて行ってやるよ。俺は固まったままのスターリィを横目に、先を行く【ミスト】のあとをついていくことにした。







 ---







『ここだ』


 【ミスト】によって案内されたのは、山頂にある大きな火口のような場所だった。火口の中心に向かって伸びる…左右が断崖になった細長い道のような尾根があり、そこを伝っていくと、火口の中心部分にある小さな島のような場所にたどり着くようになっていた。

 その島の中心に、なにやら剣のようなものが突き刺さっているのが遠目に見える。【ミスト】はそこを指で指し示した。


『あそこに見えるのがアンゴルモア様だ。せっかくだから近くまで行ってみろよ』


 番人である【ミスト】に許可をもらったので、俺は恐る恐る火口の中心へ続く細長い尾根を歩いて行った。




 火口の中心にある小さな小島に着くと、俺は全身から吹き出す汗を止めることができなかった。それくらい…この場所には重圧を感じさせる圧倒的ななにか・・・が存在していた。

 ずっと発動しっぱなしの【魔眼】で確認すると、なにやら正体不明の魔力のようなものが火口付近を中心に渦巻いていた。どうやらこれが…【ミスト】の言う”霊気”というものだろうか?



『さぁ、そいつがアンゴルモア様だ。お前に…そいつを触ることができるかい?』


 言われて俺は、目の前にある剣をしっかりと見つめた。

 大地に突き刺さっている一本の剣…【霊剣アンゴルモア】。一見すると何の変哲も無い普通の剣のように見える。


 ただ、対峙してみてハッキリとわかった。こいつは、俺が触れたら…たぶん存在が消滅してしまう。この剣はそれくらい強烈で圧倒的な力を放っていたのだ。


「…だめだ。これは…死ぬ」

『ふふっ、分かってくれたようで嬉しいよ。ここに来た100人のうちほとんどが理解してくれて立ち去っていったが…まぁ賢明な判断だな。もっとも、ごく一部に身の程をわきまえずに挑戦して、そのまま”霊気の渦”に消えていった愚か者もいたけどな』


 あぁ、その言葉の意味はよくわかる。たぶん俺がこの剣に触れると、彼の言う通り消滅してしまうだろう。



『…アンゴルモア様はな、永い間ずっとここで待っている。いつ現れるかわからない、正当なる所有者のことをな』

「…こんな凄まじい【覇王の器レガリア】を、持つことができる人物は現れるのか?」

『さぁ、それは我輩にはわからない。ただ我輩にできることは…あのお方の選ぶ人間を、この地に連れてくることだけさ』


 困ったような口調でそういうと、【ミスト】はこちらに向き直った。



『さーもう時間だ、そろそろ帰りな。一緒に来た他の連中は、もうとっくに下山してるぞ?』

「あ、他のやつらは平気なのか?」

『だーかーら、さっきも言ったろう?丁寧に送り返すのが我輩の役目なんだっちゅうの。ただ…イキのいいのが居たから、ちょっと”おいた”して貰ったけどな』


 誰だろう…なんとなく想像はつくけど。



『なぁアキ。最後に一つ、お前に聞いていいか?』

「ん?」


 急に改まった言い方をしてくる【ミスト】。なんだろうか、こいつがこんな聞き方をしてくるなんて。



『お前は一体…なにものなんだ?お前は…そもそも一人・・・・・・なのか?』


ミスト】の問いに、俺は言葉を失ってしまった。そいつは…どういう意味だ?


『いや、分かんないなら関係ねぇな。すまなかった、今のは忘れてくれ』



 結局そのあと、いくら俺が問いただしても【ミスト】は何も答えてくれなかった。







 ---






 【霊剣アンゴルモア】との邂逅ののち、いつの間にか【ミスト】は姿を消してしまっていた。仕方なく下山の決意をした俺は、正気を取り戻したスターリィと合流して帰路に着く。なぜか帰り道の方向だけ霧が薄らいでいたので、何事もなく学園まで帰ることができた。


 帰りの道すがら、俺たちはお互いに起こったことを話した。


 なんでもスターリィは、人語を喋る龍型の魔獣と話したらしい。その魔獣曰く、『力在る者よ。この地は神が眠る地ゆえ、不用意に近づくでない』と諭されたのだそうだ。結果、残念ながらスターリィは【霊剣アンゴルモア】にお目にかかることができなかったらしい。


 一方、俺の話を聞いたスターリィは関心しきりだった。密かに【霊剣アンゴルモア】に選ばれなくて落ち込んでいた俺に気付いて、「アキにはきっとピッタリの【天使の器オーブ】が手に入りますわ!」と慰めてくれたんだ。






 無事に下山すると、既にみんな迷い出ていて俺たちの帰りを待ちわびていた。


 ちなみにボウイとナスリーンは一番最初に放り出されたのだとか。霧の中から突如現れた魔獣に襲いかかったものの、返り討ちにあった挙句、強制的に麓近くまで吹き飛ばされたらしい。…ぷぷっ、一番意気込んでいたのに残念だったな。


 一方、カレン姫とミア王子は結構長時間粘ったみたいなんだけど、結局追い返されていた。こちらは延々と迷わされた挙句、最終的には麓まで戻されていたのだそうだ。


 カノープスとプリムラがどうだったのかについては、その時は教えてもらえなかったんだけど、あとで聞いたら…山の中腹にある古代遺跡にたどり着いたらしい。そこでなにを見たのかは教えてもらえなかったけど、彼女たちなりに何か感じるものがあったようだ。






 こうして…俺たちの夏の小冒険は幕を閉じたのだった。


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